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2023.09.30

内野聖陽「春画には人間を前向きに生きさせるパワーがある」

春画研究者とその助手の風変わりな恋愛を中心に、大人の性愛をコミカルに描いた映画『春画先生』が公開されます。主演した内野聖陽さんに、大人のお伽噺とも言うべき映画の見どころと、春画の魅力についてお話を伺いました。

CREDIT :

文/木村千鶴 写真/内田裕介(Ucci) スタイリング/Kan Nakagawara(CaNN) ヘアメイク/Yuko Sato(studio AD) 編集/森本 泉(LEON.JP)

内野聖陽 LEON.JP 春画先生
「江戸文化の裏の華」とも言われる春画。明治以降の日本では扇情的な浮世絵として長らくタブー視されてきましたが、近年ではその奥深い魅力に魅了される人も多く、美術品としての価値も認められつつあります。ただ春画の良い作品は海外に流出してしまっているものも多いとか。そんななか、まさにそのものズバリのタイトルの映画『春画先生』が10月13日から全国で公開されます。

変わり者の春画研究者・芳賀一郎(内野聖陽)と、彼と出会い春画に魅了され、手伝いをするうちに芳賀への恋心を暴走させていく春野弓子(北 香那)の少々風変わりな純愛(?)物語。そこに様々な人物が絡み合って話はどんどん奇妙にコミカルに転がり続けます。描かれる愛の形も実にさまざまで、何でもありの世界観はまさに春画そのものといったところ。はたして『春画先生』を演じた内野聖陽さんは、この大人のお伽噺にどう取り組んだのでしょう?

策士ではなく「実験」。僕の中では芳賀一郎の冒険譚です

── 無修正の春画がスクリーンに映し出されるのは、日本の映画では初めてだそうですね。

内野聖陽さん(以下、内野)そのようです。どんな受け入れられ方をするのか、ちょっとワクワクします。

── 内容も先の読めない、かなり不思議で面白いストーリーでしたが、台本を読んでどう感じられましたか?

内野 台本をいただいた時は、主人公が好みの女性と出会い、その人を自分の理想にさらに近づけていくよう奮闘する物語なのかなと思いました。でも、監督からは「努力するというよりは、その場の瞬間を冒険しているような、楽しんでいるような転がり方で見せていきたい」と言われて、ああそうかと。だから僕の中では今回の物語は芳賀一郎の冒険譚にしようと思ってやっていました。
── 冒険の物語だったんですね。だからなのか、内野さんの演じる芳賀先生はとても楽しそうでした。

内野 僕の中ではすべて実験だと思ってやっていました。お手伝いさんには「野菊の墓」のお民さんのような和服を着せ、それで床を雑巾掛けをさせたらどれだけ萌えるのだろうと想像して実験している。映画でそのシーンはないですが、あれはきっと物陰で見ていると思います(笑)。
── その姿は想像がつきます(笑)。

内野 彼女に死んだ妻のドレスを着せるシーンでも、立ち去って障子を閉めた瞬間に「イエス!」ってやっていたんじゃないでしょうか。そんな心の声が裏で聞こえてくるような、ちょっとした可笑しみのようなものが自然に出ていたらいいなと思います。
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内野聖陽 LEON.JP 春画先生

現場は変化の場、それまでは書斎で人物像が熟成されるまで想像します

── なかなか一筋縄ではいかない役柄ですが、今回はどのようにキャラクターを作り込んでいったのでしょう。

内野 人工的に作り込んでいくわけじゃないんです。だから最初からセリフを入れてしまうこともできなくて。例えば今回ですと春画などの資料を見て、歴史やその魅力についてあれこれと考えを巡らせていくうちに、自然と人物が熟成されていく、みたいなイメージでしょうか。勝手に育っていくというか。

── ご自身の中で役が育ち、熟成されていくんですか。

内野 そう、台本を何度も読み返すうちにシチュエーションのイメージが膨らんでいく。「ここはもしかしたらこんなことを考えてるんじゃないか、こんなことを言いながら、実は裏ではニヤニヤしているんじゃないか、心の奥底では震えているんじゃないか」といろんなことを想像するんです。そうするうちに自然とセリフが身についていることが多いですね。

だから自分の部屋にひとりで篭ってイメージを膨らませる時間が一番長い。現場は監督や相手役者、美術やロケ地からもらうものとのセッションで、変化しながら化学反応が起きる場。その前の時間はだいたい書斎の中で人物像が豊かに膨らむまで想像するという感じですかね。
── その芳賀先生ですが共感できる部分や、ここは難しかったという部分はありますか?

内野 人との不器用な距離感とか、決してコミュニケーション上手ではないという部分は、自分にもあります。ひとつのことにのめり込むと、人を置いてけぼりにする感じもなきにしもあらずかな(笑)。

でも一番ハードルが高かったのは、ネタバレになるのであまり言えませんが、SM的感性の部分ですね。自分の中で釈然としない部分があり、監督に「これちょっと自信ないんですけど」みたいなことを言ったら、監督がその世界観を講義してくださいまして(笑)。本も紹介していただいたので、勉強しながら自分の中のM性を探す旅に出た、ということはありました。
── 新しい扉が開きましたか?

内野 そうですね。リハーサルでお相手と動作をつけて稽古した瞬間にメラッとくる感じがありました(笑)。
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内野聖陽 LEON.JP 春画先生

北 香那さんのストレートに怒りをぶつける感じが、まさに弓子でした

── ところで今作では春野弓子役の北 香那さんの体当たりで全力疾走していくような演技がとても印象的でした。役者としての北さんはどんな方ですか。

内野 彼女があるシーンで「施しを受けたくはありません!」と言うんです。ストレートに怒りをバンとぶつけてくる、その感じがまさに弓子だったんでしょうね。あの表情に芳賀先生は恋をしたんだろうと感じさせてくれる、いろんなインスピレーションを与えてくれる女優さんでした。僕としては非常にありがたかったというか、幸運な相手役者さんでしたね。

── 塩田明彦監督からは色々アドバイスもあったとのことですが、演技のうえでも細かい指示は多かったのですか?

内野 いえ。役者を自由に演技させて、気持ちよく、ストレスなく優しく導いてくれるような監督さんです。映画界には厳しい方もたくさんいますが、塩田さんは本当にジェントルマンです。ただ表現についてはとても繊細にこだわっているという印象です。

喫茶店で芳賀と弓子が初めて出会う時に地震が起こるんですが、その地震が起こるシーンだけでほとんど一日中やっていたという記憶があります。僕は違うところで休んでいましたが。これぞ塩田さんのカリスマ、それにみんながついてきているという瞬間でした。
── シーンごとの映像も美しかったですね。その世界観は事細かに感じられましたか。

内野 そうですね。塩田さんのセンスが出ている感じがします。やっぱり話が話なので、お客さんをいい意味で騙すというか、引っ掛ける仕掛けとして、格調高いものを纏ってくれ、というようなお達しはありました。

── 物語がジェットコースターのように急展開で進み、最初はついていくのが精一杯という感じでしたが、見てるうちにどんどん引き込まれ、なるほど、この淫靡な世界観を大人の御伽噺のようにストーリー展開させているのかなと感じました。昔の日活ロマンポルノの名作を思い出すような。

内野 そうですね。僕はそんなに詳しくないんですが、日活にはちょっと文学的な匂いのする作品も多いですよね。塩田さんは日活とは言っていませんが、昔の映画の懐かしい感じをあえて入れていると仰っていたので、見る人からするとそう感じたのかもしれません。教授と女子大生の恋みたいな話とか結構あったじゃないですか。そういう少し懐かしい関係性とかも、格調高く文学的に表現しようという感じでした。
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内野聖陽 LEON.JP 春画先生

映画自体が春画の大らかな世界に内包され、すべての表現がそこに繋がっている

── ところで、今回の映画の重要なテーマとなった春画という文化について、内野さんはどのような印象を持っていますか?

内野 この役を演じるにあたり、改めてたくさんの春画を見ましたが、春画のほとんどが男女の結合、交合の瞬間を描いています。なぜにここまで結合、交合にこだわるのか、しかもこれでもかと誇張されるのはなんでなのかと思いましたが、裏には生命力への賛歌みたいなものがあるんですね。

春画の歴史を紐解いていくと、例えば嫁ぐ娘に母親が春画を持たせたとか、あるいは戦さに行く鎧の中に忍ばせって持っていくとか、そういう記述がある。春画には人間を前向きに生きさせる、福をもたらす縁起物のような部分があるんだという気づきがありました。

塩田さんのシナリオも「生きとし生けるもの、生の肯定である」という哲学で書かれていますが、まさに春画にはそういったパワーがあります。
── 春画は「笑い絵」とも称されますが、確かに見れば見るほど淫靡というよりは縁起物らしいパワーを感じますね。

内野 日本神話の中にも見受けられますが、日本人の精神性の中で、性愛というものが忌み嫌われて端に置かれてきたものではなかったことを改めて感じて、春画は凄い裏芸術だったのではないかと思いました。春画に対する見方もガラリと変わりました。密かに隠しておくものじゃなかったんだろうと。

── 確かに春画はポルノと違って季節感や細かな風習が描かれていたり、登場する人たちも楽しそうです。おおらかで、一対一の決まりもなければ男女の縛りもない。
内野 みんな幸せそうですよね。男性同士、女性同士でもやっぱり幸せそうだし。

── 今回ご覧になった中で、印象に残っている作品はありますか?

内野 喜多川歌麿の一連の作品には品があるし、幸せそうで好きですね。映画の中でも「素晴らしいでしょう」と言っていますが、本当に素晴らしいんです。交合の部分を誇張する一方で、すべてをさらけ出すのではなく、着物の透け感や一部しか見えていない表情の繊細な表現とか、どこか隠しながらこちら側に想像させる表現方法が、日本独特のもののような気がします。そしてユーモアセンスもあって。葛飾北斎のタコの作品や、鈴木春信の作品などはユニークですよね。
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内野聖陽 LEON.JP 春画先生
── 最後に、この映画を通して観客にはどんなことを伝えたいですか。

内野 ストーリー自体にある「馬鹿馬鹿しさ」を楽しんでいただけたらなと。文学的に格調高い雰囲気を纏っていますけど、そんなに難しい世界観の話ではありません。その下にあるのは人間的な、単純な欲望が動機と言いますか、芳賀先生の本音が物語の下に脈々と流れています。まあ「それは変態の枠組みだよ」と言われてしまえばそうかもしれないけれど(笑)。でもそれも含めて春画の世界の中にあるもの、微笑ましい素敵なことなんです。映画自体が春画の大らかな世界に内包され、すべての表現がそこに繋がっている。今だからこそ、肩の力を抜いて性愛というものに目を向けてほしい。そんな映画です。
内野聖陽 LEON.JP 春画先生

内野聖陽(うちの・せいよう)

1968年9月16日生まれ。神奈川県出身。映画『ハル』(1996)で、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。演技派俳優として映画やドラマ、舞台と幅広く活躍。主な主演作にはテレビドラマでは、大河ドラマ「風林火山」(07/NHK)、「真田丸」(16)、「臨場」(09/EX)、「JIN-仁-」(09/TBS)、「とんび」(13/TBS)、「きのう何食べた?」(19/TX)。映画では『罪の余白』(15)、『初恋』(19)、『ホムンクルス』(21)、『劇場版 きのう何食べた?』(21)、『鋼の錬金術師』(22)など。

内野聖陽 LEON.JP 春画先生

『春画先生』

江戸文化の裏の華である春画の奥深い魅力を真面目に説く変わり者の春画研究者と、しっかり者の弟子という師弟コンビが繰り広げる春画愛をコミカルに描く。主演の春画研究者・芳賀一郎役に内野聖陽、弟子の春野弓子役に北 香那。共演に柄本 佑、白川和子、安達祐実を迎え、『月 光の囁き』(99)、『害虫』(02)などの先鋭的な作品でファンを唸らせてきた名匠・塩田明彦が監督・脚本を手掛ける。本作は映倫審査で区分【R15】として指定を受け、商業映画として全国公開される作品としては、日本映画史上初、無修正での浮世絵春画描写が実現した。
10月13日(金)全国ロードショー
HP/映画『春画先生』公式サイト

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