2023.03.25
“奇跡の美声”King Gnu井口理「全てを受け入れると逆境もプラスになる」
King Gnuの美声のボーカリスト・井口理は、俳優としても活動中。演技のレッスンで授かった“全てを受け入れること”は何においても言えること。「例えば、ライブで歌詞が飛んだ時にそれすらも楽しめて表現にできたら、逆にプラスになるんです」
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文/池田鉄平(ライター・編集者) 写真/長田 慶
井口は現在、ミュージシャンとしてだけでなく、俳優としてもドラマや映画に出演するなど、感性豊かな表現者として、多方面に活動を広げている。
「人一倍、自意識を持って生きてきた」

「人にどう見られてるかという意識は、昔からすごく強かった。それはこの仕事に就く前からですね。例えば、好きな本を書店で手に取るんだけど、なかなかレジに持っていけないとか。そういう些細な“自意識過剰”というところはありましたね」
しかし、井口が抱えていた自意識も時として新たな出会いを生むキッカケになった。
「映画『劇場』でお世話になった行定勲監督の忘年会に参加したんです。そこに誕生日の人がいて、バースデーソングのリクエストがあったんです。そのとき僕がなかなか歌いだせずに恥ずかしそうにしている姿にギャップを感じて、直感的にオファーをくれたようです」
そのオファーを出したのが、伊藤ちひろ監督だった。自身の同名小説を映画化した人間ドラマ『ひとりぼっちじゃない』を映像化するにあたり、不器用でコミュニケーションがうまくとれずに葛藤を抱えながら生きる主人公、歯科医師のススメを井口に演じてほしいとラブコールが送られた。
「『まずは小説を読んでほしい』と言われて本を読んだんです。読みながら、『なんで僕にオファーしてくれたんだろう?』と主人公のススメを自分と重ねていきました。それで読んでいくうちに、『このキャラクターは自分が演じたい』という思いが強くなったんです」
理由は、主人公のススメが持つ強い自意識が、井口と強く重なったからだった。
「自分が生きてきた中で駆り立てられてきた自意識を、落とし込められるんじゃないかと。『ひとりぼっちじゃない』の原作を読むにつれて、そんな感情が芽生えました。これは今までにない自分を表現できるかもしれない、と」
アーティストとして躍進を遂げる井口は、自身の新たなる可能性と向き合っていた。
表現者としての挑戦の日々、それを乗り越えた先にどんな境地があったのか。そこから見えてきた井口の「今」を伝える。
“演じることと、歌うこと”

そして、井口が初めて演劇の世界に踏み入れたのは、大学時代に参加した学園祭のミュージカルだった。その後も誘われて舞台に立つなど経験を重ねる。
ボーカリストとしてのイメージが強い井口だが、“演じることと、歌うこと”をどのように位置づけて表現しているのか。
「音楽をやってる時と共通しているのは、僕はナマモノというか、ライブしてる時が好きなんですね。例えば、お芝居も自分1人で演じるのが好きというよりも誰かと対話をして作りあげていきたい。共演者と一緒にセリフを言い合ったり、そこで生まれる熱量や化学反応が音楽やライブをやってる時と近い感覚。そういったコミュニケーションから生まれるエネルギーの流れを味わい、自分が投影する表現によって相手が変化したりするのが好きなんです」
自分たちが表現したパフォーマンスに対して観客が一喜一憂する。エンターテインメントの本質を井口は、心から楽しんでいた。それは、こんな言葉からもうかがえる。
「歌うことも演じることも正直あんまり違いはないのかなって。今回の『ひとりぼっちじゃない』の撮影に入る1週間前ぐらいにフジロックに出演していたんですよ。そういった経験を通じて自分の中に、アーティストと役者という切り替えのスイッチがあったわけではなくて。なんて言うんですかね、フィールドは違うけど、やることは一緒だなと。ライブ感だったり表現方法や場所が違うだけで、歌うことも演じることも同じことだなっていうのは気づいたかもしれないですね」
そう語る井口だったが、歌っている自分と大きく違うことは、「自分のお芝居に手応えを感じたことは一度もなかった」という経験だった。井口は、大学時代に舞台上で自分の居場所を見つけられずに挫折を味わっていた。
全てを受け入れることで、逆境もプラスに変換できる

そこで先生に言われた言葉が、重圧を背負っていた井口の視野を広げるキッカケとなった。
「レッスン中に芝居論というよりは、まずは“全てを受け入れること”を強く言われたんです。『自分にとって想定外のことが起きた時に“NO”とは言わないで、できるだけ受け入れて“YES”って言ったほうがいいですよ』って。
それを聞いた瞬間にこの考え方は何においても言えることだと思ったんです。例えば、ライブで歌詞が飛んだりとか機材の音が出なくなったりした時にそれすらも楽しめて表現にできたら、逆にプラスにできるじゃないですか。
全てを受け入れると決めた井口は、原作の物語が日記形式であることから、主人公のススメと同様に日記を書くことを決めた。初めての試みだったが、日記の中で自分の心情を整理することで、自身の表現力が変化していく側面を感じていた。
「日記には、本当になんでもないことを書いてました。例えば、部屋の壁にフライパンをかける取っ手があって、それは元カノが残していったものだったんですけど。別れて半年ぐらい気づかなくて、その取っ手について思うことを書いてみたり(笑)。そんな日常で気づいたことに対してどう思っているかをあえて言葉にするっていう。
普段やらないことですけど、それを書き留めていくことで自分の感情が整理されたんです。その影響で、ススメの抑え込んでいる感情や黙っている時の顔の表情に裏付けを持って表現できた部分はありました」
この経験は、歌にも活かされていた。「今まで以上に順序立てて表現できるようになったんです」とアーティスト活動にも影響を与えているようだ。
自意識を解放して、100パーセントの自分で表現しきれた時は特別な力が宿る

「この映画は、分かりやすい結末があるわけでもなく、観た人の心に問いかける作品だと思うので、色んな反応があって当然というか。 東京国際映画祭で上映された時のお客さんや海外メディアの方の反応を見ていても全然違いました。海外の方はすごく声をあげて笑ってくれた。そこには、生き方の違いもあると思うんですけど。
伊藤監督と話してても、『この映画に共感できない方が幸せだよね』って。でも、一度でも自意識に駆られたことのある人は、共感できる映画だと思います。そういう意味では沢山の人に届いてくれるんじゃないかな。
僕もわかりやすい作品も好きなんですけど、後々の人生や人の気持ちに残っていったりする作品は、わかりやすいものではなくて、作品が提示したものについて考え悩むことで記憶に残るかなと。そういう意味では、この映画は突き抜けた表現があると思うので気に入ってますね」
役者に関しては音楽を頑張ってきたからこそ、チャンスが巡ってきたと自覚している。
今作のススメを演じるまでは、「自分は役者には向いていないんじゃないか」と葛藤していた。今回、俳優としてさまざまな感情と向き合った日々を経験して、「ようやくスタートラインに立てた」と語る。
そんな井口にとって、表現者として最高に高揚感を感じる瞬間とは。
「僕が表現者として悔いを残している時は、全てをさらけ出せなかった時なんです。中途半端な表現をした時って、やっぱり伝わらないんです。今はSNSなどでダイレクトに反応がわかったりもします。だからこそ、全てを出しきった先で人の心に届いたと手応えを感じ取れた時は、表現者として高揚感を感じる瞬間ですね」
それは、アーティストでも役者でも共通して言えることなのか。
「そうですね。元々、自分は自意識を駆り立てられているタイプの人間。そこから解放されて、100パーセントの自分で表現しきれた時は特別な力が宿る瞬間だったりします。 だから、最近は素直でいたいなっていう気持ちがすごく強いんです。飾らない自分の表現を出した時に、それが届いたら嬉しいじゃないですか。そこは、意識していますね」
「迷いの多かった20代」を経て……

30代となる井口は、表現者としてどんなスタンスで活動していくのだろうか。
「周りはどう見ているかわかりませんが、すごく迷いの多い20代でいろいろと手を伸ばした10年間だったんです。
だからこそ、30代は雨降って地が固まるじゃないですけど、自分の足元ぐらいは丁寧に固めていきたい。もう少し選び取っていきながら、自分のやりたいことを掴んでいくというか。それを慎重に選んでいくことが30代の目標かもしれないですね。
“丁寧で慎重に”をテーマに置きながら、表現者としての道を歩んでいければと思います」