2017.06.12
会話に差がつく! 雨降りデートは俳句をちょい足し
雨の音を聞きつつお酒を傾けながらちょっとした言葉遊び…なんて、なんだかロマンティックじゃありませんか?本記事を読めば俳句への敷居も少し低くできるはず、素敵な雨降りデートのためぜひぜひご活用くださいまし!
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文/原 裕 Hiroshi Hara(フリーエディター)
「え、どういうこと?」
「さみだれ。五月雨をあつめて早し最上川、ってね。芭蕉の句もある」
「でも、五月の雨って書くんじゃなかったっけ?」
「お、さすがインテリ。この五月は旧暦のことだから、まさにいま時分のことなのさ」
「へー、そうなんだ。さみだれって、素敵な響きよね」

「最近ではバラエティ番組で夏井いつきさんのような方が活躍していて、若い人の間でも俳句が見直されているようです。俳句というと日本の伝統文化のように思われがちですが、意外と新しいものです。
和歌は万葉集からある古いものですが、その和歌をベースとした〈連句〉という遊び、まず五七五の句を誰かがつくって、そのあと七七の言葉を次の人がつけて、さらに別の人がまた五七五をつけて、どんどん長くしていくゲームが江戸時代に盛んになりました。
そこでは最初の句、発句(ほっく)というのですが、それが重要になります。宗匠とか偉い人に発句をお願いすることもあり、旅先で芭蕉が発句をつくって、むかえ入れる側が、それを受ける句として脇句(わきく)をつくって、という感じでやっていたみたいですね。
そして連句の時代には、季節順に句を継いでいくルールがありました。最初の五七五が春だったらその後は夏、または季節と関係ない〈雑〉句を続けて、という。夏から急に冬へ飛んだりはしません。そうすると発句も詠む時期で季節が変わってきます。
もっとも、発句だけ詠む、ということもするようになったようです。これらを子規が分類しました。そうして季節ごとに分類された句から、さらに高浜虚子とその周りの人たちが”これは季節を表す語=季語”と定めてまとめるようになって、俳句といえば季語だというのが定着したという流れです」
元来は言葉を使った遊びであり、季語はその道具だったとは、どこかオンラインゲームを彷彿とさせるようだが(季語を選んでも課金はされないが)、そんな風に捉えると俳句や季語への敷居も少し低くなるような気がする。すると、佐藤さんは鞄から『俳句歳時記』という本を取り出した。
「これが季語の事典です。俳句の場合はカンニングOKなんで、これを傍に置いて作句します。ちなみに『俳句歳時記』はアプリにもなっています。ここには季語と傍題(関連の季語)、その意味とともに、これまでその季語でつくられてきた例句も収められています」

そこで佐藤さんに、彼女の推しの俳人と雨の句を選んでいただいた。
「現在若手俳人のアンソロジーを編纂しているところなのですが、その中から村上鞆彦(ともひこ)さんの雨の句をいくつか紹介します。」
雨脚に隙間ありけり蜥蜴の尾
捩花にすこしななめの雨がふる
目の玉に痩せは及ばず夏の雨
玉虫をきのふ見し木に雨が降る
ちなみに、俳句は音にして読むほかに、その文字を見ることと、さらに内容を読み解くことの3つの楽しみ方があります。例えば「鮮し(あたらし)」を漢字で書く一方で、「つねに」や「かたつむり」をかなで表記する。そういうところも作家性の表れなので、字面の感じもぜひ味わってもらいたいですね」
● 村上鞆彦(むらかみ・ともひこ)/ 俳人
1979年大分県生まれ。俳句結社「南風」主宰(津川絵理子と共宰)。句集『遅日の岸』にて第三十九回俳人協会新人賞受賞。
● 佐藤文香(さとう・あやか)/ 俳人
1985年兵庫県生まれ。池田澄子に師事。第2回芝不器男俳句新人賞にて対馬康子奨励賞受賞。俳句甲子園の漫画、『ぼくらの17-ON!』①〜④(アキヤマ香著・双葉社)の俳句協力。句集『海藻標本』(宗左近俳句大賞受賞)、『君に目があり見開かれ』、編著『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳②生と夢』。現在、俳句の若手アンソロジーの編著を手がけており、今夏発売予定。
● 原 裕(Hiroshi Hara)/ フリーエディター
15年間メンズライフスタイル誌の編集部で音楽や映画などの分野を担当。その後フリーエディター&ライターとして、ファッションからカルチャー、ライフスタイルまで幅広いジャンルで活動している。