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2025.09.12

Twitter本社勤務の日本人女性が産休中に立ち上げた、京都発のユニークな富裕層インバウンド向けビジネスとは?

京都を拠点に日本の伝統的な職人文化を世界に発信する「Pieces of Japan」。そのライフスタイルブランド「POJ Studio」には、京都を訪れる外国人旅行者がひっきりなしにやって来ます。今年8月、その路面店兼スタジオがより大きな規模に移転リニューアル。インバウンド業界でますます注目を集める同社の設立者兼CEO小山ティナさんにお話を伺いました。

BY :

文/矢吹紘子
CREDIT :

写真/仲尾知泰 編集/森本 泉(Web LEON)

POJ Studio 小山ティナ 京都 インバウンド WebLEON   LEON
京都を拠点に日本の職人文化を世界に発信するライフスタイルブランド「POJ Studio」。「POJ」とは「Pieces of Japan」、すなわち日本のかけらたちという意味。創業者の小山ティナさんが率いる17名のチームで、日本各地の伝統的な職人技を次世代に繋ぐべく、さまざまプロジェクトを展開しています。先月、これまで清水にあった路面店が引越しし、新たな装いでリニューアルオープン。ロケーションもより街中になり、新たな客層にもアピールしそうです。
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コンサルではなく協働、開発から発信まで責任をもつ

── 私ごとですが、京都でプライベートの通訳アテンドをしているので、「POJ Studio」には度々寄らせてもらっています。面白いのが、伝統工芸品をセレクトして販売しているのではなく、日本各地の職人さんとプロジェクトを組み、オリジナルの商品を一緒に作っていくというスタンスなのですよね。

小山ティナさん(以下小山) そうなんです。よくセレクトショップと勘違いされるのですが、基本は開発から入って販売、発信まで私たちが責任をもって行なっています。コンサルという関わり方もできたと思うのですが、そうするとお手伝いしたい人たちからお金をいただくことになってしまうので、うちが費用の面でもすべて責任をもつ形にしたんです。

── お店には漆器や陶器、お香、刺し子のクッション、様々なアイテムが売られています。今、パートナーの職人はどれくらいいるのですか?

小山 だいたい60人くらい。会社はもちろん、個人でやっている方も含めてです。
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スイスで生まれ、シリコンバレーで経験を積む

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── ご出身がスイスと伺いました。日本の伝統文化とは少し遠い環境のように思えますが。

小山 父親がスイス人、母親が日本人で京都出身なんです。母は自分の文化を子供たちにより伝えたいという気持ちが強い人で、家ではいつも日本食でしたし、日本に一時帰国するたびに作家さんの器を買ってきていましたね。彼女は後々、チューリヒのあるライフスタイルショップのバイヤーをすることになって、仕事で日本の職人さんとの関わりも持つようになっていったんです。

── その影響もあって、小山さん自身も工藝に興味をもったのですね。

小山 母の存在は大きいと思います。私はチューリヒの美大で学んで、東京の広告代理店に就職したのですが、母が一時帰国する時には一緒に日本各地の職人さんの工房を訪れたりしていました。日本の伝統産業の世界には、職人不足などの色々な問題があることも知ったのもその頃。ですが正直なことを言うと、やっぱり最初はそれほど身近に感じられなかったんです。でもその後、シリコンバレーのTwitter本社に転職したら、周りの同僚がみんな日本が大好きで。
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▲ 新店は築100年ほどの木造3階建ての京町家を改装。2、3階がオフィスになっている。
── シリコンバレーで!? それは面白いですね。

小山 私もびっくりしたのですが、8割くらいの人たちが日本に何回も行っていて、日本のデザインを敬愛していて。千利休に由来する日本の“侘び寂び”という美的感覚と、中国や韓国とも少し違う、無駄を削ぎ落とした精神性が、世界的なクリエイティブ業界の憧れとなっているんですね。それにメディテーションとか禅とか、マインドフルネスがここ5年ほどですごく熱くなってきてるし、戦争が始まって世界がカオスになり、日本の平和さや安全さが魅力になっている。加えて円安も後押しして、日本に注目する次のウェーブがやってきていると思います。
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▲先月京都の路面店が移転リニューアルオープン。河原町からも歩けるロケーションでより便利に。
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── 日本好きの人たちと日本の伝統産業を、ある意味マッチングさせたのが「POJ Studio」というわけなのですね。

小山 シリコンバレーの人たちのように金銭的に余裕があって、日本文化が大好きな人たちが国外にたくさんいる一方で、日本の現場には後継者や資金不足という大きな課題がある。この2つを繋げたら、産業の問題解決をしながらビジネスになるかも。彼らのお金を上手く日本に回すことによって、各地の職人さんたちがその技術を次の世代に継承できるはずだって。私はTwitterでも問題解決に関するデザインを担当していたので、そこに切り込むのは自分の強みでもあったんです。それで2017年、Twitterに在籍しながら一人目の子供を産んだ産休中にプロジェクトを始めて、2019年に日本に移った後、翌2020年に会社として立ち上げました。

── 「POJ Studio」の京都の路面店に伺うと、ほとんどのお客さんが海外の方のように見受けられます。やはりアメリカ・西海岸の人たちが多いのですか?

小山 顧客データの分析によるとカリフォルニア、なかでもLAが一番多いです。カリフォルニアってもともとアジア人がたくさん住んでいるし、アメリカの中で東洋の文化を深く知る街なのですよ。それにこのビジネスをスタートした場所でもあるので、2店舗目を作るならLAと決めています。というか、むしろ最初は京都ではなくLAを検討していたくらいなのですが。
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金継ぎの修繕文化を商品とワークショップで世界に広める

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▲ オフィスのあちこちに、修繕に関するツールが並んでいる。
── ブランド全体を通して最もアイコニックなのが金継ぎキットかと思います。私自身も海外の旅行者をアテンドする中で、金継ぎの人気がすごく高まっているのを実感しているのですが、「POJ Studio」はその先駆け的な存在ですよね。

小山 金継ぎは私たちの原点で、私たちのビジネスはそこから始まったといっても過言ではないです。会社をローンチ当時、漆を使う本金継ぎのキットって世の中にほぼなくて、唯一見つけたのが京都の老舗漆店「堤淺吉漆店」。そこで4代目の堤卓也さんにかけあって、オリジナルの金継ぎキットを一緒に作ったのが、今でもブランドのシグネチャーになっています。
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▲ 修繕用の生漆と絵柄を描くための絵漆をはじめ、必要なものが揃った「アドバンスド金継ぎキット」2万4000円はベストセラー。初心者向け(1万4000円)もあり。
── 最初のプロダクトを金継ぎにしたのはどんな理由が?

小山 我が社の軸が“修繕”にあるからです。ブランドとしてモノを販売していますけど、「買ってね」じゃなくて「大事に使おうね」というのを発信したいんです。でも修繕の技術を体験するにはツールがいるし、1回でマスターできる簡単なものでもないから、家で繰り返し行ってもらう必要がある。それでキットにしたのですが、販売開始直後にコロナ禍に。それまで忙しかった人もステイホームで時間をかけて何かを学ぶ時間ができたから、結果的にタイミングも良かったかもしれません。
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▲ この春LAで開催されたポップアップでの金継ぎワークショップの様子。
── ショップには金継ぎのワークショップのスタジオも併設されていますし、先日はLAでポップアップを行い、大盛況だったと伺いました。

小山 そうなんです、たくさんの人が来てくれて。京都では、お店で行う単発のワークショップの他に、2カ月滞在するロングステイのプロジェクトも2年前から主宰しています。漆掻きの職人さんのもとで学んだり、蒔絵や拭き漆を体験したりと、金継ぎにとどまらず漆のエコシステムを全部教える内容で、宿泊施設を提供して滞在費も込み。

── それは画期的ですね! これまでどんな国から参加しているんですか?

小山 アメリカはもちろんカナダ、オーストラリア、スイス、ドイツ、アルゼンチン、シンガポール、イスラエル、トルコと、本当に世界中から。卒業生の数はもう50人くらいになります。このプロジェクトは金継ぎのネットワークを世界に広めることも目的なんです。「壊れたら直して使ってね」って言っても、未経験の人が自分でやるのはハードルが高いじゃないですか。でも彼らが住んでいる地域に修復師がいたらその人を紹介できるし、人材を育てることで漆業界が盛り上がって消費も増えるはずなので。
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▲ 京都のショップ併設のスタジオで金継ワークショップに参加した旅行者たちと、専属金継師のSATOKOさん。
── そこまで考えてのプロジェクトなのですね。参加者の選考も?

小山 はい、誰でもOKというわけではなくて、面接を2回して、何が目的でこのコースを受けたいかをしっかりインタビューしています。もともとものづくりをしているアーティストだったり、若い学生さんがいる一方で、キャリアをいったんリセットして新しいことを学びたい社会人だとか、定年退職後に新たな道を見つけたいって人もいましたね。
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▲ 参加者による金継ぎ作品。乾燥などのプロセスを経て後日海外発送される。
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▲ 現在カリフォルニアのロングビーチとLAに金継ぎの修復スタジオを構える。
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京都はお金以上の価値を見出せる街

── 小山さんのお話を伺っていると、お金の先にある価値というか、それ以上の大きなビジョンを見ていらっしゃる印象を受けました。日本で何かビジネスを始めるとなるとやはり目先の数字が最優先ですし、いかにお金を生み出して回せるかが最も重要視されると聞いているので。

小山 シリコンバレーもお金、お金ですよ。あっちで働いている時、知人がカレンダーアプリを開発して投資家から3億円調達したことがあって。その一方で、5代続く日本の竹細工の工房が廃業になって、「これはおかしい世界だ」と思ったのが起業のきっかけのひとつになったんです。

でもみんながみんなお金に取り憑かれているのかというとそうでもなくて、もっと素朴な生活がしたいけど、アメリカは物価も高いし稼がなきゃいけない。そういうマインドセットから逃れられなくて疲れ果てている人たちをたくさん見てきました。NYや東京も似ていますが、京都はそうじゃなくて「お金がすべてじゃないよね」っていう人たちが集まる街。そこが良いところだと思っています。
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▲ 新店は空間も以前より広々。ゆったりショッピングを楽しめる。
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── 京都で取材に行くと、「お客さんはそんなに来てもらわなくてもいいんです」っていうスタンスのお店が結構あるのですが、小山さんのお話に通じるのかもしれないです。

小山 私も最初は「なんでもっとアンビシャスにならないんだろう」って思ってたんですけど、だんだんその中に美学を見出したというか。特に京都に集まってくる起業家は、自分のライフスタイルの中での裕福さとか、自分らしき道を切り拓いているんですね。それは本当にすごいことだし、幸せの秘訣なのかなと。とは言いつつも、私たちは職人の皆さんがサステナブルに、次の世代の人材も雇えるほど稼げる仕組みが必要なので、きちんとマネタイズしなければならないのですが。
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▲ ワークショップスペースヘは専用の入り口から小さな中庭を通ってアプローチする。
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── 小誌読者の中には、インバウンドをターゲットに起業したい人や、業界に携わっている人もいると思います。コロナ禍以降、特に京都のような街は“インバウンドバブル”のような状態とも言われますが、小山さんはどうお考えですか?

小山 よく「円が弱いから外貨で稼がないと」という発言を聞きますが、私自身は少し違和感があります。あと最近のトレンドである「体験を売る」ということに関しても、短期の体験を提供しまくって、それが世の中にとっていい結果になるのかなと疑問に思いますし。結局「インバウンドを利用して儲ける」というモチベーションで動く人って、長続きしないのかなと。

起業家って2種類いると思っていて、とにかくお金稼ぎをしたい人たちと、ライフワークとして捉えている人。もちろんお金稼ぎをしたいとか、自由に動きたいから起業してうまくいく人もいるだろうけど、彼らは多分相当なリスクをとって行動しているはずです。
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▲ 金継ぎのワークショップスペースも以前より拡大。通常8名まで、リクエストによりそれ以上のグループにも対応する。
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── なるほど。目先の利益の前に、根本的な土台の部分をしっかり考えてみるべきということですね。

小山 「私だからこれができる」っていう部分が、意外とない人が多い気がするんです。自分は一体何をやりたいかのかを見つめ直して、しっかりと軸を持つべき。そこがちゃんとあると、自ずと行動力が出てきますし、応援してくれる人もついてくる。うちはエンジェル系の投資家も入っているのですが、今の時代情報量もものすごいですし、人もビジネスも、みんな見抜きますよ。

ただ美しいだけのブランドだったら、うわべだけだって簡単に気がつかれちゃう。そうじゃなくて、ミッションも含めて理解して、「あなたたちがやっていることを応援します」という人たちを味方につけること。AIの時代だからこそ、文化も人も、人間味がある深い部分で繋がることが大事なのだと思います。
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● 小山ティナ

1980年スイス生まれ。現地の美術大学でコミュニケーションデザインを学ぶ。米シリコンバレーのTwitter本社勤務後、日本へ移住。2020年「Pieces of Japan」株式会社を共同設立。ライフスタイルブランド「POJ Studio」を立ち上げる。2022年京都に初の実店舗をオープン。香港でポップアップも開催中。
HP/https://pojstudio.com

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POJ Studio 

住所/京都市下京区下鱗形町528-1
TEL/090-4967-8593
営業/10:00~18:00
休み/無休

矢吹紘子 POJ Studio 小山ティナ 京都 インバウンド WebLEON   LEON

● 矢吹紘子(やぶき・ひろこ)

ライター、編集者、通訳案内士。小誌のほか『BRUTUS』『POPEYE』などライフスタイル誌を中心に記事を執筆・編集。ロンドン大学で修士課程修了後、プライベート通訳としても活動。京都を拠点に海外からのVIPゲストのアテンドや旅のキュレーションを行なっている。
Instagram/@tokyoai_hiroko

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