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2021.01.02

【vol.10】春画を極める/後編

歌麿や北斎が描いた一級品の春画は何が違うのか?

いい大人になってお付き合いの幅も広がると、意外と和の素養が試される機会が多くなるものです。モテる男には和のたしなみも大切だと、最近ひしひし感じることが多いという小誌・石井編集長(46歳)が、最高峰の和文化体験を提供する「和塾」田中康嗣代表のもと、モテる旦那を目指す連載です。

CREDIT :

写真/トヨダリョウ 文/井上真規子

▲ 石井編集長(左)、浦上満さん(中)、田中康嗣さん「和塾」代表(右)
今や世界中から注目を集める、江戸期美術の最高傑作のひとつ、春画。その赤裸々な性描写から、明治期以降タブー視されてきました。そんな逆風のただ中にあった春画を、第一級の美術品として世に復活させたいと願った学者、研究者、美術界の人たちがいました。

浦上さんもその中の1人で、皆と協力し、2015年には目白の永青文庫で日本初の大規模な春画展が開催されました。来場者数は3カ月で21万人を記録し、春画の潜在的な人気と注目度を日本中に知らしめたのです。

前編では、春画もコレクションする浦上さんの指南のもと、春画の来歴や特徴、楽しみ方を教わりました。後編ではそれを知った上で、浦上さんに持参していただいた超ド級の春画をご紹介。眼福の世界をたっぷりとご堪能くださいませ!
【注意】本記事には数多くの春画が掲載されています。18歳未満の方、および性的な表現に触れたくない方は閲覧をお控えくださいますようお願い申し上げます。

女性を書かせたらナンバーワンと言われた歌麿

浦上 「さて、前編では春画のいろはをご紹介いたしました。今回はそれらを踏まえた上で、浮世絵で名を馳せた一流絵師たちの描く春画の名品を楽しんでいただきます。どれも摺りが早く、保存状態の良い一級品ばかりですので期待してくださいね」

田中 「ものすごい価値の春画を間近で見られる機会です。きっと一生に一度ですよ!」

石井 「とっても楽しみです!」

浦上 「では、まずは(喜多川)歌麿から。こちらは歌麿が35歳頃に描いた最高傑作とも言われる『歌満くら』という作品です。全部で12図ありますので順番に見ていきましょう。まずは、花見中に抜け出した芸者と伊達男の春画です」
石井・田中 「お〜! カッコいい!!」

石井 「本当に男がいい表情をしていますね!  めちゃくちゃ伊達男です」

浦上 「でしょう? 美術は理屈じゃないんです。今の皆さんのように『カッコいい!』って思うことが大切なんですよね」

石井 「喜多川歌麿の名前はとても有名ですが、実際にはどんな絵師だったんですか?」

浦上 「歌麿は、春画もそうですが浮世絵の美人画を描かせたらナンバーワンと言われた絵師です」
田中 「女性の太ももは、紙の地の色そのままを生かしていますね。白色が効いていてカッコいいな~」
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浦上 「次は、出会い茶屋(今のラブホテルのような場所)の2階で男女が楽しんでいる春画。よく見ると、女性の顔の横から男性の冷めた感じの目がすっと覗いています」

石井 「本当だ! 全体の構図や雰囲気がとても洒落てますね〜」

浦上 「男性が手に持っている扇子には『蛤に はしをしつかと はさまれて 鴫(しぎ)たちかぬる 秋の夕くれ』と狂歌が書いてあります。 蛤は女性器、はし(くちばし)と鴫は男性器を表している。男性は積極的な女性にちょっと困惑しているんですね。この歌は、新古今和歌集にある西行の『心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ』という歌にかけたもの。構図がとても洗練されています」
石井  「教養があることで、より深く楽しめるんですね。ちなみにこういった構図や色、柄など、すべて歌麿が一人で考えていたんですか?」

浦上  「浮世絵版画は、絵師がもとになる版下絵を描いて、そこから彫師が彫って、摺師が摺るという三身一体で制作されます。初摺り(約200枚)は摺る時に絵師も側にいて、いろいろ指示していたようです。後摺りは版木も摩耗して線が鈍くなりますし、色も微妙なグラデーションがなくなったりします。だから美術品としては初摺の価値が高いんです」

石井 「なるほど~」

田中 「それから企画から販売までは、版元がプロデュースしていました。今でいう出版社ですよね。有名なのが蔦屋重三郎。写楽や歌麿を売り出したことでも知られています」

石井 「あ、蔦屋は知ってます!」
浦上  「この女性は角隠しを着けていますね。今では花嫁さん専用のようになっていますが、その昔は“揚げ帽子”といって奥女中が外出する際に着けていました。奉公先からお寺参りに行った帰りに、昔の彼氏と出会茶屋で情事にいたっている図ですね」

石井 「これは、アクロバチックなポーズですね……!」

浦上 「春画のポーズは無理があるものが多いんです。その無理な構図を絵としてちゃんと成立させているのがすごいところ。春画を描かせると絵師の腕がわかるといわれています」
田中 「こういう女性を無理矢理犯すような悪い男は、春画ではうんとブ男に描かれますね。この絵でも、毛深い利兵衛じじいの腕に噛み付いて、若い女性が抵抗しています。女性の嫌がることをするのはロクでもないヤツだっていう共通理解があった」

石井 「なるほど。戒め的な意味合いもあったんでしょうね」

【ポイント】

■ 浮世絵版画は初摺が最も価値が高い
■ 春画は難しいポーズを自然に見せるため、絵師の腕が試される
■ 女性の嫌がることをする悪い男はわざとブ男に描かれていた

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北斎の春画は大胆な構図と豊かな発想力が魅力

浦上 「それでは、いよいよ北斎です」

石井 「おお〜! ついに。楽しみです」

浦上 「これは海女と漁師の交わりを描いています。左下には魚籠(びく)がありますよね。男性は『お前さんが他の男とイチャつているのを見たんだよ』と言っていて、それに対して浮気性の女性が『そんなことないわよ。面倒なこと言わずに早くしてちょうだい』なんて書入れが入っています」
石井 「またしても女性が上手ですね! 女性と男性の髪の一本一本がとにかく細かい! 線が精緻でとっても綺麗ですね」

田中 「北斎は、春画にも必ずチリチリの線(女性がまとっているオレンジの布)を入れていますね」
浦上 「北斎からもう一つ。これは祭りの最中に抜け出してきた男が、なじみの芸者と慌ただしく逢瀬を楽しんでいるところ。こういうどさくさに紛れて……という設定はよくありますね。大掃除や火事の最中とかにしてしまうという(笑)。面白いですよね」

石井 「ありえないシテュエーションが出てくると当時斬新だったんでしょうね。それを実際に真似する人もいたりして!」
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浦上 「さらに、北斎が55歳の時の春画『喜能会之故真通』がこちら。上中下巻の三部作です。面白いのは、各巻の最初のページに綺麗な女性の顔だけが出てきて、最後のページにその女性の局部が大きく描かれるという仕掛け。その間にいろいろな性の物語が描かれています」
▲ 葛飾北斎「喜能会之故真通」(上、中、下巻)文化11年(1814)
石井 「よく考えられてますね〜。見ていて飽きない」
田中 「全体を通して本当に見事ですね」

浦上 「中には、義理の母親が養子にした息子に『もっと親孝行しなさい』と求めていたり、男性が局部に肥後ずいき(性具)を巻きつけたりしているもの、女性同士で楽しんでいるものなどいろいろあります」

石井 「レズビアン!  北斎の豊かな観察力と発想力が伺えますね」 

浦上 「そして、これ!  ‘蛸と海女’は『喜能会之真通』の下巻に登場する傑作です。世界中で最もよく知られた春画かもしれません。西洋ではタコは恐ろしい生き物とされているので、女性が凌辱されているショッキングな絵に映るようですが、実際はこの女性は喜んでいるんです」
▲ 葛飾北斎「喜能会之故真通」(下巻)‘蛸と海女’文化11年(1814)
田中 「書入れでタコが『このチャンスを待っていた。吸って吸って吸い尽くし、堪能させてから竜宮へ連れ帰るぞ』とありますね。女性は、イボがとっても気持ちいいみたいなことを言っているのかな」

石井 「あ~吸盤が!(笑)」

浦上 「『私もタコだ、タコだ、と言われてきたが……』という女性の書入れがありますが、これは彼女が名器を持っているということ。でも、本物のタコにはかなわないというんですね。もともと、貴人に頼まれた海女が竜宮から宝珠を奪うという『海女の珠取り』伝承があり、竜宮の王様がそれを取り返しに来るという話が伏線になっているのです。だから、このタコは竜宮の大王の化身というわけです」
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石井 「それにしても、こんなすごい美術品を素手で持っていいのかとドキドキします……」

浦上 「春画の画帖を持ったり、ページをめくったりする時に手袋をつけていると、かえって手の感覚が鈍って危ないんですよ」

石井 「確かに、素手だとすごく慎重に扱いますね。ここまで怒涛の勢いで一級品を見せていただいて、眼福のひと時でした……。お腹いっぱい! そして、見ていくうちに春画のイメージがまた変わりました」 

田中 「それはうれしいですね」

石井 「春画に出会ったばかりの頃は、すごく先入観があって、男性のためのものとか、ポルノに近いような印象がありました。でも、実際はまったく違う。大らかにみんなで楽しむためのものという事がわかったし、男女和合で女性の方が上位だったりと、健全な日本人の姿が描かれていますよね」

浦上 「やはり実物を見ていただくことが大事なんです。そして最後は、北斎の兄弟子にあたる勝川春潮の『好色図会十二候』を。季節ごとに描かれた12枚揃いの春画です。春潮は、美人画が得意で、春画の名手と言われています」
▲ 勝川春潮 「好色図会十二候」天明8年(1788)
田中 「お歯黒の後家さんや、うぶな若い女性もいますね。絵に盛り込まれた情報を読み込んでいくと、この男女はどんな関係かな、なんて想像が膨らんだりして面白いですね」

石井 「ほんとだ。用意された物語性をわかるようになるのがポイントなんですね」
浦上 「『好色図会十二候』の中で、私が一番健全でいいなと思う絵がこちら。夫婦が幸せな感じで交わっている。2人とも表情がとっても幸せそうで穏やかでしょう」

石井 「にこやかだし、空気感も大らかで、めちゃくちゃほのぼのしてますね。一瞬、春画とはわからないぐらい!」

田中 「ホトトギスも飛んでいるしね! 春潮さんは人物の表情がすごく豊かですよね」

浦上 「皆さんも、こうやって自分のお気に入りを見つけてみるといいですよ。私は古美術の世界に40年以上関わってきましたが、浮世絵版画に限らず、古い壺でも器でもそういう見方をするとぐっと距離が近づきます。展覧会へ行ったら、今日はどれ持って帰ろうかな? と考えたりすると、楽しくなりますよ」

【ポイント】

■ 浮世絵の大家、北斎は春画の傑作も生み出した
■ 春画の絵には様々なストーリーが盛り込まれていて、それを読み解く楽しみがある
■ 春画は江戸時代の日本人の大らかな性の文化を理解できるツールでもある

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数万円で手に入れることができる豆判の春画もある

浦上 「ここまでは美術館級のものをお見せしてきましたが、最後は手軽に買う事ができる春画をご紹介します。豆判というカードのようなミニサイズの春画で、数万円から手に入ります。これは『和合扇』という12枚組の作品で、扇子がテーマになっています。サイズが小さいから、より細かい絵柄で本当にすごい仕事をしています。時代は、文化文政から幕末の頃のもので、彫りや摺りの超絶技巧が見事です」
▲ 江戸後期から幕末に作られたミニサイズの豆判春画「和合扇」(12枚)
石井 「一つ持たせていただいてもいいですか?  色柄も凝っていて、いったい何回摺るんだろう? という感じ。よく見るとエンボス(文字や絵柄を浮き彫りにする加工)の凹凸がすごく細かく入っていて立体的にもなっていますね」
▲「和合扇」の一枚
浦上 「この加工は、空摺りといって色を入れないで凸凹をつける技法です。ちなみに豆判春画で大小絵暦になっているものは、正月の江戸城で大名同士が交換していたという記録が残っています。今時の子供がカード交換をするような感じでしょうか」

田中 「自慢して見せ合っていたと思うとなんだか愉快ですね(笑)」

浦上 「それに春画は、お守りとしての役割があって、持っているといいことがあると考えられていました。武士は戦いの時、鎧甲を入れる箱の中に春画を入れていました。それは、春画を見て晴ればれとした気分で出陣すると戦いに勝利すると思われていたからです。また、春画には火災を避ける効力があるともいわれていました」

石井 「火事にも強いんですね!」

浦上 「和合は豊饒の意味があるから春画は縁起物なんですよね」
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石井 「見ていると気持ちも明るくなるような感じがしてきます。手に入るとなると、なんだかコレクションしたくなってきました!」

浦上 「でしょう!  昔から春画を見て怒る人はいないって言いますよね。鬱になる人もいないし(笑)」

石井 「春画、必要ですね〜。ちなみに、春画を実際に買いたい場合はどうしたらいいのでしょうか」

浦上 「春画に限らず、美術品は信用がおける人や店から買うことが鉄則です。古美術の世界には偽物もあるので注意が必要。きちんとした美術品を買っておけば、損はしないと思いますよ。日本人は、美術品を買うことは道楽であると考えがちですが、昔から欧米では財産の一部に必ず美術品があるんです」

石井 「なるほど。じゃあ、いざとなったら浦上さんに教えてもらいます! 」

浦上 「買う人と美術品は、男女の運命のように赤い糸で結ばれていて、自然と引き寄せ合うんです。我々、古美術商はお引き合わせをする仲人みたいなもの。私も美術品を好きで扱ってきましたので、大切に可愛がってくれる人の手に渡ってほしいと思っています。大切な美術品を後世へ伝えていくのはものすごく大切なことなのです」
石井 「春画を買うことで、日本の大切な財産を守っていくことにもなるんですね」

田中 「今はお金儲けに美術を利用する人なんかもいて残念ですよね。ただ、春画の価値は、これからどんどん上がっていくでしょうね。世界的な評価になってきていますから」
浦上 「北斎の『冨嶽三十六景』などはオークションで想像を絶するような値段になってきていますが、春画はこれからだと思います。しかし残念ながら、今の日本には美術品を買う人が少なくなってきています。コンテンポラリーアートだって、トップクラスの作家の作品は外国人がみんな買っていってしまう。これは問題ですよね」

石井 「日本に優れた美術品がなくなっていってしまうんですね」

浦上 「この国の文化度がどんどん下がっていっていくということなんです。一方、中国人は過去に流出した自国の美術品をすごい勢いで買い戻しています。日本人はもともとアートの面でも才能がある民族だし、もっと美術を好きになって欲しい。好きなものが生活空間にあったら楽しいですしね」

石井 「フランスなど欧米では、作家が有名だからとかそういうことに関係なく、十数万の写真をいい作品だからってフラッと買って帰ったりするんですよね。そういうのって日本人にはないですよね。ハードルが高いというか」
浦上 「日本人は真面目だから、有名な作家とかウンチクをどうしても先に考えてしまうけど、素直に好きなものを買えばいいんです」

石井 「なるほど。そこから背景や知識にも興味をもっていけばいいってことですよね。今日はありがとうございました!」

【ポイント】

■ 日本の優れた美術品がどんどん海外に流出している。もっとアートに関心を持って欲しい
■ 春画には数万円で購入できるものもある
■ 購入する場合は信頼のある古美術商を訪ねる事が大切
■ まずは人に聞くより、自分がピンときた好きなものを選ぶ事

● 浦上 満(うらがみ・みつる)

幼少の頃より、コレクターであった父、浦上敏朗(山口県立萩美術館・浦上記念館 名誉館長)の影響で古美術に親しみ、大学卒業後、繭山龍泉堂での修行を経て浦上蒼穹堂を設立。数々の展覧会を企画開催し、また、日本の美術商として初めて1997年から11年間ニューヨークで「インターナショナル・アジア・アート・フェア」に出店。ベッティングコミッティー(鑑定委員)も務めた。現在、国際浮世絵学会常任理事、東京美術倶楽部常務取締役。著書として「古美術商にまなぶ 中国・朝鮮古陶磁の見かた、選びかた」(2011年 淡交社)、「北斎漫画入門」(2017年 文春新書)など。

● 田中康嗣(たなか・こうじ)

「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。

和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。

■和塾HP
URL/http://www.wajuku.jp/
■和塾が取り組む支援事業はこちら
URL/https://www.wajuku.jp/日本の芸術文化を支える社会貢献活動

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