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2018.10.30

41歳で日本を出る。エンジェル投資家はアジアの急成長に乗る【vol.01】

シンガポールを拠点にアジアを巡るエンジェル投資家、加藤順彦ポールさん。この10年、東南アジアを中心に周る中で得た、投資の知識や処世術、そして関わるひととの熱いドラマを展開します。

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文/加藤順彦

はじめまして、加藤順彦ポールです。

1967年生まれ。関西学院大の在学中に22歳で上京→41歳までの16年間、東京で広告会社を自営→シンガポールに生活の拠点を移して10年経った51歳です。

“ポール”とはtwitterで募って決めたイングリッシュネーム。当地では「かとうよりひこ」に限らず、華人名も他の人種には発音しにくく呼びにくいため、勝手に英語名をつけるのが普通と知って僕も倣って名乗っています。洋風に洒落ましたが、両親ともに3代遡っても関西の出自とわかっている大阪人です。

連載では、この10年取り組んできた企業、とりわけスタートアップへの投資について、実際の投資先とその社長との関係を軸に、事業経営を通じて学んだ知恵や気づき、身に着けた処世術、その事業が腰を下ろしている街を紹介していきます。

投資先それぞれのステータスは異なりますし、経営状況が良好とはいえない会社もありますが、歯に衣着せずに筆を進めます。よろしくお願いします。
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41歳で日本を出た理由

2008年6月、それまで取り組んできた広告会社NIKKOの経営から退いたのを機に、僕はシンガポールに移りました。

引っ越しの理由は、長年やってきた会社を手離したのが調子悪くて、そのまま東京には居辛かったからです。本当は好きな広告の商いを続けたかったですし、メンバーとも一緒にやっていきたいと思っていました。

つまるところ己の不徳で会社の経営が傾いたので、第三者割当増資をGMOさんに実施し、株式を66.7%取得してもらうことで救済して頂いたのです。まぁ……2年近くにわたり続いていた個人的な経済危機・自転車操業からは脱出でき、ホッとすることは出来たのですが……。 

残る33.3%もGMOさんからのグループ再編への強いご要望にお応えし、翌2009年5月に売却譲渡しましたが、リーマンショックの直撃後の足元の業績からの純資産程度での売却となり、いわゆるHappy Exitではありませんでした。
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シンガポールを新たな拠点に

移り住んだ先がシンガポールになった理由は2つ。

ひとつは友人の椿進さんとアジア進出のコンサルティング会社をシンガポールで起こすため。

ふたつめは2003年から資本と経営に参画していたLENSMODE PTE LTDが設立以来はじめて株主配当を出せる状況となったのでそれを当地にて受け取るため、です。

株主配当は世界どこにいても受け取れるのですけど、シンガポールに住んでいれば、シンガポール法人からの配当には非課税ということを聞いたので、直観的に……あれ! それは面白いなぁ、と。

それまでずっと日本にいたので、税率が違うとか、そういうことすら考えたことがなかった……。5割近い法人税も、激しい累進課税もけっこうな社会保険料もそういうもんだから、と思考停止していた自分に気づいたのです。

LENSMODEからすれば、勝手に移住してきた僕に対しては実務の期待値があんまりなかったw。そう、開業時から僕は、同社に運転資金を提供する立場だったんですね。

それまでもCEO楢林悦朗さんの生き方、意思決定プロセスをみてきたんですが、5年やってきて、配当が出るほどの黒字基調になって、いよいよこりゃ本物になるな、と感じたんです。

そして僕はこれからの日本に、そして未来に必要なのは、楢林さんのようなアジアを、いや世界のマーケットを俯瞰して観れる視座を持つ人物・経営者なのではないか、という想いが確信に変わってきました。
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成功するならとにかく「量」の事業を

そこで2009年末、東京でサービスオフィス運営をされていたCROSSCOOPの矢田峰之さんにシンガポール進出を提案しました。そして、翌2010年夏に合意に至り、同社の資本と経営に参画の運びとなったのです。

僕はとにかく東南アジアにたくさんの事業の「量」を仕掛ける必要があると思っていました。数多くの会社が、起業家がシンガポールに、東南アジアに勝負を挑めば、そのうちの100社に1社は成功するだろう、と。

その無数の中に、次の楢林さんが現れるだろうと。そのために日本人の、日本企業の進出の足掛かりになる橋頭保となる場所が必要になる、はずだと思ったのです。

翌2011年7月、CROSSCOOPシンガポールは開業しました。以来7年間で数え切れぬほどの日系企業に海外各都市……ジャカルタ、ホーチミン、マニラ、デリー、バンコクのCROSSCOOPをご利用いただいています。非日系企業のご利用も多いです。https://crosscoop.com/

GDP伸び率年5〜10%。アジアの爆発的な成長に乗る

中国ばかりに目が行きがちですが、この10年間は東南アジア各国とインドも毎年5%~10%もGDPが伸びるというかつてない爆発的な経済成長を遂げました。

目論見はあたり、未曾有の上げ潮の波に乗ろうと日本人・日本企業もまたこの地域に爪を掛けに参じたのです。そして少なくない夢が破れるなかで、多くが激戦を生き抜き潜り抜けて今も競争に参加されています。

この成長と平行し伸びたCROSSCOOPの堅調な業績も相まって運営会社ソーシャルワイヤー株式会社は2015年12月、東証マザーズ市場に上場しました。

僕が広告会社を営んでいた頃はお得意先のご担当だった矢田さんは、5度だけ撞ける東証上場記念の鐘を“エンジェル投資家”としての僕にひと撞きさせてもらいました。同社を含め計9社、僕が上場前に投資をした会社が株式上場していますが、鐘は初めてで冥利を感じました。

矢田さんは冷静に着実に結果を積み上げることができる堅実なプロ経営者。数字に強く、成長市場の1年先をしっかりと理詰めで説く実績を見せてくれています。

同社はもう一つコア事業としてニュースリリース配信サービスの@Pressを運営しています。今後はぜひ同サービスも東南アジアやインドで展開してほしい、と一株主として夢想しています。
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事業を通じて己を知る!?

どちらかというと当初は前者のコンサルを立ち上げるべくシンガポールに移ったのですが、これ僕の性分には向いてなかったんですね。

大企業のご担当との商談が面倒で無理でした(個人の感想です)。早々に資本は置き去りにしたまま、僕自身は身を退きました。同社は現在もしっかり営業しています。先日、10年で2度目の配当を頂きました。

● 加藤順彦ポール(事業家・LENSMODE PTE LTD)

ASEANで日本人の起業する事業に資本と経営の両面から参画するハンズオン型エンジェルを得意とする事業家。1967年生まれ。大阪府豊中市出身。関西学院大学在学中に株式会社リョーマの設立に参画。1992年、有限会社日広(現GMO NIKKO株式会社)を創業。2008年、NIKKOのGMOグループ傘下入りに伴い退任しシンガポールへ移住。2010年、シンガポール永住権取得。主な参画先にKAMARQ、AGRIBUDDY、ビットバンク、VoiStock等。近著『若者よ、アジアのウミガメとなれ 講演録』(ゴマブックス)。

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