
そろそろ新しい“デート飲み”スポットを開拓すべき頃合いかと、ふと浮かんだのが「立ち飲み酒場」。まだまだオヤジのテリトリーである立ち飲みに女子を連れて行くのは、なかなかの冒険。果たして、立ち飲み酒場で女子は楽しめるものなのか? そして立ち飲み酒場はデートに使えるのか?
そんな偵察も兼ねて、今どきの立ち飲み酒場事情を女子目線で探ってみようという今回の企画。挑戦者はアラサーとアラフォーの狭間で揺れる、さすらいの飲兵衛女子記者、カシワギ。幼少の頃、父親に連れられて行った酒屋の角打ちが原風景と言う筋金入りの酒屋ラバーです。
◆ 秘密基地のような空間「富士屋本店」/渋谷
まず1軒目は渋谷駅のそばに古くからある「富士屋本店」です。

狭い階段を降りると、地下の店内は予想に反して広く、凹型の大きな立ち飲みカウンターが、まるで秘密基地のような雰囲気を醸し出しています。カウンターの中にいる店員たちは、無駄に笑顔をつくりませんが、話しかけると意外と優しい。そして、何もすることがないときの脱力感と、注文が入ったときの機敏さ。そのメリハリある接客に、たまらなく魅力を感じます。

後から来たサラリーマン風の男性客は、カウンターにつくなり2枚の千円札を灰皿の下に挟みました。なるほど、スマート。これが立ち飲み屋の嗜みなのですね。

ああ、せっかく壁を埋め尽くすほどのメニューがあるというのに。ポテサラで終わってたまるかと、なすみそを追加。あまじょっぱさがたまらなくおいしい。これはビールをチェイサーにして日本酒を飲みたくなります。
開店から30分も経つと、まだ午後5時半だというのに客は30人近く。それでもまったく騒がしくありません。聞こえてくるのは、テレビから流れてくるニュース番組の音声。店内を見渡すと、なるほど、ほとんどが1人客。
テレビを見ながら飲んでいる人がほとんどで、あとは何をするでもなく、黙々と食べて飲んでいます。スマートフォンをいじる人がほとんどいないのは、なんだか新鮮な光景です。

ここは創業130年の酒店が経営、オープンからは約45年の歴史がある店だそう。ところが、渋谷駅周辺は再開発が進んでいて、ここもそのエリアの一画。「このお店はどうなるんでしょうか」と店員に尋ねると、「このへんはみんななくなっちゃうでしょうね。たぶん代替地をもらうと思いますが、私たちもまだ社長から知らされていないんです」。せめてこの年期の入った凹型カウンターだけでも残してほしいものです。
店を出ると、まだ太陽ギラギラ。朝早く起きたときのような、得をしたような気分になって、JR山手線へ向かいます。
◆ 富士屋本店
住所/東京都渋谷区桜丘町2-3富士商事ビルB1F
営業時間/月曜〜金曜17:00〜21:30 土曜17:00〜20:30(いずれも揚げ物のL.O.は閉店30分前)
定休日/日曜・祝日・第4土曜
◆恍惚のたまねぎフライ「立ち呑み龍馬」/新宿

すると、キャベツが立ち食い蕎麦屋並みに10秒ほどで出てきました。この早さも立ち飲みの醍醐味。キャベツを肴に飲んでいると、揚げたての串揚げが登場。二度づけ禁止のウスターソースが卓上にありましたが、「ポテサラに醤油」党としては、串揚げも醤油で。

もうちょっと……のところで深追いしない。恋愛もそういう駆け引きが大事なんだろうなぁなどと思いながら、2杯目のレモンサワーを飲み終えました。
そうそう、こちらのお店には一度見たら忘れられない衝撃のメニューがありまして。魚肉ソーセージとマッシュルームを組み合わせた串揚げなのですが、なんとも言葉にしづらい形状……。1回目のデートでは完全にアウトですが、5回目以降のデートなら、ぜひお試しを。
と盛り上がった(?)ところで、そろそろ締めのお米が食べたい。そうだ、あれを食べよう。
京王井の頭線へ向かいます。
◆ 立呑み「龍馬」
住所/東京都新宿区歌舞伎町1-17-13J1ビル1F
営業時間/月曜〜金曜15:00〜23:30 土曜・連休13:00〜23:30 日曜・祝日13:00〜22:30(いずれもL.O.は閉店30分前)
定休日/なし
◆実はしゃけよりサンマ好き!? 「しゃけスタンド」/代田橋

ここは、しゃけメニューが充実した深夜食堂「しゃけ小島」の男性店主が店舗隣で始めたお店。店主に「しゃけが好きなんですか?」と尋ねると、「いえ、サンマのほうが好きなんです」という衝撃の答えが返ってきました。

ラジオから流れてくるナイター中継や音楽。そして、コの字カウンター。ちょっぴり昭和の香りを感じますが、カウンターの中にいる女性店員は若くてかわい。ところが、着ているエプロンがなぜかお母さん的なチェック柄。そのミスマッチ感が、独特の空気を生んでいます。

まずは目の前におでんがあるので、この日、初めて日本酒を注文。おでんの出汁は、鮭節と鰹節と昆布を使った関西風。「おでん屋って夏は経営できるのかしら…」と長年の疑問でしたが、暑くてもおでんを食べたくなるものですね。



この店が立ち飲みスタイルなのは、「床が斜めっているから」。実は、カウンターの高さが位置によって違うそうです。なるほど、いす席だと困りますが、立ち飲みならばあまり問題ありません。しゃけをつつきながらお酒を楽しむという立ち飲みの開放感を味わうと、この店の床が傾いていてよかったなあとしみじみと思うのです。
◆ しゃけスタンド
住所/東京都杉並区和泉1-3-15
営業時間/火曜〜土曜16:30〜23:00L.O. 日曜15:00〜22:00L.O.
定休日/月曜

●柏木 智帆(かしわぎ・ちほ)
元神奈川新聞記者。取材を通じてお米とお米文化に興味をもち、お米農家を経て、現在は「お米を中心とした日本の食文化の再興」と「お米の消費アップ」をライフワークに執筆活動を続けている。ちなみにお米でできた日本酒も大好き。