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2025.05.24

樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』

【第12話_1】三月二十四日、月曜日。首相暗殺日を決めた

孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第12話 その1】を特別公開します。

CREDIT :

文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 ヘアメイク/勝間亮平 編集/森本 泉(Web LEON)

樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。主人公はクセの強い四人の殺し屋たち。世界の暗殺史にその名を刻むコードネーム「キラーエリート」(錐縞ヒロシ)。良き父、良き夫の仮面を被った冷徹な殺し屋「こっさん」(山田正義)。ゲイのデザイナーで毒薬使いの「OKポイズン」(Matsuoka Shun)。そして凄腕の女殺し屋「最高の夜」(北村みゆき)。

躅子(ふみこ)様の別邸に集まって話を重ねる四人の殺し屋たち。それぞれが事情と運命を抱えつつも目的に向かって心をひとつにしようとしていたその時……。(これまでのストーリーはこちらから)
クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON
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【19】 Matsuoka Shun

応接間に僕、ヒロシ、みゆき、山田のこっさん。そして躅子(ふみこ)様が揃った。
躅子様が四人の殺し屋にプリントを配る。
「こちらが向こう二カ月先までの源氏首相、石井晴子、夏田銀二のスケジュールです。自宅の住所、国会までの道順、車種と色。SPの人数まで記載されています」

僕たちはそれを覗き込む。
「すげえな。これがあれば楽勝じゃね」
僕の軽口にみゆきがツッコむ。
「バーカ。あっちには〝最後の伝説〟がいるんだよ。源氏首相を狙うなら、必ず張り付いている」

こっさんの表情は変わらない。とうに覚悟を決めている。言うならば明鏡止水の心境か。躅子様が続ける。
「これは私の勝手な提案ですが、やるならば同時がいいと思います。ひとつでも先に動いた場合、セキュリティーがより強固になります。外出を控えるようになるでしょう」

「オンライン国会でも開くかな」
なぜだろう。昔からそうだが、緊張を求められる場こそ無駄口を叩きたくなる。
「急かすつもりはございませんが、決行日はいつにしましょう」
「なるはやがいいな」

五人は壁のカレンダーを見る。ヒロシが指を差す。
「この日はどうだ」
来週、三月二十四日、月曜日だった。
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クワトロフォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

暗殺が成功した夜は、これで乾杯しましょう

プリントで確認する。国会は会期中。源氏首相、石井晴子、夏田銀二も出席する。
こっさんが頷く。みゆきも。僕も。
「決まりだな」

ヒロシは三月二十四日にマジックで丸を付けた。
「この日までに綿密な計画を立てるとしよう」
僕たちは頷(うなず)きあった。躅子様がコレクションボードから一本の酒瓶を取り出す。
「これはバチカンを公式訪問した際、法王が直々に下さったものです」
世界に三本しかないワインだという。
「暗殺が成功した夜は、これで乾杯しましょう」
「いいですね!」
すかさず僕はガッツポーズを決めた。躅子様が複雑な笑みを見せる。
「人の命を奪うというのに浮かれて……。私はいけない人間ですね」
僕たちは笑った。

すると突然、どこからか爆音が聞こえてきた。閑静なこの邸宅でめずらしいことだった。
爆音はどんどん近づいてきた。それがヘリコプターの羽音と気付くまで、たいした時間は要しなかった。
「どなたでしょう。聞いておりません」
躅子様は窓から覗く。そのまま突っかけで庭に出た。僕たちも続いた。

庭にヘリコプターが到着しようとしていた。僕たちが乗ってきたものとは種類が違う。
翼は回転したまま、ヘリの横の扉が開いた。スーツを着た男が降りる。
信じられなかった。ヘリの羽音がなかったら、僕たちの驚いた声や、心臓を脈打つ音の高鳴りが、それぞれの耳に届いていただろう。

ヘリコプターから降りてきたのは、僕らが命を狙う源氏首相、その人だった。
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クワトロフォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

【20】 北村みゆき

源氏首相は確かな足取りで、私たちのほうに近づいてきた。その歩みに迷いはなかった。

一瞬だった。隣に立っていたこっさんが動いた。彼は懐から取り出した刃を手に、正面から源氏首相に向かっていった。無駄のない動きだった。私だったら避けきれなかったのではないか。こっさんが刃を振り上げる。しかしそれ以上は続かなかった。

こっさんの動きがぴたりと止まった。源氏首相が彼の前に立つ。にゃっと笑う。不気味なほど白い歯が眩(まぶ)しかった。源氏がこっさんの肩に手をやる。するとどうしたことか、こっさんの力が抜けて、へなへなとその場に崩れ落ちた。魔術でも見ているかのようだった。

源氏首相は躅子様の前に立ち止まり、深々と一礼した。
「源氏でございます。躅子様、お目にかかれまして光栄の至りです」

顔を上げる。源氏と躅子様が見つめ合う。余裕綽々(しゃくしゃく)の源氏とは対照的に、躅子様は困惑を隠せない。無理もないだろう。自分がこの世から亡き者にしようと狙っている相手が前触れもなく現れたのだから。
「国会を抜け出してきました。アポイントメントもなく急な申し出で恐縮ですが、お時間を頂けないでしょうか」

躅子様は首を横に振れなかった。
答えを待たずに、源氏は応接間に上がり込んだ。まるでこの家の主のようだ。私たちはあとに続く。躅子様、私、ヒロシ、Shun、そして源氏首相がテーブルについた。
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私の暗殺計画を、中止にして頂けないでしょうか

「お茶を一杯お願いできますかな」
源氏首相がShunに命じる。Shunの体は、彼の意思に反して台所に向かった。
Shunがお茶を淹れている間、遅れて山田のこっさんが廊下を這って現れた。息も絶え絶えだった。源氏首相がこっさんを一瞥する。
「おや、まだいたんですか。影が薄くてわからなかった」
正面を向き直す。躅子様の顔を見た。

「さて、私、源氏がこちらにお伺いしたのは他でもありません。私の暗殺計画を、中止にして頂けないでしょうかと、お願いに参りました」
空気が張り詰めた。誰も言葉を続けられなかった。

「なぜですか」
沈黙が息苦しかった。潜水から水上へと新鮮な空気を吸いたくて、Shunが間の抜けた問いを発した。源氏首相は真剣な顔で答えた。

「無意味だからです」
源氏首相はたっぷりと間を取って、私たちの顔を見渡した。それから恭しく頭を下げた。彼はこの場において間違いなく主役だった。私たちとは役者の違いを見せつけようとしていた。
2025年4月号より
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クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。
SNS/公式X

● 「クワトロ・フォルマッジ」のこれまでのストーリーはこちら
● 樋口毅宏さんの今作品解説&インタビュー記事はこちら
● 連載対談「樋口毅宏の手玉にとられたい!」はこちら
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