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2021.12.22

「いちばん安いスコッチをくれ」と注文するバーの達人

バーはどこか敷居が高い——そう思うあなたへ、達人が指南するバーでの所作とふるまい。

CREDIT :

文/秋山都 写真/平郡政宏

酒場でのふるまいについては、山口瞳や開高健の著作にくわしい。いわく、「長居はするな」「きちんと支払え」「下品な下ネタはいただけないが、エロティックな小噺はひとつやふたつ、ストックしておけ」「マティーニを飲んだら、オリーブのタネは床に吐き出せ」(えっホント⁉)……などなど、その教えは微に入り細に入るのだが、そんなものを読めば読むほど、酒場に行くのが怖くなりはしないか。

本来、酒場はくつろいだり、楽しくなる場であって、緊張したり、自分のマナーはこれでよいのかビクビクする場ではないはずだが……文人たちが飲み歩いた昭和から、時代も平成、令和へと変遷していることだし、ここらで時代に即した所作やふるまいが知りたい。
▲ 林信朗さん(服飾評論家)
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そこで教えを乞うたのは服飾評論家の林信朗さんだ。『MEN'S CLUB』『DORSO』『Gentry』などメンズファッション誌の編集長を歴任した林センパイは、ファッションはもちろんのこと紳士の粋なライフスタイルについて造詣が深い。きっと、カッコいい飲み方、しているんじゃないかなぁ? バーにも週に2、3回は通うという林センパイの某日、お供を志願してみた。待ち合わせは林センパイの行きつけでもある横浜の名門バー「シーガーディアンⅡ」である。1927年創業の「ホテルニューグランド」のメインバーであり、英国調の重厚なインテリア。英国のジェントルメンズクラブといった趣だ。

「シーガーディアンⅡ」(神奈川県・横浜)

「いやぁ、今日は寒いなぁ」

手袋を外しながら林センパイがやってきた。ずいぶん元気なお声ですね?

「あなた、バーでのふるまいが知りたいっておっしゃったでしょう? バーでの粋なふるまいっていうのはね、まず店への入り方、それに尽きるんですよ。挨拶も抜きに店へヌボーッと入ってくるなんてもってのほか。朗らかに『こんばんは』と入ってくるのが粋なんですよ」
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▲ 「シーガーディアンⅡ」のチーフバーテンダー太田圭介さんが林センパイの定席に誘ってくれた。
おお、のっけからご指南をありがとうございます。では、まず何を頼めばいいんでしょう?

「それはお好きなものを……と言いたいけれど、まあボクのパターンをお教えしましょうか? まず体調が良く、エネルギーに満ちている時はドライマティーニ、何か良いことがあった時や気分を上げたい時はシャンパン、可もなく不可もない日はスコッチ&ソーダ、シャキッとしたい日はピンクジンソーダ。このほかに天候との兼ね合いもあって、暑い一日の終わりにはマルガリータが飲みたいし、寒い一日の終わりにはネグローニで温まりたいですね」
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ということは今日は……。

「ドライマティーニを」
(あ、今日は体調いいんだな、林センパイ)
さて、私は何を飲めばいいんでしょうか? お連れの女性がバーに不慣れだったらどんな風にエスコートされますか。

「そのバーの名物をいくつかお教えするでしょうね。たとえば『ここはドライマティーニが美味しいですよ』とか、『(フルーツ系が飲みたいなら)オレンジが効いたバレンシアがいいんじゃない』というように」
▲ 「ホテルニューグランド」内「シーガーディアンⅡ」チーフバーテンダーの太田圭介さん。シェーカーのヘッドを外側へ向けてシェイクするのが「ホテルニューグランド」スタイルだとか。
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なるほど、ではチーフバーテンダーの太田圭介さんおすすめの「ヨコハマelegance」をいただくことにしましょう。
▲ シャンパンのさわやかな酸味がローズやすみれ、マスカット、リキュールの芳醇な香りと味わいを引き立たせる「ヨコハマelegance」2178円(税サ込)。色はもちろん「藤」色だ。
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「これは太田さんと藤竜也さんが一緒に作ったカクテルなんですよね。だったよね、太田さん?」

やはり「シーガーディアンⅡ」の常連であるという藤竜也さんの話や、かつて常連だったという石原裕次郎さんの話まで出て、林さんと太田さんの話はとめどない。おふたり、いつもこんなにおしゃべりしているんですか?

「ぼくは一緒におしゃべりできないようなバーテンダーの店には行かない。つまり、バーテンダーとの会話がそれほど大切ということだよね。バーとか酒場は酒だけが目的じゃないでしょう。誰かと行くなら、その人と過ごすことが何よりの目的だし、ひとりで行くなら、バーテンダーやほかのお客さんとのお話も楽しい」

その時、何か気をつけることはあるんでしょうか。ホラ、よく政治と宗教の話はタブーだって言いますよね……。

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「その日のニュースや事件、天気、なんでもいいんですよ。すなわち世間話をすればよろしい。話題のあれこれというより、大声でしゃべることと、ひとりでずっと喋っているのがダメですね」

と話していたら、グラスは空に。

「もうちょっと行きましょうか?」

おお、はしご酒。2軒目はどう決めればいいのでしょうか?

「ひとりで飲む時はバーテンダーで選びますね。その日、会いたい人のところへ。ふたり以上の時は、当り前ですが、1軒目と違う雰囲気の店で」
ということで「シーガーディアンⅡ」ではさっくりとカクテルを1杯いただき、次へと参ります。

◆シーガーディアンⅡ

住所/神奈川県横浜市中区山下町10 ホテルニューグランド本館
予約・問い合わせ/045-681-1841
営業時間/17:00~23:00(LO 22:30)
定休/なし

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「バー スリーマティーニ」

▲ 「バー スリーマティーニ」は1994年創業。
またしても歴史のありそうなバーにやってきました。

「『スリーマティーニ』は酒呑みによく知られた店。バーテンダー山下和男さんのレアなウイスキーのセレクションもすごいし、奥さま(この日は不在)のお料理もうまいんだ」
▲ 「バー スリーマティーニ」オーナーバーテンダーの山下和男さん。
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たしかにこのゴードンズ(ジン)も古そうです。キャップがなんか違うかも……。
「それはティンキャップといって金属製のフタが付いたもの。60年代のジンなんですよ。今のものよりアルコール度数も高いんです」とは山下さん。ひええ、飲んでみたいけれど少し高そうですね。
▲ 1960年代、コルク不足の時代に作られたティンキャップのジン「ゴードンズ」。
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「バーでいちいち値段を確認するのはちょっと無粋だよね。初めての店で勝手がわからない時は、『いちばん安いスコッチをくれ』と、こう言えばいいんです」

え、なんかそれ少し恥ずかしくないですか?

「全然恥ずかしくないよ。それでイヤな顔をするバーテンダーのいるような店はこっちから願い下げなんだ。山下さんのようなバーテンダーならちゃんと心得て、きちんとしたものを出してくれます」
▲ シガー、パイプ、両切りのピースを好んで喫する林センパイ。ライターはデュポンだった。「この開閉する時の澄んだ音がいいんだ」
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たしかに、池波正太郎も初めての寿司屋ではお決まりのにぎりセットを注文すると書いていたっけ。見栄を張らないオーダーの仕方、勉強になります。

「そういえば少しお腹がすいたんじゃない? ぼくはこれから食事に行くから、あなたは軽く食べたら?」
▲ ふんわり出汁のきいた玉子焼きがサンドされている「たまごサンド」1200円。
わ、たまごサンド。バーのサンドウィッチってどうしてこんなに美味しいんでしょう。

「ここはお料理もすごく美味しくてね。食事代わりにいらっしゃる方もいますよ。でも、ぼくはバーでナイフやフォークを使って食事するのはちょっといただけないと思っているんです。サンドウィッチなら片手でつまめてスマートに見えるでしょう」
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▲ バーガイドの名著『TO THE BAR』でも紹介されている「バー スリーマティーニ」。著者の切り絵作家、成田一徹さんと山下さんは昵懇の仲だった。
「ああ、いい気分になっちゃった」

食事に出かけるという林センパイを見送り、店を出た。心地よさそうにスイスイと酒を飲む様に、こちらまでいいペースで飲んでしまったなぁ。自分がくつろぐことで、連れにも余計な気を遣わせず、場を明るくする、まさに達人のふるまいでありました。
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◆バースリーマティーニ

住所/神奈川県横浜市中区山下町28 ライオンズプラザ山下公園
予約・問い合わせ/045-664-4833
営業時間/月17:00~24:00 (LO23:30)、火~金17:00~翌1:00 (LO24:30)、土14:00~翌1:00 (LO24:30)、日14:00~24:00(LO23:30)
不定休
*「いちばん安いスコッチ」は1000円~

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