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2019.02.26

“船舶のUBER”を始めたい!? 脱サラした40代男が起業した顛末【vol.18】

40代前半にして「DHL」のアジア太平洋地域統括会社にて、コンサルティング部門のディレクターという役職の超エリートサラリーマンが脱サラ。その後、起業するのは、”海運のUBER”を目指すというスケール感のもの。果たしてその顛末とは。

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文/加藤順彦

超エリートサラリーマンが脱サラして目指すのは、”海運のUBER”

2014年10月。ある雑誌でシンガポールの財界人と対談企画を行いました。その記事を読んだ方から翌年5月、飛び込みで連絡を貰いました。主旨としては「勤め先を退職し起業を検討しているので、会って話を聞いてほしい」というもの。で、その方、赤穂谷隆之さんにお会いして、たまげました。というのも氏は40代前半にしてあの「DHL」のアジア太平洋地域統括会社にてコンサルティング部門のディレクターという役職、ド真ん中の要職に就いている方でした。どうみても、あと1、2年で役員を狙える位置にいます。さまざまな経緯で僕を訪ねて来られる方はいますが、ここまでの肩書の方は珍しい。

そんな方がこれから起業!? 正直無理、と脳内をよぎります。エリートサラリーマン、とりわけ勤続の長い方に僕はスタートアップを総じて勧めません。大企業での勤めに慣れている御仁が180度異なる世界で上手くいくことなど、ほとんどないからです。賢明なLEON読者の皆さんもそう思いますよね? それよりこのままエリート街道をひた走れば、地域統括会社のCEOが狙える。いや世界最大の国際輸送物流会社のボードメンバーも現実的に可能でしょう。DHLのようなグローバル企業の上層で日本人管理職なんて、それだけで凄いじゃないですか。

従って40~50代の大企業戦士の方に対して常々申し上げている通り、この先に退職するのも、起業するのもなかなか厳しいと思います。そして僕がそのアイデアに加担して資本と経営に加わることはありませんと……そうお伝えし、お引き取り願おう思いながら、最初の15分は相槌を打ちつつ考えていたのです。
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“船舶のUBER”を始めたい!?

写真は「HAKOVO PTE LTD」のCEO赤穂谷隆之さん。
彼の口から出てきたアイデアは、実に無邪気でストレートなものでした。いわゆる厨二病というか、お花畑的な、現実にできたら凄いよね~系の夢想だったのです。平たく言うと、“船荷のUBER、Grab”。要するに世界中を航海している混載コンテナ船を使って、空いているスペースに小規模企業とかスポット仕事の船荷を詰めるマッチングサービスをやりたい、と。わかる。

わかるけど、それ難しそうですよ。ほら昔から言うじゃない、港は地回りの筋悪とか怖い方々の縄張りだとか。それにどの国も国際物流の窓口になっている港って、国の玄関口でしょ。確かに赤穂谷さんは、あのDHLの経験豊かな実務者だし、理論的には成立するとお考えとは思うけど、辞めちゃったらタダの人。というか、なんでもないわけで。民間人の、しかもぽっと出の、登記したばかりのような会社が出入りさせてもらえるのかね……と考えたわけです。実際、すぐにそう伝えました。

しかしながら僕は彼の轍があまりにユニークだったので、のめり込んでしまいました。甲子園大学(失礼ながら初耳でした)を卒業した彼が新卒入社したDHL大阪での当初の配属はドライバー。入社する日までなぜかホワイトカラーで活躍できると思い込んでいたので、ネクタイを締めて通勤・配達を続けつつ営業への異動を熱望するも上司は普通にスルー。シビれを切らした彼は本部長に直訴したところ、面接に呼び出され、なんと営業に異動が実現。その成果を引っ提げて、東京の営業マネージャー職に栄転し、驚くべきはその4年後、英語がろくに喋れないままに、2004年にはアジア太平洋地域営業統括部長として日本人初となるシンガポール法人への転籍を果たしたそうです。2010年には、自費で英国クランフィールド大学のエグゼクティブ修士号を取得! そして今に至る、というのです。そんなことってあるのかいな。水島新司先生のマンガのような事実は大学名だけではなかったのです。

興奮した僕は、よっしゃ、空想夢想を現実にしてやろう、と。彼の強い意志と粘り腰に背中を押され、そのまま一年半の間、シンガポールで、大阪で、テレカンで何度となく時間を割いて、そのアイデアを現実にする方法について、議論することになったのでした。

ところが2017年に入ったあたりから、むしろぱったりと彼からの連絡が途絶えました。「あれ? そういえば最近はどうしたのかな。まさかのフェードアウトかよw? でも去年、20年勤めたDHLは辞めちゃったよね……」などと感じていた秋口、久しぶりに僕から連絡すると、赤穂谷さんはもうすでに起業していました。
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卓越した“思考を現実にする力”

そして「PSA unboXed」社に出資案件として、その「HAKOVO」という会社をすでに嵌め込んでいたのです。「え”!」、同社は世界一の船荷積み下ろし量を誇るシンガポールを代表する国策企業=世界最大の港湾事業会社である PSAインターナショナル(アジア、欧州、米大陸の17カ国以上で30以上の港を運営)のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)だ、というのです。しかもHAKOVOが、そのCVCにとっての投資第一号案件だ、と。いつの間に、いったいどういった経緯でそうなったの。改めて僕は、彼の「思考を現実にする力」に感銘を受けたのです。

そんなことで2017年12月、エンジェルラウンドの第三者割当増資を実施、僕自身がボリューム的にも主導役を果たしてSGD821,000の調達へと至りました。HAKOVOはクロスボーダー貿易を簡素化するデジタルプラットフォームとして、シンガポール、インドネシアの税関システムに接続し、コンプライアンス向上及び輸入手続のスピードの円滑化を図り、輸入申告業務の自動化・簡素化を実現しています。

また世界で初めて国際船主責任相互保険組合から承認を受けた海上コンテナ電子B/L(船荷証券)の発行及び決済プラットフォームを提供いたします。利用される荷主は船会社から競争力のある海上運賃を検索、比較、購買、スペース予約を行うことができるのです。つい先ごろにはインドネシア最大規模の財閥企業グループである「シナール・マス」と戦略パートナーとして連携及び投資案件で合意に至りました。今後の同社の行方が楽しみでなりません。

● 加藤順彦ポール(事業家・LENSMODE PTE LTD)

ASEANで日本人の起業する事業に資本と経営の両面から参画するハンズオン型エンジェルを得意とする事業家。1967年生まれ。大阪府豊中市出身。関西学院大学在学中に株式会社リョーマの設立に参画。1992年、有限会社日広(現GMO NIKKO株式会社)を創業。2008年、NIKKOのGMOグループ傘下入りに伴い退任しシンガポールへ移住。2010年、シンガポール永住権取得。主な参画先にKAMARQ、AGRIBUDDY、ビットバンク、VoiStock等。近著『若者よ、アジアのウミガメとなれ 講演録』(ゴマブックス)。

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