2025.05.25

樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』

【第12話_2】私の事務所に転職しませんか

孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第12話 その2】を特別公開します。

CREDIT :

文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 ヘアメイク/勝間亮平 編集/森本 泉(Web LEON)

樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。主人公はクセの強い四人の殺し屋たち。世界の暗殺史にその名を刻むコードネーム「キラーエリート」(錐縞ヒロシ)。良き父、良き夫の仮面を被った冷徹な殺し屋「こっさん」(山田正義)。ゲイのデザイナーで毒薬使いの「OKポイズン」(Matsuoka Shun)。そして凄腕の女殺し屋「最高の夜」(北村みゆき)。

躅子(ふみこ)様の別邸に集まって暗殺の計画を立てる四人の殺し屋たち。そのとき、突如、庭に舞い降りたヘリコプター。降りてきたのは、四人が命を狙う源氏首相、その人だった。(これまでのストーリーはこちらから)
クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON
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【20】 北村みゆき  続き

「私、源氏は内閣府の長として、日本の最高責任者として、前途ある日本人四人の将来を、みすみす見殺しにすることはできません」

いけしゃあしゃあと言ってのけた。源氏は顔を上げる。頬をぐっと持ち上げた。内ポケットからメガネを取り出してかけた。

「きみたちのことは調べさせて頂きました。まずきみ、錐縞ヒロシくん、仮名。四十三歳。若く見えるね。十歳のとき殺し屋に拾われた。以降、世界中を駆け巡り、わかっている限り、二三九人の暗殺に成功している。大変な経歴だ」
源氏は微笑んだが、ヒロシは表情を緩めなかった。

「山田正義くん、五十五歳。そのままでいいですよ。二十九歳からこの業界に足を踏み入れた。これまで影武者を複数揃えてきたが、予算が尽きてあと三人。ここに来る直前、妻と娘を葬ってきた。それはそれは。ご愁傷様でした」
こっさんは言葉を発しようとしたが、わずかに身もだえるだけだった。

「次、松岡俊太郎くん。三十二歳。本職は衣装デザイナー。専門は毒殺。同性愛者」
Shunは真一文字に口を結んでいる。昨日きょう知ったばかりの間柄だが、こんな表情は初めて見た。

「そして北村みゆきさん。年齢は──おっと、これはレイディに失礼だった」

それ以上はやめろ。しかし声が出ない。まるでテーブルに縛り付けられたように、指さえ動かせない。
「ほうほう。初体験は十歳のとき、相手は義理の父親。二年後に、事故に見せかけて殺している」

ヒロシにさえ話したことがない。私の、いちばん秘めておきたいことだった。それ以上はやめろよと私は願う。
「こちらにいる錐縞さんと離婚歴がありますね。ほうほう、婚姻中に三人の男性と肉体関係を結ばれていらっしゃる」

殺す。ヒロシの表情はやはり変わらなかった。
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私、源氏が百年にひとりの宰相だからであります

源氏首相はメガネを内ポケットに仕舞う。
「みなさんこれほど見事な経歴がありながら、殺し屋の仕事しか与えられてこなかったことを、私は一国の長としてお詫びしたい。この通り」
源氏はわざとらしくテーブルに手をついた。おちょくるにもほどがある。顔を上げた。

「で、ありますが、ここで私の暗殺をやめろと言っても、みなさん難しいでしょうから、私から提案があります。私の事務所に転職しませんか。みなさんこれまでやり甲斐を持ってお仕事に取り組んでこられたでしょう。しかしですね、言葉が悪くて恐縮ですが、所詮日陰者。いかがでしょう。私の片腕になってですね、表舞台に立ってみませんか。度胸がありますし、みなさんならできると思うのです」

こいつはいったい何なのだ。ナメているのか。つかみかかれない自分が呪わしい。しかし私だけでなく、誰ひとり貝のように押し黙っていた。

「失礼ですが躅子様からはいかほどの金額を提示されましたか。私がその倍を出すと申し出たら、引き受けて頂けますでしょうか」
源氏首相は笑っている。全部かっさらうほどの独り舞台だった。
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クワトロフォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON
「ちなみにですね、〝最後の伝説〟と呼ばれる方を雇ったのは私です。これで万事解決と思ったのは甘い考えでした。あなたたちはこちらの徳川邸に転がり込んだ。イタミさんはミサイルを撃ち込むおつもりでしたが私が止めました。ミッドタウン破壊、麻布警察署爆破とここのところの六本木の騒ぎで、ハーヴェストさんが非常にピリピリしております。私も庇いきれずですね、イタミさんには私の暗殺阻止係を辞めて頂きました」

「一国のトップが、米軍の極東担当司令官には頭が上がらへんのか」
こっさんが京都人らしい嫌みを吐いた。源氏は露骨にむっとした顔をした。

スティーブン・ハーヴェスト 元陸軍大将、国家安全保障問題担当大統領補佐官を経て現米インド太平洋司令官。六十三歳。パウエル、アーミテージの系譜に名を連ねるタカ派と呼ばれ、軍需産業との繋がりが強い。自民党政治家、外務省官僚から「大統領より日本に影響を及ぼす男」と恐れられている。近年、台湾情勢の緊迫化により、「日米同盟だけでは日本を守れない」とし、沖縄から基地を撤収する発言が物議を醸した。

「何かというと日本を訪れては私たちにあれこれと命令する。彼のような古くからのジャパン・ハンドラーには早々にご退場願いたいところです」
源氏首相はふうっと息を吸う。喋りすぎたという顔をした。

「せっかく紅茶を淹れて頂いたようですから、いただきますね」
源氏はShunに礼を述べる。ひと口啜る。

「続きをよろしいですか。で、ですね。どうして私、源氏が、みなさんに私、源氏の暗殺をやめて下さいと直々にお願いにあがったのか。それには理由があります。よろしいですか。それはですね、私、源氏が百年にひとりの宰相だからであります」
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十歳のとき天啓にうたれた。──この国を変えろ、と

応接間を沈黙が支配した。もうどうにでも、好きなようにおまえの役を演じろと思った。
「ご説明しましょう。みなさん、どうして私、源氏が、齢三十八にして一国の長にまで上り詰めたと思われますか。現状、国会議員は二世、三世、四世議員だらけです。彼らはたまたまその家に生まれただけでたいした能力もないのに、いや、たいした能力がないからこそ、他にやるべきこともないので、親の地盤を引き継いで、政治家を継受しています。

翻って、私、源氏はどうでしょう。地方の公務員の次男に生まれて、中流を絵に描いたような家庭で、平々凡々に育ちました。しかし十歳のとき、天啓に打たれたのです。――この国を変えろ、と」

源氏はもうひと口紅茶を啜る。私はそっとShunのほうを見た。

「それからはですね、人が変わったように勉強に明け暮れました。高卒の両親は目を剥いて驚いていましたが、私は違う。本当に人が変わったのですから。まず東大に入った。何の後ろ盾もない男が政治家になろうと思ったらこの大学ぐらい入っておかないといけない。首席卒業でした。当然であります。私、源氏、ちょっと本気になっただけであります。

その後は、全力疾走して参りました。時には自分の志とは異なる者と連合し、泥水も啜って参りました。まことこの世界は伏魔殿。左の方たちが言うような綺麗事だけでは進みません」

源氏はいきなり手を叩いた。私たちを縛り付けていたものが解けた。しかし自由になったところで私たちは立ち上がることも、思うように指一本動かすこともできなかった。
2025年4月号より
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● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。
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● 「クワトロ・フォルマッジ」のこれまでのストーリーはこちら
● 樋口毅宏さんの今作品解説&インタビュー記事はこちら
● 連載対談「樋口毅宏の手玉にとられたい!」はこちら
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