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2023.03.31

映画に何ができるのか? 映画は何をすべきか? 名匠ダルデンヌ兄弟に聞いた

カンヌ映画祭の常連にして世界で100賞以上もの映画賞を受賞しているベルギーの名匠、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督に、作家の樋口毅宏さんがインタビュー。新作『トリとロキタ』について、彼らの映画作りの信念について伺った。

CREDIT :

取材/樋口毅宏 構成/井上真規子 写真/内田裕介(Ucci) 編集/森本 泉(LEON.JP) 協力/坂本尚志

ダルデンヌ兄弟 LEON.JP
映画は娯楽だ。楽しければいい。そう考える人は間違いではないだろう。映画は「世界にこんな問題がある」と伝える啓蒙メディアだ。それも間違いではない。頭を使わないで観られるエンタテインメントを貶すことで自分の知性をアピールする行為はさもしい。だけどシリアスすぎてとっつきにくい映画ばかりでは息が詰まる。

それでは「社会的意義が高く、考えさせられる」、なおかつ「面白い」作品は両立できるだろうか。できるんです。ベルギーからやってきた“カンヌ映画祭の常連”ダルデンヌ兄弟監督は、国境や肌の色を越えて人々に訴えかける問題作を撮り続けている。

ダルデンヌ兄弟が最新作『トリとロキタ』(カンヌ国際映画祭75周年記念大賞)のプロモーションのため来日した。どうしたらおふたり(取材時71歳と68歳)のような、知性と理性とガッツのある男になれるのか? 膝と膝を突き合わせて話を訊いてきました。
(文/樋口毅宏)
ダルデンヌ兄弟 LEON.JP

『トリとロキタ』

アフリカから地中海を渡りベルギーのリエージュにやって来た少年トリと少女ロキタ。トリはまだ子供だがしっかり者。10代後半のロキタは祖国にいる家族のため、ドラッグの運び屋をして金を稼いでいる。偽りの姉弟としてこの街で生きるふたりは、どんな時も一緒だ。年上のロキタは社会からトリを守り、トリはときに不安定になるロキタを支える。偽造ビザを手に入れ、正規の仕事に就くために、ロキタはさらに危険な闇組織の仕事を始める……。
2023年3月31日(金) より全国公開
HP/『トリとロキタ』

強い憤りを感じたことが、今回の映画を撮ったひとつの動機

樋口毅宏(以下、樋口) 最新作『トリとロキタ』拝見しました。素晴らしいと笑顔で絶賛するには難しい、これまでのおふたりの傑作の中でも特に重たい内容になりました。常に寛容な眼差しを忘れなかった貴方がたが、ついに本気で怒ったなと感じました。

リュック・ダルデンヌ(以下、ダルデンヌ弟) 確かに他の映画よりは怒っているかもしれません。というのもヨーロッパではいま、この映画の主人公であるトリやロキタのように忽然と消息を絶ってしまう若い移民がとても多いんです。警察や内務省のレーダーからも消えてしまうんです。

樋口 それはなぜですか?

ダルデンヌ弟 映画の最後に、トリが「ロキタはビザがあれば家事ヘルパーになれて、僕は1人にはならなかった」と言っています。本人たちが普通の生活を望んだとしても、移民の子供は18歳の時点でビザがないと正規の仕事に就けずに強制送還されるので、売春や麻薬の密売などに手を染めてしまう。自動的に闇社会に入っていかざるをえなくなるんです。そういう子供がとても多く強い憤りを感じたことが、今回映画を撮ったひとつの動機でもあります。 
ダルデンヌ兄弟 LEON.JP
▲ 弟のリュック・ダルデンヌ氏。
樋口 極右政権の台頭や世界中にある社会格差、コロナによる分断 、ロシアによるウクライナ侵攻と、世の中はどんどん悪い方向に向かっています。このような時に映画がすべきこと、できることはなんだと思いますか?

ジャン=ピエール・ダルデンヌ(以下、ダルデンヌ兄) その質問にお答えするのは難しいのですが、まず、映画というのは集団に働きかけて世界を変えることができる。その力を持っていると思います。一方で小説や音楽などの芸術は集団というより個人に働きかけ、個人がより開かれた心を持つようになるなど、少しずつでも個人や、個人と個人の関係を変える力があると思います。決して集団を変えるということはできないにしても。

樋口 なるほど。

ダルデンヌ兄 なので、例えばこれは悪い方向ですが、映画は歴史上、独裁者のプロパガンダとして利用されてきました。独裁者は、映画が集団を変える道具になることをよく知っていたわけです。
ダルデンヌ兄弟 LEON.JP
▲ 兄のジャン=ピエール・ダルデンヌ氏
樋口 ナチスのプロパガンダを作ったと言われるドイツの女性映画監督、レニ・リーフェンシュタールを思い出しました。あれは、まさに端的な例だと思います。

ダルデンヌ兄 そのとおりですね。ただ、同様に映画はひとつの手段として、この世界の現状を多くの人に知らせることができます。フランスのパトリス・ロローという哲学者は「芸術はそこで起こったことを証言できる」「芸術は共感や優しさの感情を与えることができる場所である」という言葉を残しています。これはフランス映画『さよなら子供たち』にも出てきます。ユダヤの子供たちをかくまっていたフランスの「イジュの家」という場所で言った言葉です。

樋口 ルイ・マル監督の作品ですね。ナチス・ドイツの占領下にあったフランスの子供たちを描いた映画です。
ダルデンヌ兄 はい。ここでナチスに殺された子供たちは決して戻ってこないけれど、映画ではそれを証言できるし、ナチスという虐待する側の人たちが決して感じることはできない優しさや、彼らが持っていない共感という感情を芸術は与えることができると言ったのです。ナチスの人たちは子供たちが殺されても顔色ひとつ変えなかったわけですから。

樋口 『トリとロキタ』にもそうした「証言」の想いが込められているのでしょうか。

ダルデンヌ兄 今作の中でトリとロキタが歌う子守歌がありますが、あの歌もそのような意味合いを持っていると思います。決して2人の間だけで歌われている子守唄ということではなく、観客にも彼らを自分たちの子供のように感じてもらいたいという意図がありました。
ダルデンヌ兄弟 LEON.JP

映画の中で吹いている風を観客も感じられるように撮りたい

樋口 ところで今作のように1台のカメラで登場人物の表情を単念にクローズアップして、長回しで追い続けるおふたりのスタイルは、ドキュメンタリーの手法とも評されますが、そこにはどんな狙いがあるのでしょう? 

ダルデンヌ弟 イタリアの小説家エドゥアルド・デ・フィリッポは、「スタイルを求めて探していると死が見つかり、人生を探して求めているとスタイルが見つかる」と言っています。今作や『ロゼッタ』、『午後8時の訪問者』などでもそうですが、私たちの頭にあるのはスタイルを求めることではなく、常に映画を通して人生を見つけたいという思いです。例えば、映画の中で吹いている風を観客も感じられるように撮るといったことです。それは成功することもあれば、まったくできない時もあります。

樋口 そうなのですね。今作で大変だったことはなんでしょうか?

ダルデンヌ兄 トリとロキタというふたりの主人公がいて、彼らはいつも一緒でした。しかしロキタの身長は1m77cm、トリは1m45cmとかなりの体格差があったため、長回しで同じフレームに写し込むことに苦労しました。以前撮った『少年と自転車』の時も少年とサマンサという背の高さが違うふたりを一緒に映すことはありましたが、今回ほど頻度は高くありませんでした。
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樋口 おふたりは作品づくりにおいて、リアリティについてどう考えていますか? ノンフィクションにおけるリアリティと、フィクションにおけるリアリティはどのように違うのでしょうか。

ダルデンヌ弟 私たちの映画はSFでもなければ、幻想的な映画でもありませんから、その意味ではリアリズムと言えるかもしれません。ただし私たちの映画のリアリズムは、現実をコピーしているわけではありません。それをすると失敗作になってしまう。

樋口 では、どのように描くのでしょう?

ダルデンヌ弟 現実をそのままコピーするのではなく、自分たちが見つけた“何か”を表すことが必要です。例えば画家がある人の顔を描く時に、現実の顔をそのまま描くのではなく、画家がその人の中に見つけたものを描くことと同じです。今作では、トリとロキタの友情の深さが軸として描かれています。
ダルデンヌ兄弟 LEON.JP

おふたりのように理性と知性とガッツがある男になるためには?

樋口 日本では、2011年3月11日にマグニチュード9.0の地震が発生し福島の原子力発電所が崩壊しました。一部は立ち入り禁止区域のままで、未だに帰れない住民がいます。おふたりが原発で働いて、稼いだお金で撮影機材を購入したという話を聞いたことがあります。 原発で働くというのはどのような経験だったのでしょうか?

ダルデンヌ兄 懐かしいですね。私たちが働いていたのは20歳ぐらいの時ですが、原発だけでなくセメントや左官業、木材を扱う所など様々な会社の下請けで、その中の1つの会社が原発を作っていました。だいぶ昔の話ですが、現在の原発の問題はヨーロッパでも同じ状況です。

樋口 おふたりの国ベルギーでは、原発などのエネルギーについてどういう考えていますか?

ダルデンヌ弟 ベルギーでもほかのヨーロッパと同じです。特にロシアのウクライナ侵攻で戦争が始まってからは石油の値段も高騰して、エネルギーが大きな問題になっています。今後も世界中で地震が起こっていくわけですから、決して原発を主にするような政策は取ってはいけないですよね。原発以外の代替となるエネルギーや資源を見つけていかなければならないと思います。
ダルデンヌ兄弟 LEON.JP
樋口 確かに日本も原子力発電所が必要だった時代はあったとは思いますが、今は代替エネルギーに力を注いでいくべきですね。

ダルデンヌ兄 日本では残念ながら地震により被害が出てしまいましたが、福島の地理的状況条件を考えると、そこで地震が起こることは初めからある程度分かっていたわけですよね。そういう場所に原発を建設しようとした決定者に責任があるのではないでしょうか?

樋口 まさにその通りなのですが、日本の政府は戦後、クリーンエネルギーだとうたって原発を誘致しました。それからあっという間に多くの原子力発電所が作られ、現在も稼働しています。地震プレートの上に乗っている、この島国の上にです。

ダルデンヌ弟 風力発電や太陽発電に変えていくという選択肢はないのですか?

樋口 それでも原発を稼働させたい人々が力を持っているのが日本の現状ということです。

ダルデンヌ弟 問題は単純ではありませんね。
樋口 最後に、おふたりのように理性と知性とガッツがある男になるためにはどうしたらいいんでしょうか⁉

ダルデンヌ兄 あなた自身、そうじゃないですか?

樋口 いえいえ、到底及ばないです!(笑)

ダルデンヌ弟 じゃあ私たちのように、兄弟を仲間にしてふたりでやってみるのはどうでしょう。お兄さんでも、妹さんでもいいです。でも、物書きの方はふたりで仕事するのはおそらく難しいですよね。

樋口 確かに、難しい(笑)。
ダルデンヌ兄弟 LEON.JP

【対談を終えて】

ダルデンヌ兄弟とのお話は予定の時間を大幅にオーバーした。最初のうちこそ、「鋼のような知性」を前に固まってしまった。しかし話していくうちにこちらも徐々にエキサイトしてしまい、「地震プレートの上に乗っかっている日本列島にどうして原子力発電所が誘致され、50基を超えるに至ったか」まで滔々と解説する始末。

おふたりも僕に興味を持ってくれたのか、「きみの小説は英語に訳されていないのか」と訊かれたので、自分はアウトサイダーなので文壇の地位が低い。「最新作は令和関東大震災が来て在日朝鮮人が虐殺される内容を書いたら、版元から発売中止になりました」と話した。ふたりは唖然としていた。

「社会はどんどん悪くなっています。そうした危機感が僕に書かせました」
ひょっとしてダルデンヌ兄弟と僕は似ているのかもしれない。アプローチも表現方法も異なるけれど。そんな都合のいい考えを脳裏に思い巡らせながら、僕は自分に突き詰めてみる。

「小説は世界を変えることができるか?」
僕の答えは決まっている。
(文/樋口毅宏)
ダルデンヌ兄弟 LEON.JP

● ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

兄のジャン=ピエールは1951年4月21日、弟のリュックは1954年3月10日にベルギーのリエージュ近郊で生まれる。86年、初の長編劇映画「ファルシュ」を監督。第3作となる『イゴールの約束』はカンヌ国際映画祭CICAE賞をはじめ、多くの賞を獲得し、世界中で絶賛された。第4作『ロゼッタ』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門初出品にしてパルムドール大賞と主演女優賞を受賞。第5作『息子のまなざし』で同映画祭主演男優賞とエキュメニック賞特別賞を受賞。第6作『ある子供』では史上5組目の2度のカンヌ国際映画祭パルムドール大賞受賞者となる。第7作『ロルナの祈り』で同映画祭脚本賞、第8作『少年と自転車』で同映画祭グランプリ。史上初の5作連続主要賞受賞の快挙を成し遂げた。第9作『サンドラの週末』では主演のマリオン・コティヤールがアカデミー賞®主演女優賞にノミネート。第10作『午後8時の訪問者』もカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品。第11作『その手に触れるまで』は同映画祭コンペティション部門にて監督賞を受賞。本受賞により、審査員賞以外の主要賞をすべて受賞した。そして、第12作『トリとロキタ』で同映画祭にて第75周年記念大賞を受賞、9作品連続でのカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品の快挙を成し遂げた。他の追随をまったく許さない、21世紀を代表する世界の名匠である。

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● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。昨年12月に発売予定だった小説『中野正彦の昭和九十二年』は発売直前に版元によるまさかの自主回収となり、発売の目途が立っていない。
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