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2024.03.01

カナダでミシュラン2つ星を獲った鮨職人・齋藤正樹の流儀「カウンターでYouTubeを観始める客には二度と来なくていいよって伝えます」

トロントの「Sushi Masaki Saito」で鮨を握る齋藤正樹さんは、いまカナダで最も有名な日本人シェフだ。後編では、カナダの客層や現地で心がけるサービス、今後の野望を聞いた。

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文・写真/大石智子

2022年、カナダ初のミシュランガイドがトロントで始まった。初年は13軒、2023年は15軒のレストランが星を獲得。唯一、連続して最上位となる2つ星をとったのが、齋藤正樹さんがオーナーシェフを務める「Sushi Masaki Saito」だ。いまカナダで最も有名な日本人シェフがカナダに渡った理由、なぜ成功できたかを聞いた前編(こちら)に続いて、後編では、カナダの客層や現地で心がけるサービス、今後の野望を聞いた。

日本とカナダの客層の違いとは?

「Sushi Masaki Saito」はトロントで数少ない予約困難店だ。客層は、「お金を一生懸命貯めて1年に1回来てくれる人もいますし、カナダの経済を回しているトップ中のトップもたくさん。欧米系と中華系が半々くらいですね」とのこと。アジア圏の人の方が、もとの距離が近く日本での経験値がある分、鮨をよく知っている率が高いとか。

高級な江戸前鮨を提供しながらも、緊張感をもたせないのが齋藤さん流。客側のテンションも性に合っていた。

「そもそも喋っていいの? みたいな鮨屋もあるじゃないですか。かなり凛とした空気というか。僕は銀座で働いていた時、それが嫌で海外に行こうと思ったんです。“お客様は神様です”みたいな文化もどうかと思って。海外で富豪たちに鮨を握った時に、どう考えても有名な人が、“ありがとうございました! シェフ!”とリスペクトを伝えてくれる。でも、日本の大したことない金持ちでよくあったのは、“ああ、ありがと”みたいな感じ。鮨職人としてどっちに鮨を握りたいかって考えた時に、やっぱり前者でした」
Sushi Masaki Saito 鮨 寿司 齋藤正樹さん
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リスペクトの伝え方は、「ひと言でもいい」。

「違う国の人間が、発音がぐちゃぐちゃでも、“ありがとうございました”と言ってくれたら、日本人の僕としてはうれしい。逆にフランス語で“ボンジュール”って僕が言ったら、フランス人は若干うれしいだろうなと思っています。だって、相手の土俵にまったく違う土俵の人間がのぼるって、よほど勇気があるか陽キャじゃないと出来ない。ある程度の戦いというか、仕事をくぐり抜けて来た人たちだから、リスペクトを表す余裕があるんでしょうね。

お辞儀をする人もいますし、知っている日本の文化を伝えてくれたり、毎回“いただきます”と言ったあとに食べる人もいます。人によりますけど、僕は欧米のお客様には恵まれています。ただ、彼らはプリテンドしたりもするので、実際は思っていることとやっていることは違うかもしれない。だから100%鵜呑みにしているわけではないですけど、態度を見て、この人にはよくしてあげたいなって思います」

代わって、日本ではまず遭遇しない客層に出会うこともある。

「口悪いですけど、アホな客が来ることもあって、そういう人はお客様だと思ってないです。二度と来なくていいって態度をしますし、二度と来なくていいよって伝えます。例えばカウンターでYouTubeを観始めるとか。そういう客って、親のお金で生きている赤ちゃんみたいな人で、やりたいことをやってしまう。ご飯を食べながらYouTubeを観て育ってきたから、それが普通だと思って人前でもやる。お金は持っているけど心が貧しいんですよ。食材やシェフへのリスペクトが一切なくて、だから食べ方や所作が汚いですよね」

なお、YouTubeを流された場合、「アホとアホが並んでいたら止めません(笑)。でも隣にいいお客様がいて、アホなことされたら出します」と、毅然とした対応をとる。
Sushi Masaki Saito シグネチャーのひとつである北海道産のあん肝。
▲ シグネチャーのひとつである北海道産のあん肝。
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輸送のハンデを埋めるのは、先を読むサービス

「一番ありがたいのは、日本でいい鮨を食べたことがあるのに、“ここの方が美味しい”と言ってもらえること」と齋藤さん。

「本当は物理的に日本に勝てない。日本でトップクラスの魚を取り寄せても、1日半〜2日のハンデがあってのスタートで、魚にストレスがでます。熟成の手当てに何が必要かというと鮮度なんですよ。矛盾に聞こえますが、めちゃくちゃ鮮度のいい魚を熟成させるから旨くなるんです。そこが一番のハンデで、時差を経て熟成を始めるので、熟成日数も2週間が限界。でも、物理的に日本には勝てないなかで負けないように考えています。レベルの高い日本の鮨をこの場で展開するのがコンセプトなんで」

塩や酢での締め方で調整するなどの技術はもちろん、心理面からも満足度を上げる。

「綺麗な内装だとか、匂いや音、いいサービスがあれば、それらが補助輪となって5点満点中4点だったものを4.5点ぐらいに持っていけるんですね。心理学です。鮨を食べたいと思って鮨屋に行って、旨い鮨が出てきたら満足ですし、不味かったら“なんだこの店”ってなるじゃないですか。お客さんのマインドってそれだけなんですよ。予約する段階で、接客が悪かったら嫌だ、玄関が汚かったらどうしよう、音がうるさかったら…って心配する人はいない。だから、もしそうだと要らない情報を与えることになります。まずはその辺を絶対にばっちりさせなきゃいけない。マジックではないですけど、本来の飲食店のサービスの姿が、0.5ポイントぐらい効いてくるわけです」

人によっては0.5ポイントより大きいかもしれない。

「人って自分がやりたいと思ったことが叶えばもう満足。なんでもそうですよね。寝るタイミング、食事のタイミング、自分がやりたいと思ったことを1秒でも早くできた方がみんなうれしいわけです。その手が届くか届かないかってところに、僕らが初対面でも気づけるか。

例えば、3分後に誰がお手洗いに行くかなんて分からない。でも、僕は80%ぐらい分かるんですよ。行動心理学ですね。だから、普通はお手洗いがどこか聞いたり探したりするのがファーストアクションですけど、その時にはもう椅子を引いて、あちらですって誘導する。お水を飲みたいと思った瞬間に出すとか、そういうのを普段からみんなに言っています。想像の範疇外のことをすると、“こいつすげえ”ってカウントされて、それを与えられるほどに感動に繋がります」
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実際、この日の取材後、お手洗いを借りてから帰ろうか迷っていた時に、女性スタッフから「お手洗い行かれますか?」と声をかけられた。接客の話は1時間前に済んでいた頃だったので不意打ちで、こういうことかと嬉しくなった。店には、いい人だけが残っているらしい。

「ただ言われた動きをして、おしぼりを頼まれてから持っていくのは、僕の姪っ子や甥っ子でもできます。20〜40歳台の人たちがここで働く必要があるのは、僕の姪っ子たちよりも現時点のIQが高いから。それなのに、考える能力があっても考えない人がいる。だから世間で飲食店の店員やレジ打ち、警備員とかが低くみられたり、年収400万円以下だったりする。

でも人によっては違うじゃないですか。その職種で日本一決定戦をやった時に日本一の人がいたら、僕はその人はどこでも働けると思っています。なぜかというと人間レベルが高いから。何かしらの意志と思考があって、こういう風にやった方がいいんじゃないかって、トライを反復し続けて、たどり着けるレベルがあります。

現段階での最高のパフォーマンスを表現できる人間を僕は欲しいわけであって、水くださいと言われてから出すだけの従業員はすぐクビですね。このプレッシャーを面接の時に言うと、9割は入りません。大半の若い日本人はワーホリで来ているか学生で、生活のためのチップが欲しくて高級店を選ぶ感覚なんです。逆に入ったらほぼほぼ長くて、人の入れ替えはそんなに多くはないんですよ」
Sushi Masaki Saito 前菜の一例のセコガニ。
▲ 前菜の一例のセコガニ。
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近い将来、変わっていくために

近年、海外と日本の鮨職人の収入差がメディアでよく話題となる。よりよい収入を求めて海外に挑戦することをどう感じているだろうか?

「いまの時代だからこそ、ありじゃないですかね。ただ、現時点で海外にいる鮨職人に本物が少なすぎるがゆえに、経験ちょっとありますって日本人を引っ張ってくることもよくあります。日本だとたぶん年収300万以下の見習いだったのが、600万あげるからおいでみたいな感じで釣ることが出来てしまうのが現状。それってそこまでしか稼げなくて、もっと上へ行くには、やっぱり育ててくれるいい先生が必要です。

中学校の野球部に1カ月だけ日本代表の監督を招いたら、モチベーションやマインドも絶対変わって強くなれるはず。それと一緒で、ある程度の給料で満足して鮨シェフの伸びしろを捨てるのか、という話になってきます。だから、日本でも店を任せられるぐらいの人間が海外に来て、年収1000万円ぐらいから始めるのがおススメですね。ちなみに僕の下に来る人間に関しては、見習いから入っても日本より稼げて、僕が先生として天才なんで幸せだと思います(笑)」

その教え方とは?

「時代に合ってないのは分かっていますけど、“見て覚えろ”を重視しています。僕の“見て覚えろ”の解釈は、見てたから分かるよね、じゃないんですよ。見るっていう意識レベルが大事なんです。自分の仕事ばかりじゃなくて、観察する能力がないと鮨職人はダメで、これが最終的な接客に表れます。

昔の人もきっとそれを言いたかった。鮨屋って究極の接客業で、至近距離でグローブを使わずに素手で握ったものを抵抗なしに食べさせる。鮨だけですよこれって。それをやるためには、究極の配慮が必要です。なので、“見て覚えろ”を、仕事を遅く覚えさせる意地悪だとか、間違った教え方だと日本で言う人いますけど違います。注視させること、視野を広げさせる教育なんです。なおかつ僕は魚の構造も理論値から教えます。そうやって教えた職人が、北米で独立してくれたらそれが一番ベストですね」

和食の本格筋の料理人もまだ少ないカナダ。日本食全般、挑戦しがいはあると話す。

「もっと色んな人たちが来るべきですし、カナダは面白いですよ。うちのグループで働いてほしい店を提案することもできると思います。すべてのロケーションが僕のパートナーのカナダ系香港人の持ち物なので、家賃を払わないんですよ。彼のメインビジネスは別にあるんで飲食店をカバーしやすい。

場合によっては日本と行ったり来たりで料理人をするのも可能です。まあ、そうやって口で言うのは簡単で、実際やるのは大変ですが、カナダで商売する時は僕に言ってくださいっていう感じです。ラーメン屋でもポップアップでも、何でも条件次第ですね。コネクションを繋げられますし、お金を出してほしいとか、僕はコンサルの会社もあるんで、そこを頼ってください」
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カナダの食を変える種まきは多岐に渡る。姉妹店「MSSM」をおまかせ98ドルとしたのは、現地の学生をターゲットにしているためだ。

「カナダ人の若い子の間で鮨を食べる文化はなくて、食べてもカリフォルニアロール。彼らに対して、僕がどんなに江戸前は凄いと言っても来られないと意味がないので、鮨の入口としてバイトを頑張ったら来られるくらいの店を作りました。さすがに日本の食材は使えないけど仕込みは江戸前。それを食べることによって鮨の概念が変わると思うんですよ。彼らが5年後、10年後、リッチになった時、うち(Sushi Masaki Saito)に来てくれればいいなっていうストーリーです」

トロントで調理系のコースがあるジョージ・ブラウン・カレッジでは講師として立ったこともあり、学校に年間3万ドルを寄付。日本の行政とも結託して、交換留学を企てていたりする。姉妹店で言えばフレンチジャパニーズのレストランも構想中だ。

トロントに移り住んで6年が経ち、「人がいい、街もいい、空気もいい。僕、本当にカナダに住むのが好きで」と齋藤さん。

「僕は言うことは一丁前ですけど、人間として全然トップレベルじゃないんで、仕事したくないとも思いますよ。でも、単純に昔から鮨が一番好きでいまもそう。食べもののなかで一番鮨が旨い。鮨屋やるのは大変なんですけどね(笑)」

心地よい街を舞台に一番好きな鮨で勝負をかけるシェフは、動機もビジョンもすべて明確だった。「3年後、5年後に見ていただければだいぶ変わっていると思います」と話す日本人が、カナダに新たなフードカルチャーを作り、双方の架け橋となっていく。
Sushi Masaki Saito
▲ 瀟酒な階段の先に「Sushi Masaki Saito」の格子戸が現れる。なお、バンクーバーにも既に物件を買っているが、「5年ぐらい熟成かけている状態です(笑)」とのこと。
 大石智子(おおいし・ともこ)

● 大石智子(おおいし・ともこ)

出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、毎月海外に渡航。スペインと南米に行く頻度が高い。柴犬好き。Instagram(@tomoko.oishi)でも海外情報を発信中。

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