村上春樹氏のエッセイ集『村上ラヂオ』に「コロッケとの蜜月」という1節があります。村上さんはコロッケがとても好きで、以前、食べたいときに好きな数だけ食べられるよう、半年分くらいのコロッケのタネを仕込んで冷凍しておいたそうです。その幸福な様子を、このように綴っています。
「しかし災難は、まるで小田原厚木道路の覆面パトカーのように、どこかでこっそりとあなたを待ち受けている。ある日突然、冷蔵庫が故障してしまった。(中略)おかげでまとめて冷凍しておいた『コロッケのもと』は見るみる柔らかくなり、死せるオフェリアのように致命的に損なわれていった。(中略)しょうがないから、捨てるくらいならとできるだけたくさんのコロッケを揚げて食べちゃうことにした。いや、食べましたね。二日かけて死ぬほどコロッケを食べた。苦しかったよ。おかげでそれから何年かはコロッケの姿を見るのもいやになった。凶悪なコロッケ軍団に回りを囲まれて、殴る蹴るの暴行を受ける夢まで見た」
そんな事件があっても、「しかし時は流れ、不幸な記憶も序々に薄れ、コロッケとの和解を果たすこともできた」ようで、やはり今でも商店街の精肉店で揚げたてのコロッケを買い、となりのパン屋の焼き立て食パンではさんで、近くの公園で食べるそうです。