文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト)
イラスト/溝呂木 陽
家内の兄がクルマ好きであることはすでに報告した。が、幸いなことに父親もまたクルマ好きだった。とはいえ、シトロエンを好むような兄とは対照的なクルマを好んだ。家内と付き合い始めた頃はビュイック、次が青白2トーンのオールズモビル。アメリカ車好きの僕としては、間接的ながら「夢が叶った!」ような気持ちだった。でも、父親は派手で人目に留まるようなクルマが好きというだけ。その結果がアメリカ車だったということだ。
 
そんな父親がアメリカ車の次に選んだのは、メルセデス・ベンツ220S。まだ、輸入車の新車は買えなかった時代で、この220Sもブローカーを通してアメリカの軍関係者から譲り受けた。ドルでの支払いを求められ、兄と2人で日銀にドルを買いに行った。分厚いドル札の束を受け取ったときはドキドキした。ドル紙幣を手にしたのはこのときが初めてだった。
 
220Sは素晴らしいクルマだった。アメリカ車とはまったく別物。VWビートルにも感じたことだったが、ボディがガチッとしていて、足がしなやかに動く。クルマを色と大きさでしか区別できない母だが、220Sに初めて乗った時の第一声、「なんか安心して乗っていられるわね!」には驚いた。静かとか、乗り心地がいいとかではなく、「安心感がある」、とは・・・核心をついていた。
 
僕が220Sに乗って、「なによりすごい!」と思ったのも安心感であり安定感だった。
とにかく、真っ直ぐ走る。高速を出しても、不整路面でもフラフラしない。ガタガタもしない。まったくクルマオンチの母でさえ感じ取れるほどの安定感、つまり「安心感」・・・メルセデスの安全神話は本物だった。
null
そんな220Sで1度だけラリーに出たことがある。僕がドライバー、兄がナビゲーター、家内もアシスタントとして後席に乗った。
明治神宮を起点に関東圏を500kmほど走る。指示速度の非常に高いラリーとして知られていた。父には「1泊で箱根に行く」と言って借りた。ウソはいやだったが、さすがに「ラリーに出るから」とは言えなかった。
だから、ぶつけない、こわさないと心に言い聞かせて走った。その分ギリギリのアタックは控えた。
 
それでも220Sは速く、強かった。極端な言い方をすれば、ガタガタの砂利道を舗装路のように走り抜けた。国産車では効かないうえにすぐ音を上げるブレーキも、次元の違う効きとタフさを示した。で、結果は優勝。2位とは大差の圧勝だった。改めてメルセデスの凄さを思い知らされた。
 
ラリーが終わってすぐ向かったのは,行きつけのガソリンスタンド。そこで大型ジャッキを借りて、床下から徹底的に泥と埃を洗い流した。ボディも洗剤で洗い、ワックス仕上げをした。幸い大きな傷はなく、小さな傷はコンパウンドでていねいに消した。室内の掃除も手抜きは一切なしだ。一晩中走り続けた後だが、優勝できた高揚感もあってだろう。疲れはまるで感じなかった。それは220Sも同じだった。ボディにも足にも疲労感はまったく出ていなかった。父に無傷のメルセデスを返したときのなんともいえない安堵感は、今もよく覚えている。

 
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

登録無料! 最新情報や人気記事がいち早く届く! 公式ニュースレター

人気記事のランキングや、Club LEONの最新情報などお得な情報を毎週お届けします!

登録無料! 最新情報や人気記事がいち早く届く! 公式ニュースレター

人気記事のランキングや、Club LEONの最新情報などお得な情報を毎週お届けします!

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

Web LEONの最新ニュースをお届けします。

SPECIAL

    おすすめの記事

      SERIES:連載

      READ MORE

      買えるLEON

        父のMB220Sで高速ラリー優勝! | 自動車 | LEON レオン オフィシャルWebサイト