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2020.10.17

日本で大ヒットの映画『TENET(テネット)』は、なぜアメリカで不人気なのか?

日本では好調のクリストファー・ノーラン監督の超大作『TENET(テネット)』。難解だということからリピーターもいるようで、公開から4週経つ今も、メディアやSNSで話題になっている。だが、日本より2週間先に公開されたアメリカで、すっかりコケてしまったというのだ。その理由とは?

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文/猿渡由紀(L.A.在住映画ジャーナリスト)

記事提供/東洋経済ONLINE
写真/公式サイトより
クリストファー・ノーラン監督の超大作『TENET(テネット)』が、日本であいかわらず好調のようだ。難解だということからリピーターもいるようで、公開から4週経つ今も、メディアやSNSで話題になっている。

そんな日本の観客には意外かもしれないが、日本より2週間先に公開されたアメリカで、今作はすっかりコケてしまった。ほかに新作がないため、一応ランキングでは1位だが、先週末の興行成績はわずか270万ドルで、2位の再上映作『ホーカス ポーカス』(1993)の190万ドルと、大して差はない。

公開当初こそ、ライバルが少ないことから普段より息長く映画館にとどまるかと期待されていたが、この状況では現在までの総額4500万ドルでほぼ打ち止めだ。比較のために挙げると、ノーランのひとつ前の監督作『ダンケルク』(2017)は、最初の週末だけで5000万ドルを売り上げている。コロナ前なら、4500万ドルは『TENET』が最初の2、3日で売り上げるべき数字だったのである。

日本を含むほかの国ではまずまず健闘しており、全世界興収は3億ドル強。しかし、製作費だけで2億ドルがかかっていることから、4億5000万ドルの世界興行収入があってようやくトントンとのこと。つまり、今作は赤字がほぼ決定してしまったわけで、その足を引っ張ったのは、お膝元のアメリカなのである。
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『TENET』がアメリカで大苦戦する理由

なぜこんなことになってしまったのか? 一番の答えは、アメリカで最も重要な市場であるロサンゼルスとニューヨークで、まだ映画館の再オープンが許されていないからだ。

ロサンゼルスとニューヨークは批評家やメディアが集まる都市だが、「映画とは映画館で見るものを呼ぶ」という確固たる信条をもつノーランは、この非常時でも、マスコミに配信形式で試写を見せることをしなかった。

そのため、これら2都市の批評家や業界関係者は、誰も同作を見ていないのである。主要な新聞は、映画館での試写が可能だったロンドン在住の批評家などに依頼して記事を書いてもらったものの、どうせ見られないとなると興味をもつ人は限られるし、当然ながら口コミもない。

とは言っても、映画館を開けていいのかどうかの判断や基準はそれぞれの自治体で違うことから、遠くまで行くことをいとわなければ、見ることは可能だ。

全米規模では『TENET』の公開時点で6割近くの映画館が開いていたし、公開後まもなく、ロサンゼルス郡のすぐ南のオレンジ郡でも再開が許された。ニューヨーク州のお隣ニュージャージー州でも開いている。

しかし、ノーランの最新作であり、コロナで映画館が閉まって以来ほぼ半年ぶりの超大作であったにもかかわらず、遠征してまで映画を見る人は、あまりいなかったのである。

そこに、2つめの答えがある。多くの人は、映画館に行くことをまだ不安に感じているのだ。劇場主たちは、この日に備え、数週間前からコロナ対策を徹底し、安全であることを強調してきた。そもそも、営業再開が許されている地区でも、定員の25%、あるいは50%までしか観客を入れることができないため、ソーシャルディスタンスは保てるのである。

だが、やはり定員の25%でロサンゼルスでも営業再開が許されたヘアサロンと違い、映画館は「行かなくてもすむ」ものだ。だから「今映画館に行くのはやめておこう」となる。同作の上映時間が2時間半もあるのも、「そんな長い間、密室にいるのは怖い」と、観客の不安に輪をかけたのかもしれない。
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映画業界を悩ます「自治体の対応」

ロサンゼルスは、カリフォルニア州知事が定めた2つの基準の両方を満たせば、今のオレンジ郡と同じ段階に入ることができ、定員の25%で映画館も再開できる。そのうちひとつ、陽性率の基準はとっくに満たしているのだが、もうひとつの1日あたりの平均新規感染者数の基準が満たせない。しかも、両方を3週間連続で満たさないことには、次の段階へ行けないのだ。

一方、甚大なコロナ被害を見事抑え込んだニューヨークは、ボウリング場やジム、レストランの店内での食事も許可したのに、映画館に関しては動く様子がまるでない。

そんな中で、各スタジオは、9月下旬公開予定だった『キングスマン:ファースト・エージェント』を来年2月に、10月に予定されていた『ワンダーウーマン1984』『ナイル殺人事件』を12月中旬に、11月頭だったはずの『ブラック・ウィドウ』を来年5月に延期した。

その結果、公開カレンダーは再び空白だらけになってしまう。そして先週には、11月20日に公開予定だった『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』まで、来年4月に延期されてしまったのだ。

さらに、今週8日には、同じ日に予定されていたピクサーの『ソウルフル・ワールド』もDisney+での配信に変更されてしまった。11月25日のドリームワークス・アニメーションの『The Croods: A New Age』は、とりあえずまだとどまっているが、もしこれまで延期してしまったら12月11日のライアン・レイノルズ主演のアクション映画『Free Guy』まで丸々2ヵ月もメジャー大作が何もないことになる。その『Free Guy』ですら、この先どうなるかわからない。
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従業員4万5000人を一時解雇する映画館も

こういったスタジオの動きを受けて、世界で2番目の規模を誇るイギリスのシネコンチェーン、シネワールドは、アメリカで展開するリーガル・シネマ全536館と、イギリスに所有するシネワールドとピクチャーハウス全127館を、改めて一時的に閉鎖した。

これにより、4万5000人がまたもや一時解雇されている。同社のCEO、ムーキー・グレイディンガーは、「店を開けてはいても野菜も果物も肉もない食料品店みたいなものだから」と説明。この決断がなされたのは「007」の延期が発表された直後だったが、「007」のせいにするつもりはなく、むしろ彼は、興行主の声に耳を傾けてくれないニューヨークのアンドリュー・クオモ州知事を責めている。

ライバルで世界最大手のAMCは、シネワールドの動きを受けて、「自分たちはこのまま経営を続ける」と発表した。しかし、多額の負債がある彼らも、相当に危うい。もちろん、小さな映画館も脅威にさらされている。

先月末、全米劇場所有者協会(NATO)は、政治家に手紙を送り、「この状況が続けば、69%の小規模および中規模の映画館が倒産を強いられる」と、持続過給付金などの援助を要請した。一方で、ウォール街のアナリストであるエリック・ウォールドは、「完璧な環境が整うまで待ちたいという気持ちはわかるが、興行ビジネスが崩壊してしまわないために、赤字覚悟で新作を提供するべき」と、助け舟を出すべきなのはスタジオだと主張する。

シネワールドのグレイディンガーも、再び彼が映画館のドアを開けるには、「1本だけではだめ」で、「その後にも新作がどんどん控えていて、スタジオが『もう映画館に行っても大丈夫ですよ。だから私たちはこんな作品を提供します』と観客に言ってくれる状況」が必要だと語っている。

窮地に立たされたアメリカ映画業界

映画館が潰れてしまえば、スタジオは、作品を上映するにも箱がなくなる。映画館はビジネス上の重要なパートナーであり、長期的に見れば、彼らを助けることは自分たちのためにもなる。とは言っても、大事な映画を、わざわざ損する状況で出したくない。スタジオだって、今はお金を失い、レイオフをしているところなのだ。失敗が続けば株価にも影響する。

アメリカの映画館の未来は、今、そんなジレンマに大きく揺さぶられている。コロナが落ち着いてくれるのが一番だが、その気配は一向に見られない。ようやくこのウイルスに打ち勝った時、どれだけの映画館が生き残っているのか。ロックダウンから半年以上が経つ中、先行きはますます暗くなっている。
当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です

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