2025.08.23
この20年で恋愛はどう変わった? バーテンダー林 伸次がカウンターの中で聞いてきたこと
奥渋谷のワインバー「bar bossa(バール ボッサ)」のマスターであり、人気作家の林 伸次さん。新刊『恋愛は時代遅れだというけれど、それでも今日も悩みはつきない』(ele-king Books)と『30歳になってもお互い独身だったら結婚しようか』(三笠書房)の上梓を機に、林さんが渋谷で見てきた恋愛模様の変化について伺いました。
BY :
- 文/木村千鶴
- CREDIT :
写真/田中駿伍(MAETTICO) 編集/森本 泉、岸澤美希(ともにWeb LEON)
林 伸次さんが、20年以上渋谷の片隅で見てきた恋愛のこと

先日、『恋愛は時代遅れだというけれど、それでも今日も悩みはつきない』(ele-king Books)と『30歳になってもお互い独身だったら結婚しようか』(三笠書房)という、恋愛に関する本を立て続けに上梓されました。
林さんご本人は愛妻家で、“恋多き男”というわけではないのに、林さんにはいつも「恋愛について書いてほしい」という依頼が舞い込みます。それはなぜか、これからの時代の恋愛はどうなっていくのか、お話を伺いました。「林 伸次のLOVE la bossa」の番外編としてお楽しみください。
恋バナが好きです(笑)
林伸次さん(以下、林) そういうつもりはないんですけど、やっぱりすごく相談されるんですよ。例えば、女性からは「誰かいい人を紹介して」と言われることが多くて、あまりに言われるので実際に紹介してはみたんですが、1対1で紹介してもまったくうまくいきませんでした。なので、知り合いだけを集めてお店で紹介パーティーをしてみたら意外と良くて評判になったもので、その後、婚活パーティーを始めたりしたんです。
── まずは紹介パーティーがきっかけだったんですね。
林 はい。その後には東日本大震災があり、お店の売り上げが激減してしまったので、宣伝の意味も込めてFacebookで文章を書いてたくさん投稿しました。主にワインの話や音楽の話を書いていたんですけど、それらはあまり読まれなかった。どうしようかと思って恋愛の話を書いてみたら、すごく読まれるようになって。元々常連だったcakesの加藤さんがその投稿を見て声をかけてくれて「ワイングラスの向こう側」という連載が始まったんです。

林 バーテンダーにはもちろんすごくモテる奴がたくさんいて、その彼目当てで女性が集まって店が繁盛するパターンもあるんですが、そうじゃないケースも結構あるんですよ。さまざまな理由でバーテンダー自身が恋愛対象になりにくい場合は、場に安心感が生まれるのか、女性も男性もよく集まる居心地の良い店になる可能性が大いにある。僕の店もそのジャンルですね。
── 確かに、お店の人が恋愛的な勝負に出ていないとフラットな気持ちになれるから、「本音を言っていい場」となるのかもしれません。しかし林さんは本当に恋愛の話を生き生きと書くのが上手ですよね。
── ですよね(笑)。でも恋愛系以外の本もたくさん読まれるし、研究熱心と言いますか、やっぱり“恋愛に関してはプロだ”という意識があるんですか?
林 いえ、書くんだったらちゃんと勉強しなきゃと思っているんですよ。フェミニズムに関する研究者や、恋愛のことを大学で研究している教授のような人たちからしたら、僕なんて二流、三流。そう思うと、本を書いたりSNSで発表したりする以上は、ちゃんと勉強しなきゃいけないなという気持ちがあります。雰囲気で書いたりしちゃダメだなって。
顔を隠すことで逆にリアルが生まれている

── 編集者の人はきっと、林さんを通じて色んな男性のことを知られると思ったんでしょうね。「美人はスーパーカーである」「LOVE la bossa」でのインタビューも少しは役に立っているといいのですが。
林 もちろん。1時間たっぷりと色んなお話を聞かせてくれるので、本当にすっごく勉強になっているんです。やっぱりさすがにカウンターの中では聞けない話が多いですから。そして匿名というのも大きいですよね。顔を隠しているからこそ“私こんなダメな男に遭ったんです”って話をしてくれる。
林 顔を隠すってことは、本当のことを言っているんだろうという、逆のリアルが生まれているのもあると思います。恋愛相談も、実際の誰かの悩みをもとに答えているので、それが面白いのは同じ構造かもしれません。
── それから出演者の女性たちからは、秘密の話って、実は誰かに聞いてもらいたい気持ちもあり、言う方もちょっと楽しいという声を聞きます。林さんは20年以上にわたり、カウンターの中からお客さんの恋愛話を聞いてこられましたが、その中で感じたことを書いたのが『30歳になってもお互い独身だったら結婚しようか』(三笠書房)だと存じます。本の中にもありましたが、この年月で感覚的に恋愛観が大きく変化していると感じたのはどんなことでしたか。
林 そうですね、近年ではマッチングアプリで大きく恋愛の形が変わってきたと思いますが、その前ですと、やっぱりSNSの登場で不倫が増えたと感じましたね。

林 インターネットが普及する前は、知り合いの中で不倫の関係になることが多かったはずですよね。すると、ちょっと危ないからそうそうできないじゃないですか。でもSNSは離れたところの人と知り合えるので、誰にも知られないところでつながれる。それも理由のひとつかなと思います。
── 「ジャパン・セックスサーベイ2024」の調査では、現在パートナーがいて、それ以外の人ともセックスをしている人が、男性では約63%、女性は約40%とありましたので、確かに浮気をしている人は多いですよね。
林 本当に多いですね。そしてこれも感覚的なものですが、既婚女性が気軽に恋愛できるようになったんじゃないかなとは思います。例えば昔だったら、専業主婦の既婚女性と連絡を取るには、家に電話をかけなきゃいけなかったんですよ。今ならLINEだけ聞いておけば個人の連絡ができますからね。
結婚も恋愛も、したい人もいればしたくない人もいる
林 しょうがないとは思います。僕、以前はみんな恋愛や結婚やセックスをしたいんじゃないかと思っていたんですよ。でも、女性たちにインタビューして分かったのは、結婚も恋愛もしたい人もいればしたくない人もいるってことでした。特にセックスについては、そんなに興味がないけど、男性がしたがるから付き合っているという人も多くいました。
昔は「もういい歳になったから結婚しなさい」とか「恋愛はするのが当たり前」のように言われて、じゃあそろそろ自分も、みたいになっていたんだと思います。でも今は、世の中が「別に無理して恋愛したり誰かと付き合ったりしなくても、結婚だってしなくてもいいんじゃないか」という流れに変わってきました。

林 ところがですね、それについては、先日LEON編集部の岸澤さんが上梓された『民俗学で考える』新谷尚紀・岸澤美希 著(KADOKAWA)を読んで少し視点が変わったんです。
── おお、発見がありましたか?
林 ええ。貴族や武家などは親や家で結婚相手を決めることが多かったのですが、日本の田舎、漁村や農村には若者組や娘組といわれるものがあって、男女それぞれの組で寄り合い、みんなで宿に泊まって夜なべの作業もしたりして、その中でお互いの相手を決めたらしいですよ。
── それは合コンですね!
── 意外にも一般人は現在とそう変わらないんですねぇ。今後、このご時世に恋愛を上手にやっていくには、どうしたらいいでしょうね。
林 例えば近年では、職場に素敵な人がいたとしても迂闊に誘うとセクハラで訴えられるかもしれない。でもマッチングアプリはお互いに恋愛するつもりで来ているし、いいねを押して意思表示をしてからある程度メッセージをやり取りして、それから会うのですごく楽なんですって。
── マッチングアプリならリスクが減るんですね。でもどうしてもマッチングアプリって向き、不向きがありますよね。お品書きに自信がないとか、年齢の問題とか。
結局は、庭の花を摘んできてくれるような優しい人がモテる
── 社会的地位や経済力がモテる理由だったと実感するのは辛いかもしれません(笑)。これからの時代、恋愛ってどこに向かっていくんでしょうね。

先ほどの経歴モテしていた人の話とは真逆になりますが、先日、かなり大人の合コンに行ってきたという人の話を聞いたんですけど、その彼が「結婚などの目的があるわけじゃないから、社会的地位とかお金を持っているとかでモテるわけじゃないってことが新しい学びだった」と言っていました。
老人ホームのような場でも、庭の花を摘んできてくれるような優しい人がモテると言いますから、歳を重ねてからの恋愛は、純度が高まるのかもしれません。
── 結婚や子育てをしないのであれば、スペックなどの条件は関係なくなり、人間性でしか勝負ができなくなりますもんね。
林 はい、優しくて人を楽しませることができる、相手の笑顔を引き出せるような人が結局はモテるのかなと思います。
── 読者の男性の皆さんには、年齢を重ねる中で優しいオトコを目指していただきたいですね(笑)! 今日はありがとうございました!

『恋愛は時代遅れだというけれど、それでも今日も悩みはつきない』(ele-king Books)
インターネットのメディア・プラットフォーム「note」に日々連載されている有料サイト「bar bossa林伸次の毎日更新表では書けない話と日記」における2023年、2024年度の中からコラム35本を厳選して掲載。
「恋愛における自信がありません」「恋人をコントロールしてしまう自分が嫌」から「マッチングアプリで絵文字を使う男性に話しかけようと思わない」「入籍して半年ですが、寂しい」「不倫願望をうまくコントロールしている男性の特徴は?」など、赤裸々な相談に応じる形で、令和の恋愛模様を描く。

『30歳になってもお互い独身だったら結婚しようか』(三笠書房)
人はなぜ、「約束」をすると思いますか?
付き合っていないのに、別れた気がした夜がある。
あの夜を知るすべての人へ――
恋人、同棲、別れ、性格、セックス、不倫、嫉妬――バーカウンターに零れた本音を拾い集め、恋愛や結婚、人間関係の真実を静かに見つめた71篇のエッセイ。

■ bar bossa(バール ボッサ)
ワインを中心に手料理のおいしいおつまみや季節のチーズなどを取り揃えたバー。 BGMは静かなボサノヴァ。
住所/東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F
営業時間/月〜土 19:00〜24:00
定休日/日・祝
問い合わせ/TEL 03-5458-4185
● 林 伸次(はやし・しんじ)
1969年徳島県生まれ。早稲田大学中退。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷に「bar bossa」をオープン。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSを開業。選曲CD、CDライナー執筆等多数。cakesで連載中のエッセイ「ワイングラスのむこう側」が大人気となりバーのマスターと作家の二足のわらじ生活に。小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる』(幻冬舎)、『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』(幻冬舎)、『恋愛は時代遅れだというけれど、それでも今日も悩みはつきない』(Pヴァイン)、最新刊は『30歳になってもお互い独身だったら結婚しようか』(三笠書房)。