2022.02.26
西島秀俊主演「ドライブ・マイ・カー」はアカデミー賞受賞確実!
日本でもアメリカでも話題となっている、村上春樹の短編を映画化した『ドライブ・マイ・カー』のオスカー候補入り。4部門にノミネートされ、なかでも「国際長編映画部門」の受賞が確実だと言うそのワケは?
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文/猿渡由紀(L.A.在住映画ジャーナリスト)

アカデミー賞受賞はほぼ確実
しかも、その3部門は「作品賞」「監督賞」「脚色賞」という主要部門。ノミネートの枠は、作品賞が10枠、監督賞・脚色賞は5枠しかないのに、そこに選ばれたのは快挙である。
濱口竜介監督は、おそらく手ぶらで日本に帰ることはない。今作は、「国際長編映画部門」の受賞が確実だからだ。
かつて外国語映画部門と呼ばれたこの部門に候補入りしているのは、今作以外だと、デンマークの『Flee』、イタリアの『The Hand of God』、ブータンの『ブータン 山の教室』、ノルウェーの『The Worst Person in the World』の4作。
『Flee』は全部で3部門、『The Worst Person in the World』も2部門に候補入りするなど健闘はしている。しかし、『ドライブ・マイ・カー』はこれまでに発表された多くのアワードの外国語映画部門を制覇しており、断トツで有利と言っても過言ではない。
過去に作品部門にも食い込んだ『愛、アムール』『ROMA/ローマ』『パラサイト 半地下の家族』などの外国語映画は、国際長編部門を必ず抑えてきた。
言葉の壁や「作品賞は、やはり英語の映画であるべき」という古い価値観を乗り越え、作品部門に食い込んでみせただけでも、アカデミー賞の投票者を説得するには十分。「作品部門には投票できないけど、国際長編映画部門なら入れてあげる」と考える投票者もいるだろう。
来るべき2022年3月28日。受賞すれば、日本映画としては『おくりびと』以来の13年ぶりの快挙。とてもめでたいことだ。しかし、せっかく高評価ならほかの部門でも受賞してほしい、と欲が出てしまうもの。その可能性はいかほどか。
まず、作品部門はどうか。近年、この部門の予想は難しくなってきている。過去5年で、投票者層が大きく変わったからだ。2020年に韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』が受賞し、世間を驚かせたのも、まさにそれを反映したものである。
アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、かつて圧倒的に高齢の白人男性が中心の組織だった。だが、2015年と2016年、2年連続で演技部門にノミネートした俳優が20人すべて白人だったことを受け、「#OscarsSoWhite」(白すぎるオスカー)批判が勃発。慌てたアカデミーは、まず投票者を一新するため、有色人種、若者、女性の新会員を積極的に招待することにした。
さらに、会員の水準を下げないために目をつけたのが、海外の映画人だ。彼らを招待することで、今やアカデミーは「アメリカの業界人の団体」ではなく、「世界の映画人の団体」へと変わった。アカデミー自身も、自分たちの定義をそう変更している。
アカデミーの新たな会員のなかには、マーケティング担当者や、スタジオ、配給会社のエグゼクティブなど、制作現場以外で仕事をする人たちもいる。プロデューサー組合、監督組合、映画俳優組合などに所属しない人たちが増えたことから、以前のように組合関係の賞からアカデミー賞の結果を予測することが難しくなっている。
予測を難しくする「作品賞の投票方法」
開票作業では、それぞれの投票者が1位に入れたものだけに注目する。1位に挙げた人がいちばん少なかった作品は落選し、その映画を1位に挙げた人の票は2位につけたものを1位に繰り上げて、また同じ作業を行う。それを繰り返すことで、最終的に全体の半数の支持を獲得した映画が作品賞におさまる。
この審査方法では、好き嫌いが激しく分かれる作品よりも、幅広い層に気に入られる作品のほうが評価を得やすい。その点では、『ドライブ・マイ・カー』にも希望はある。
筆者のまわりの意見を聞いても、ディカプリオ主演の『ドント・ルック・アップ』は賛否両論あるし、2部構成作品の第1部である『DUNE/デューン 砂の惑星』は違うのではないかという議論もある。そもそもアカデミー賞は、コメディとSFに優しくない。少なくとも、『ドライブ・マイ・カー』はこの2本よりも有利な立場にいる。
ただし、作品賞の最有力候補は、演技部門では4人がノミネート、そのほかの主要部門でもノミネートされた『パワー・オブ・ザ・ドッグ』だ。
この作品は最有力と言われつつも作品賞を逃した『ROMA/ローマ』と同じNetflix配信作品。劇場ビジネスがコロナで存続の危機にある中、投票者たちはNetflixに作品賞をあげ、本格的に認めてあげてもいいと思うだろうか。それも結果を左右する要素である。つまり、『ドライブ・マイ・カー』の作品賞受賞は、有力とまでは言えないものの、不可能とも言えない。
ライバルは「パワー・オブ・ザ・ドッグ」
また彼女が選ばれれば、2年連続で女性の受賞となる。監督においては特に男社会だっただけに、多様化をうたうアカデミーにとって、それは誇れることだ。ということで、監督部門では、『ドライブ・マイ・カー』は劣勢にある。
脚色部門の最大のライバルもカンピオン。しかし、ここには結構チャンスもある。まず『ドライブ・マイ・カー』はカンヌ映画祭で脚本賞を受賞している。海外の投票者が増えたなかでは、それは強烈な後押しになる。村上春樹の短編に、ほかの小説の要素も加えた上で脚本を完成させたことは投票者の間でも知られており、そのクリエイティブな過程に惹きつけられる人もいるはずだ。
何より、西島秀俊が演じる舞台演出家で役者の主人公の視点から、「創作すること」「演じること」「コミュニケーション」「喪失」といった事柄を、詩的とも瞑想的ともいえる形で語るこの脚本は、同じく作り手である投票者たちの心に響くのではないか。そもそも今作が、アメリカの業界人から支持される理由は、そこにある。
授賞式まで残り5週間。その間に、インディペンデント・スピリット賞、英国アカデミー賞、放送映画批評家協会賞の発表がある。それらも制覇すれば、『ドライブ・マイ・カー』の勢いは加速する。オスカーでは「勢い」も非常に重要な要素だ。ここまでスムーズに運転してきた今作は、最後まで減速せずに走り続けるのか。そうあることをぜひ願いたい。