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2018.03.31

みんなが知ってる煉羊羹の知られざるはじめて物語

高級な手土産といえば懸け紙をした羊羹を思い浮かべる方も多いのでは? それっていわゆる煉羊羹ですよね。いまや見慣れた煉羊羹が江戸時代に生まれたのをご存じでしょうか。その原点となった総本家駿河屋の煉羊羹がいまも変わらず食べられるのですから、これは気になります。

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文/T.Kawata

「羊羹といえば総本家駿河屋」ってご存知でした?

「こちら、お代官様の好物の羊羹にございます」「ムフフ、礼音(レオン)屋、そちも悪よのぅ」なんて、時代劇でよく目にするシチュエーション。と、そんな昔の物語に登場するのも当たり前、羊羹は室町以来の長~い歴史を誇る和菓子の王様です。

名だたる和菓子の名門は、干菓子、煎餅、饅頭などみな得意分野を持っているものですが、そのなかで羊羹の名門となれば京都・伏見を出自とする総本家駿河屋が挙げられます。この羊羹のなかでももっともポピュラーな煉羊羹って、実はこの総本家駿河屋が発明したとご存知でしたか?

「発明とはおおげさな。羊羹ってあんこを固めるだけじゃないの?」
ええい、このたわけもの! いまの煉羊羹が完成するまでには軽く130年はかかっているんです。いまのカタチが完成するまでのこれまた長~い物語、かいつまんでご紹介しましょ。
「古代伏見羊羹 煉」1350円 (税込) 。ほかに大納言、栗羊羹のバリエーションもあります。
「古代伏見羊羹 煉」1350円 (税込) 。ほかに大納言、栗羊羹のバリエーションもあります。

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いまの羊羹を作るにはアレが不可欠

煉羊羹の完成に必要だった、あの食材

今回みなさまにご紹介したい名物「古代伏見羊羹 煉」。実はこちらは現代の煉羊羹の元祖であり、な・な・なんと五代にわたり開発が試みられ、江戸時代に誕生したという逸品であります。餡に小麦粉や葛粉を混ぜて蒸した蒸し羊羹は室町時代から広まり始めていたものの、これは日持ちのしないお菓子だったため、総本家駿河屋(当時の屋号は鶴屋)初代・岡本善右衛門以来、代々の当主たちは「どうやったら保存性の高いお菓子が作れるか」と課題の解決に取り組んでいたのだとか。

日持ちを左右する要は水分でした。蒸し羊羹は「蒸す」ことで水分を吸収しながら出来上がるため水分が多く、それが日持ちの悪い要因でもあったのです。時は流れ、五代目が天草を使って餡を炊き上げる製法を考案します。具材を「炊く」ことにより、製造過程で水分を飛ばすことに成功したわけです。

次いで六代目の時代に当時、発見されて間もない寒天を加える製法を確立。これは寒天、砂糖、餡を鍋で炊き上げてから「羹舟(かんぶね)」と呼ばれる型に流し込むというもの。水分を飛ばした上に寒天によって固まりやすさ、食感としてコシ(ねばり)などが得られ、ようやくいまの煉羊羹が完成しました。

余談ですが、総本家駿河屋ではいまでも古代伏見羊羹の製造には、袋に流し込みをせず、昔通りに羹舟を使っているのだとか。苦心の末、完成した総本家駿河屋の煉羊羹は保存性のみならず、味も追求された傑作です。砂糖もふんだんに使った贅沢品ゆえ、諸大名はじめ皆の垂涎の一品だったことでしょう。

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徳川家との関係が屋号を変えさせた?!

京都生まれなのに、なぜ屋号に「駿河」?

「古代伏見羊羹 煉」。上品な甘さと、表面に砂糖が結晶化したことで生まれるシャリッとした食感は一度食べたら虜になります。江戸時代の人々にとっては衝撃的な風味だったに違いありません。
「古代伏見羊羹 煉」。上品な甘さと、表面に砂糖が結晶化したことで生まれるシャリッとした食感は一度食べたら虜になります。江戸時代の人々にとっては衝撃的な風味だったに違いありません。
総本家駿河屋は京都・伏見で誕生し、現在は紀州(和歌山県)が本拠地。あれ? 屋号に駿河ってあるけれど、駿河は現在の静岡県じゃなかったっけ?  実はここにも興味深い歴史があるのです。

総本家駿河屋の歴史は、室町時代中期に京都・伏見で初代・岡本善右衛門が開いた饅頭屋から始まりました。当時の屋号は鶴屋。かつては、当時珍しかった「紅羊羹」が豊臣秀吉に取り立てられ、諸大名からも絶賛されたのだとか。

鶴屋の最初の転機は江戸時代に訪れました。八代将軍・徳川吉宗(暴れん坊将軍ですね)の祖父にあたる徳川頼宜公に気に入られたようで、頼宜公が駿河に移る際に鶴屋もお伴することになったのです。

続いて頼宜公は紀州へ移り、紀州徳川家が興ったときにも鶴屋は紀州へ移っています。以来、紀州藩主に献上されるお菓子は総本家駿河屋と決まっていたと言いますから、いかに頼宜公に気に入られていたかおわかりでしょう。

そして、肝心の屋号が変わるのは1685年のこと。同年、紀州藩の第五代将軍、徳川綱吉公の御息女である鶴姫が紀州家に輿入れしました。高貴な姫さまと同じ鶴の字を使うのは恐れ多いと、鶴屋は屋号を返上して新たに「駿河屋」を賜ったというわけ。
現在、総本家駿河屋の本拠地は和歌山ですが、発祥の地である京都にも伏見本舗の名称で店舗が構えられています。
現在、総本家駿河屋の本拠地は和歌山ですが、発祥の地である京都にも伏見本舗の名称で店舗が構えられています。
江戸時代の和歌山の名称を紹介した「紀伊國名所図会」には、当時の総本家駿河屋のお菓子作りの様子が描かれています。
江戸時代の和歌山の名称を紹介した「紀伊國名所図会」には、当時の総本家駿河屋のお菓子作りの様子が描かれています。
いかがです? 羊羹はもちろん、お店の歴史も知れば知るほど興味が湧いたのではありませんか? 諸大名が絶賛したとされる「古代伏見羊羹」、そちも一度味わってみてはどうじゃ?

◆ 総本家駿河屋 駿河町本舗

住所/和歌山県和歌山市駿河町12番地
営業時間/9:00~18:00
お問い合わせ/☎073-431-3411
定休日/無休(臨時休業あり)
URL/www.souhonke-surugaya.co.jp

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