2025.12.28
【第90回】 スープについて考える《1》
京都「研野」でいただいた「鯛出汁のラーメン」 と伝説の料理人・佐藤 慶のフュメ・ド・ポワソン
日本初の料理評論家、山本益博さんはいま、ラーメンが「美味しい革命」の渦中にあると言います。長らくB級グルメとして愛されてきたラーメンは、ミシュランも認める一流の料理へと変貌を遂げつつあります。新時代に向けて群雄割拠する街のラーメン店を巨匠自らが実食リポートする連載です。
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写真/山本益博 編集/森本 泉(Web LEON)
日本初の料理評論家、山本益博さんが、B級グルメから一流の料理へと変貌を遂げつつある街のラーメンに注目し、自ら実食リポートする連載です。今回のテーマはラーメンのスープについてです。

美味しい食材には醤油や砂糖も使わないという料理人・佐藤 慶の告白
佐藤 慶著『素材に挑む 虎ノ門COHの料理』(KADOKAWA)の「はじめに」の冒頭にこんな一文がある。
「料理人は食材に勝てません。食材が主で、その良いところを引き立たせるために私たちの技術があります。しかも、その技術をどれだけ使わないようするのか。これもできる、あれもしたい。いろいろトライした時期もありました。けれど、やればやるほど薄まっていく。私のエゴが食材のポテンシャルを下げてしまう。
それぞれに考えはあるでしょう。私は食材が好きなので、なるべく触らないようにしています。醤油や砂糖も使いません。昆布や鰹節も必要としません。それらは圧倒的に美味しいために美味しい食材には強すぎます。逆に、それらを使うのならそこまで食材にこだわらなくても美味しい料理になってくれます」
これまでの伝統ある日本料理に一石を投じる、とても刺激的な料理人の真の告白ではなかろうか。

『素材に挑む 虎ノ門COHの料理』
数年待ちの超予約困難店として知られた名店「虎ノ門 COH(こう)」。2023年12月31日に惜しまれながら幕を閉じた同店料理人・佐藤 慶氏の料理を、春夏秋冬97皿を通して余すところなく紹介する一冊。お決まりのメニューは一切なく、その日に日本各地から届く素材にまさに「挑み」、それぞれの力を最大限引き出した料理は、他に類を見ないもの。余計なものは何ひとつ加えないその姿勢は、日本の料理には欠かせないとされる砂糖、醤油、昆布、鰹節すら使わないという制約を自身に課すことにも表れている。また、本書では料理を支える生産者や仲買人などのコラムも多数掲載。
違った角度からCOHの料理が浮かび上がってくる。
価格/2750円 (税込) KADOKAWA刊
料理人・佐藤 慶さんは、この本の本文中に「スープのこと」と題する一文を寄せている。
「私は料理の仕事が好きですが、それは食材の素晴らしさが好きなのです。どうやったらその食材から旨みを出せるかを一番に考えています。だから食材は捨てたくありません。実際、ほとんど捨てません。魚の骨を捨てるなんてもったいないことです。ここに真の美味しさがあるのですから。
朝、食材が届いてメニューを決めたら、さっそく魚をさばきます。そして使わない骨からスープを引きます。フランス語で言う、フュメ・ド・ポワソンです。この仕込みは毎日4時間ほどかかりますが、このスープなしに料理を進めることはできません。煮汁として使ったり、混ぜたり、煮詰めてソースにしたり、これほど極上の旨みを使えるのですから、わざわざ鰹と昆布の旨みを求める必要を感じません」と。
本の表紙の帯には「砂糖、醤油、昆布、鰹節を使わないイノベーティヴ・フュージョンの現在地」とあるが、日本料理で「出汁を引く」と言うように「スープを引きます」と述べるところが日本の料理人らしい。
未来の日本の料理のために、極めて示唆に富む一冊であると言ってよい。現在、佐藤 慶さんは、2023年末に虎ノ門の店を閉め、現在は「水右衛門 虓」という毎日限定6席の店で料理を作っているが、すでに2026年末まで満席のため、私は彼の料理をいただいたことがない。

▲ 「研野」でいただいた「鯛出汁のラーメン」。
この「魚の出汁、フュメ・ド・ポワソン」のことを思い巡らせていた時、京都「研野」で「鯛出汁のラーメン」が出てきた。ご主人酒井研野さんは、日本料理「菊乃井」で修業のあと、中国料理店でも腕を磨き、その後に「研野」を開いた。コース料理の中に必ず中国料理を手の内に入れた一品が出てくる。

▲ 「研野」のお造りで鯛と鰆。

▲ 「研野」の酒井研野さん。
昨年「研野」でいただいたのが、金華ハムなどで摂ったスープを使った正統派中国料理の「上湯」スタイルの「ラーメン」、そして、今年の暮れに出たのが「鯛出汁のラーメン」だった。日本料理のテクニックで、鯛の骨から引き出したスープに麺を合わせて作り上げた一品。魚介系のスープを売り物にするラーメン専門店ではお目にかかったことのない、鯛の香り高い傑作だった。

● 山本益博(やまもと・ますひろ)
1948年、東京都生まれ。1972年早稲田大学卒業。卒論として書いた「桂文楽の世界」が『さよなら名人芸 桂文楽の世界』として出版され、評論家としての仕事をスタート。1982年『東京・味のグランプリ200』を出版し、以降、日本で初めての「料理評論家」として精力的に活動。著書に『グルマン』『山本益博のダイブル 東京横浜&近郊96-2001』『至福のすし 「すきやばし次郎」の職人芸術』『エル・ブリ 想像もつかない味』他多数。料理人とのコラボによるイヴェントも数多く企画。レストランの催事、食品の商品開発の仕事にも携わる。2001年には、フランス政府より、農事功労勲章(メリット・アグリコル)シュヴァリエを受勲。2014年には、農事功労章オフィシエを受勲。
HP/山本益博 料理評論家 Masuhiro Yamamoto Food Critique

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