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2025.05.08

田中康嗣の「食べねばならぬ」 第1回/上野「ぽん多本家」

上野「ぽん多本家」のカツレツが他のどこより美味い納得の理由とは?

人気連載「モテる旦那養成講座」の指南役としてもおなじみ、「和塾」代表の田中康嗣さんがグルメブームに沸く昨今の「美味しい」の秘密に迫る連載がスタートです。第1回は明治38年創業、名物の「カツレツ」で歴史を刻む上野の名店「ぽん多本家」を訪ねます。

CREDIT :

文/田中康嗣 写真/馬場亮太 編集/森本 泉(Web LEON)

ぽん多本家 田中康嗣  カツレツ 上野 とんかつ
人気連載「モテる旦那養成講座」の指南役としてもおなじみ、日本の伝統文化や芸術の支援、活性化を目指す「和塾」代表の田中康嗣さんがグルメブームに沸く昨今の「美味しい」の秘密に迫る連載がスタートです。第1回は明治38年創業、名物の「カツレツ」で歴史を刻む上野の名店「ぽん多本家」を訪ねます。

どうしてその料理がそこまで自分を揺り動かすのか

フランス料理屋に出掛ける。供された料理を食べて「旨いな」とつぶやく。贔屓の鮨屋に腰掛けて握りを頬張る。「美味しいね」と思わず声が出る。話題のラーメン店に並んで、スープを飲み干す。「堪らんな」と笑みがこぼれる……。だが、しかし。そういうあなたは、その「旨いな」や「美味しいね」や「堪らんな」の理由について考えたことはありますか? 

今、世の中には人間の五臓六腑を震わせるような美味が溢れていて、人々はそれを求めて美食の世界を東奔西走。星がついたりコック帽がつく店には世界中の食いしん坊が列を成す。けれど、それもまた致し方の無いことではありますが、多くの人は、美しく器に盛られた料理の最終形だけを目にし口にし、その結果だけに一喜一憂しているのではありませんか。

その過程はどうなんだ。どうしてその料理がそこまで自分を揺り動かすのか。どこがどうなってこれほどの差が生じているのか。私はそこを知りたい、と思った。美味しいには理由があるはずだ、と。
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ぽん多本家 田中康嗣  カツレツ 上野 とんかつ
▲ ぽん多の厨房。
名店の美味の秘密を解き明かす。「鮮度抜群でかつ濃厚な味わい」だとか「繊細な素材の風味とうまみ」だとか「コクと香りの二重奏」などと、結果を評しているに過ぎない美辞麗句や修飾過多ではなく、あくまで事実に即した、結果へと至る道筋を見てみようではありませんか。

さすれば、あなたの旨いに理由が付加される。そして、理由あってのその結果を確かめに行きたくなる。その店のその料理人だからこその美味の秘密が明らかになるのですから、ここは、やはり、食べに行かねばならない、のであります。
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ぽん多のカツレツを解き明かす

上野御徒町のぽん多を訪ねた。厨房に揚げを待つ豚肉が置かれていた。これだけ綺麗に掃除をされると、豚はいささか困惑しているかも知れない。ともあれ、ぽん多の島田良彦氏(以下敬称略)の毎日は、豚の掃除、つまり客に供するに値するまで肉を仕上げる仕事の毎日だ。仕入れる豚ロース肉は毎日7〜8本。丸々一本、ちょっと上等なシティホテルの大ぶりな枕ほどのボリュームの肉塊を削りに削って芯だけに仕上げてゆくのだが、その作業が果てしない。脂身と筋をすべて取り除く仕事が延々とつづくのだ。まさに延々と。
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▲ ぽん多本家の島田良彦氏(右)と著者(左)。
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作業はまず、肋骨の間に嵌まっているゲタと呼ばれる部分についた筋をひとつひとつ切り取ることで始まる。ゲタは一本のロースに10ブロックはあるので、この部分の筋を取り除くには少なくとも10回は同じ作業がつづくことになる。

ゲタのない腰寄りの部分にも筋の層は伸びているから、ここにも包丁を入れる。左手で筋を掴み右手で包丁を滑らせる。同時に、赤身の表面に散在する脂身もひとつひとつ削ぎ落とす。筋と脂身がすべて削がれて赤身が綺麗に出てくるまで、作業は止まらない。すべての作業が終わると、すっきり風呂上がりのような薄紅のロース肉の塊が台の上から島田を見上げることになる。
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技術と根気と諦観と

腹側の掃除が済んだら、まだ大きなロース肉を返して、背側を向ける。さて次がこの背側の掃除だ。ですが、ご存知のように、豚の背中には脂肪つまり脂身がたっぷりと載っている。巷で良く見かけるロースカツの切り身の端、肉味と並んで異質な反射光を見せるあの脂身。厚さはその豚にもよるが、概ね1センチ内外。ロースカツといえばこの脂身なのですが、島田はこの脂身も全部取り除くのだ。

包丁を入れて、白い脂肪の層を数ミリの厚さで繰り返し繰り返し削いでゆく。この作業は、脂身の下層にある筋の層が露出するまでつづくことになる。そこまで仕事が進んで、人はやっと理解するのだが、ロース肉の背側の脂身は、いきなり赤身に接しているのではなくて、間に筋の層を挟んでいるのだ。

つまり、ロース肉は、脂・筋・肉が三層をなして形成されている。従って、背側の脂身をすべて取り除いても、肉塊の表面はまだ白いまま。そこに難敵、筋の層が料理人の心を折らんがために立ち塞がっている。誠に手に負えない事態が招来しているのだが、まあ島田にとってはそれが日常ですから、作業はさらに先へと進むのです。
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この筋の層に取りかかる前に、ロース芯の肩寄りの部分に、芯を覆うようについているかぶりと呼ばれる部位を持ち上げ、包丁を入れて芯とそれ以外の部位を切り離す作業がある。かぶりというのは、ロースの一部で肩に近いところに被さっている背肉の一部。これを持ち上げて、芯の外側の肉と共に切り落とす。

そこからさらに包丁を進めて、肩側から腰側に向けて、肉幅三分の一ほどをバッサリと切り落とす。それでも芯上に残ったかぶりの残を立てた包丁で刮げるようにして取り除くのだ。台の上に残るのは、背側に筋の層一枚を残したロース芯。だが、まだ先がある。
掃除仕事は、いよいよ最後の段階、背側の筋の取り除きに入る。赤身の部分全体を覆うように張り付いた筋の層は、芯の部分だけでも幅10数センチ、長さ50数センチはある。厚さは1ミリに満たないようなこの筋を、2センチ弱の幅で背から腰に向けて切り除いてゆく。何度も何度も。繰り返し繰り返し。

技術と根気と、ある種の諦観なしには遂げることのできない仕事。まことにご苦労なことです。ここまでの仕事を終えると、台の上に、まったく芯だけ、となった豚ロースの肉塊が清々しい姿を見せることになる。
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肉と脂と筋、最適な揚げ時間は異なるのだから

ロース肉から脂と筋をすべて取り除く、なんてことがなぜ必要なのか。そこが気になるのは当然のことだ。大事なのは、カツレツ、とんかつというものは衣に包まれた素材を揚げ油に入れて一挙に仕上げる料理だ、ということ。

揚げ時間は、店にもよるが概ね10〜15分ほどか。問題は、異なる素材をまとめて揚げて最良の状態で客に供せるのか、ということだ。島田の考えはこうだ。肉と脂と筋、それぞれ最適な揚げ時間が異なるのは当たり前のことだから、それをまとめて揚げたのでは、肉と脂と筋、すべてを最良の状態で客に供することなどできるはずがない。

要の赤身部分を完璧に揚げたとしても、その揚げ時間では、脂も筋も熱の入りきらない状態にある。牛すじ煮込みが良い例で、あの料理を美味しくいただこうとするなら、少なくとも1〜2時間は煮込まなければならないのだから。

ロースカツは包丁を入れた切り身で供されるから、気付くことのない人も多いとは思いますが、掃除を徹底して筋を取り除いていないカツには、熱がまだまったく通っていない豚すじが入っている。客はその固いままの筋を食べていることになるのですよ、と。
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掃除をしない肉を客に出せるのかという問題意識

日本では、カツレツつまりとんかつは、いつの頃からか大衆日常食となっているようだが、ぽん多のカツレツはハレの日のご馳走だ。そもそも、外食と言えば本来は家庭では食べることの出来ない特別な料理を食するための行為だったはず。素人でも覚悟があればどうにかこうにか到達できるようなレベルの料理なら、わざわざ食べに行くまでもなかろう。

島田の思いも同じだ。訪れるゲストには、可能な限りベストのものを供したい、と。だから赤身以外はすべて取り除く。中途半端な調理しか施せない脂身や筋を客に食べさせることはできないのだ。もし自分が客なら、豚のロース肉を食べるなら、端肉や脇肉ではなく、できれば一番美味いところだけをいただきたい。だからロース芯だけを残して他はすべて取り除く。たとえそのために多大な労力と長大な時間が必要だとしても。
そんなこんなで仕入れたロース肉は、綺麗に掃除を終えて芯だけとなり、一切れ160グラムほどに切り揃えられて、揚げられる時を待つ。が、島田の仕事はまだつづく。先の作業で切り落とされた脂身を炊き込んで自家製のラードをつくるのだ。
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背側と腹側から取り除かれた大量の脂身を細かく切り分け、大鍋に。焦げ付かぬようラードを鍋肌にまわしかけながら脂身を炊き込む。鍋の中の脂身から少しずつラードが抽出されていく。かき混ぜながら炊き込むにつれ中の脂身はどんどん小さくなってゆく。

一時間ほどが経過すると白肌色でふっくらしていた脂身はすっかり黄金色の小さな塊になる。油がほとんど抜け出したカスの脂身だ。これ以上炊くとカスが焦げてラードにいらぬ匂いがついてしまうその直前で火を止める。抽出されたラードをペーパーで漉してボウルに移す。ぽん多自家製ラードの出来上がりだ。
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▲ 出来上がったぽん多自家製ラード。
肌理細かでサラサラの琥珀のような透明感の出来たての揚げ油。香りもコクも比類無し。このラードに、叩いて整えて、粉をまぶし、卵に通し、パン粉をまとわせた赤身を入れる。掃除で取り除かれた脂身と赤身は、ここで再び相まみえることになる。赤身の風味と旨味、ラードの香りとコク、すべてがこの再会で渾然一体となり、ぽん多のカツレツが出来上がる。

低温から揚げ始めることで衣と肉は一体感を保持し、糖度の低いパン粉は霜柱のような食感を形成し、その揚げ色は品良く浅い。揚げる仕事は目にすることも多いので、ここはあまり多くを語らぬことに。
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▲ ぽん多のカツレツの出来上がり。
ぽん多のカツレツ、島田のカツレツの旨いの理由。おわかりいただけたでしょうか。美味にはやはり理由がある。結果にはそれを裏打ちする過程がある。さてその美味しいがどれほどのものなのか。後は、あなた自身が出掛けて確かめていただきたい。
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■ 「ぽん多本家」

住所/東京都台東区上野3-23-3
営業時間/火~日・祝前日・祝日 ランチ11:00~14:00(L.O.13:45)
火~土・祝前日 ディナー16:30~20:20(L.O.19:45)
日・祝日 ディナー16:00~20:20(L.O.19:45)
定休日/月曜
TEL/050-5492-8353
HP/ぽん多本家 - 洋食屋

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● 田中康嗣(たなか・こうじ)

「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。

和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。
HP/http://www.wajuku.jp/

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