2023.09.15

海の未来を考えるレストラン「azure」を訪ねて

カッコいい大人に必要なもうひとつのこと

どんなにお洒落でも金持ちでも、ひとりよがりのオヤジさんはモテません。世の中でそれなりのポジションを得たならば、自分のことだけでなく社会に対する何らかの貢献を考えるのが大人の責任というもの。「THE BLUE CAMP」のポップアップレストランに伺って改めてそんなことを考えました。

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文/森本 泉(LEON.JP)

THE BLUE CAMP   Chefs for the Blue   LEON.JP
カッコいい大人とは? それってLEON.JPが答えを探し続けているテーマでもあります。センスのいい清潔感のあるお洒落、趣味や仕事を情熱的に楽しんでいるライフスタイルなど、さまざまな条件があると思いますが、もうひとつ、忘れてならないのが社会に対する奉仕の精神。なんて言うと硬くなりますが、要するにそれなりのお金を稼いでいる人は、自分のためだけに使うのではなく、収入に見合った社会への貢献が、期待されているということ。ノブレス・オブリージュなんて言い方もしますね。
LEONでも過去にはビーチクリーンを掲げて編集部員で海辺のゴミ拾いをしたり、読者と一緒に海亀を救うプロジェクトなんぞも行いました。ささやかなことではありますが、カッコいい大人を目指すなら、広い視野で少しでも自分にできることをしていきたいところです。

先日、取材させて頂いた「THE BLUE CAMP」もそんな社会貢献の意図を持ったプロジェクトでした。こちら、学生たちを対象に、一流シェフの指導のもと、レストランという場を通して、海洋資源や漁業の現状、それらの持続可能性について学ぶ機会を提供。さらに海や水産物に関わる様々な分野で活躍できる人材の種を育て、そのコミュニティを作ろうという趣旨。

プロジェクトを主導するのはトップシェフたちが、レストランの立場から海洋資源を守り育てる運動を進めている「Chefs for the Blue」で、今回の「THE BLUE CAMP」は日本財団の協力のもと、財団が進める環境啓発活動「海と日本プロジェクト」の一環として開催されました。
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THE BLUE CAMP   Chefs for the Blue   LEON.JP
プログラムの内容は「海とレストラン経営にまつわる座学」、「レストラン実研修」、「漁港視察」、そして集大成として、この日伺った「海の未来をつくるレストラン」という構成。

学生たちは高校生から専門学校生、大学生など80人のエントリーから選ばれた16名で、最終プログラムとなる「海の未来をつくるレストラン」では、実際に学生たちが課題を見据えたうえでコース料理を考案。プロのシェフの指導のもと、一般のお客様に料理を提供するポップアップレストランを開くというものでした。
ポップアップは、東京と京都に分かれて開かれたのですが、筆者が伺ったのは東京の部。会場は東京大学の駒場第二キャンパス内にある「食堂コマニ」という学生食堂。学食と言っても、さすが東大、ラウンジやライブラリーなど単なる食堂以上の機能を備え、シンプルながらお洒落で居心地の良い空間です。

「azure(アズレ=紺碧)」と命名されたこちらに、当日はスペシャルなランチを求めて8名の客が集まりました。最初に学生を代表して3名が挨拶。プロジェクトに参加した感想や、この日のレストランの意義について語りました。「まずは大きなゴールに繋がる小さな一歩を目指しました」という、彼らの地に足の着いた言葉が印象的でした。
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▲ 最初に挨拶したのは東京大学4年の魚谷和史さん(右)とアリゾナ州のCanyon del oro高校を卒業したばかりの大海はなさん(中)、東京海洋大学4年の渡部礼音さん(左)。
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今回のメニューで彼らが伝えたかったテーマは「当たり前になっていることを捉えなおしてみる」ということ。ここまで学んできたなかで彼らが注目した「当たり前」のひとつが自分たちの食べる魚種が限られすぎていないかということでした。

確かにスーパーには当たり前のように刺身のパックが並んでいますが、鮪にサーモンにタイにタコに……とどこへ行ってもほぼ同じよう。世界には数多くの魚種があるのになぜ、いつも同じ魚ばかり食べているのだろうというのは不思議です。
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この日のコースメニューは、そんな「当たり前」を疑う彼らの一つの回答でした。いわゆる「未利用魚」と呼ばれる魚を積極的に使ってコースを組み立てたのです。

「未利用魚」とは漁獲されても市場に卸されず養殖魚の餌になったり廃棄されたりすることが多い魚のこと。鮮度が落ちやすい、知名度が低い、漁獲量が少ない、調理がしにくいなど理由は様々ですが、世の中にはそのような魚種がたくさんあります。でも、食べられないわけではありません。調理次第で美味しく食べられる魚も多いのだとか。

数が少なくても美味しさが広く伝われば、むしろ高級魚として高値で取引きされるようになるかもしれません。そうなれば魚の価値は逆転します。このような魚に光を当て、まずはその魅力を知ってもらおうというのが、若者たちが考えた自分たちにできる「小さな一歩」でした。
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▲ 未利用魚のひとつであるブダイを見せてくれた渡部礼音さん。なんとレオンさんですよ!
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料理に使った魚種や、それがどこで獲れ、どのような経路でここに来たのかを丁寧に説明しながら3品の料理と〆のごはんが提供されました。もちろんプロのアドバイスがあるとはいえ、実際の調理やサーブはすべて若者たちだけの手によるもの。しかし、いずれも、見た目、味ともに一流レストランの料理と何ら遜色なく、見事な完成度で、大変美味しくいただきました。
好奇心と向上心一杯の若者たちが大人と協力し合い、楽しそうに料理を作り、説明し、提供してくれるその姿は、不肖オヤジ編集者がとうに失った青春の熱き血潮を久しぶりに間近に感じさせてくれるもので、彼らのキラキラと輝く瞳が実に印象的でありました。
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最後に、この日の調理を指導し、今回のイベントの発起人のひとりでもある、ミシュラン1つ星のフランス料理店「Sincere(シンシア)」シェフ、石井真介さんにお話を伺いました。
── 石井さんはそもそもの「Chefs for the Blue」立ち上げの時から参加されているわけですが、レストランをやりながら海洋資源の問題に目を付けられたきっかけは何ですか?

石井真介さん(以下、石井) 僕はずっとフランス料理をやってきて、27歳でフランスに修行に渡った時に、もちろんフランスのいい部分、食材の素晴らしさとかも感じたんですが、逆に日本の素晴らしさが見えてきたというのが一番大きかったのです。

当時働いていた3つ星のレストランですら、海が遠かったので1週間に1度、魚を買い付けに行って、大量に買って卸して、冷凍して、それを使うという形でやっていました。やっぱりフランスって美食の国でありながら海が遠いんです。

それを考えた時に日本は四方を海に囲まれていて、新鮮な魚介類が手に入りやすい。今、日本のフレンチも、魚介とお野菜の組み合わせの料理が続くような流れが多いと思うんですが、やはり日本の良さを表現するのに魚介類は欠かせないのです。僕も魚介がすごく好きで、「シンシア」の料理も当初からメインのお肉以外はほとんど全部魚介とお野菜の組み合わせだったので、やはり魚介が、とても重要だったのです。

そのなかで、佐々木ひろこさん(食ジャーナリストで現「Chefs for the Blue」代表理事)と出会って。もう6年前ですかね、日本の水産資源が激減しているという話を聞いて、「まず何が起こっているのか知ろう」、と僕の知り合いとか含めて30人ぐらいのシェフに声を掛けて回り、「シンシア」で勉強会を始めたんです。
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▲ 「シンシア」の石井真介シェフ。
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── 最初から手応えみたいなものはあったんですか?

石井 いや、ないですね、まったく(笑)。ずっとシェフたちで夜中に集まったり、zoomだったりをしたのですが、みんな集まるごとに、何をするべきなのかと悩んでいました。

僕たち世代、今、僕は47ですけど、若い時と比べて魚が減ってきたり、魚の値段が上がってきたと言うのはみんなが感じていたことです。ただ、僕ら皆、料理を作る人間なので、食材を守るという話までいかなかった。だけどやっぱり、ただ知らぬ顔で、お金を出して(魚を)買えばいいということではないだろうと。高級レストランと言うのは、食の最先端であって、料理の美味しさだけでなく、常にいろんな面で食のトップでなくてはいけないなというのを凄く感じていました。

でも問題が大きいので、僕自身も僕たちだけでできるとは思っていないのです。昔は野菜も魚も築地に行って買っていましたが、今は、魚や野菜だけでなくワインでもオリーブオイルでも、いろんな生産者さんと繋がって、直に入れることが凄く多いんです。
そういう時代になってきたので、色んなジャンルの人が繋がるべきだし、「Chefs for the Blue」の活動も、色んな方々、例えばファッションの中のサステナブルとコラボしたり、音楽とコラボしたり、時計のメーカーの方たちとコラボしたりとか、様々な業種の人たちと同じサステナブルという観点で交わって色んな話をすることで大きく広がってきたのです。

あとはもう一つ、人を育てるということ。僕たち世代でなんとかならなくても、僕たちの活動を見ている人が、次の世代のシェフたち、もしくは生産者の人たちが、「あの人たちこんなことやってたよな。俺たちもなんかやろう」というきっかけに繋がればいいなと思っています。

産み出されたものが、少しずつでもいいから繋がって、10年後、20年後の料理人の未来、食の未来、あとは食を取り巻く生産者さんの未来、さらには一般の方の未来につながるのかなと。
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── 今回、実際に若い人たちと過ごされて、感想は?

石井 最初はもう、大丈夫なのかなって感じで(笑)。僕たちも新しいチャレンジだったので、何をやるのか決まっていない部分も多く、走りながら決めようというところもあったので、そこは不安でした。

集まってくれた若い子たちも、みんなやりたいことがあって、主張があってなかなかまとまらない(笑)。いい面でも悪い面でもお互いの意見がぶつかって。でも、それで切磋琢磨しあってきた部分もあるし、あとは日々の話し合いを通じて仲間や業者さんも含めてお互いへのリスペクトが生まれたというのはすごく意味のあることだったと思います。

そして最終的には、今回のプロジェクトは美味しい料理を食べてもらうだけが目的ではなく、メッセージ性が大事なんだよという風にみんなと話して、だったらこうだよねというゴールが見えてきて1本にまとまった形です。
この3カ月半ぐらい、若者たちとたくさんの話をしながら、主に僕のお店で研修をしたので、かなり交わることが多かったのですが、そのなかで、本当に彼らは日に日に成長していったし、僕も若い力を目の当たりにしたというのが凄く強く感じたことです。

僕たち大人が色々考えすぎて柔軟性を失っていた部分で、逆に学生たちの柔軟な発想に刺激を受けたりとか、僕ら自身も学びが多かったし、やってみて、とても未来のある活動だなと思いました。
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▲ この日の料理作りの指導にあたったもう一人のプロは広尾のイタリアン「メログラーノ」の後藤祐司シェフ(右)。
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── 今後の展開は?

石井 最初は同業者向けの活動が主でしたが、ここ数年は一般の方に向けた活動がすごく多くなってきました。海の問題は非常に複雑で、僕たち飲食店だけが取り組んでもできることは限られています。やっぱりみんなを巻き込まなきゃいけない。一般消費者の方に食のトップとして伝えなくてはいけない。僕たちだけがやっても仕方ないというのは凄く感じるのです。だから今日もそうですが、より一般の方に向けた、未利用魚だったり、サステナブルシーフードって何? ということに対して、きっかけ、入り口になるようなことを僕たちは今、ずっとやっているんです。
── 今一緒に「Chefs for the Blue」の活動をされているメンバーもミシュランの星を持っている方が多かったり、お店にいらっしゃるお客様もそれなりの収入がある方たちだと思いますが、そういう余裕のある方たちを巻き込んでいけるとよいですね。

石井 僕たちのお客さんは社会的な意識が高かったり、発信力があったり、何かしらのトップをやっていたりする方が多いので、活動にも理解のある方がすごく多いのです。やはり余裕がなければサステナブルだなんだというのは、プラスαでしかないので。ハイエンドなレストランはお客さんに伝えやすいというところがあると思うので、お店での活動として、そのコアな層に向けての活動はデフォルトとしてやり続け、一方で何かプラスαな部分を市場から発信する必要もあるのかなと思っています。
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── 影響力のある方たちが率先して活動していくことで、それがカッコいいと思ってもらえて広がっていく部分もあるかと。

石井 シェフというのも昔はただ料理を作るだけだったのが、今は世界的な流れを見ても、海外のシェフたちはみんな社会活動、世の中のために貢献する姿勢を示すのが当たり前になっています。日本はまだまだ遅れている部分がありますが、もっと料理人が社会貢献するような時代になるべきだと思うので、僕も何か次に繋がることをしていきたいのです。僕の名前を残すという事ではなくて、料理人という職がもっと社会に寄り添ったもので、ただ美味しいものを作るだけでなく、社会に準じた存在として、世の中をもっと良くしようと思ってるポジションだという事を伝えたいし、自分もそうありたいという気持ちを強く持っています。

石井シェフの熱い言葉の中には様々な示唆があると感じました。まずは目の前の問題に気づき、それを他人事ではなく、いかに自分事にして、できることを少しずつでも続けていくのか。実際に形になっている今回のイベントには大いに刺激を受けました。シェフってカッコいいと思ってくれる若者が増えるといいなと思いました。
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