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2025.08.31

“The Lady"と呼ばれた特別なポルシェが、安モーテルの僕の部屋の前に止まっていた!

1964年初めてLAを訪れた筆者は、「ロード&トラック」誌の名物アートディレクター・モッタ氏と会えることに。安モーテルまで迎えに来てくれたモッタ氏のクルマは“The Lady”と呼ばれた「ポルシェ1500 コンチネンタル クーペ‼」でした。

BY :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト)
CREDIT :

イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第265回

アメリカに初上陸したポルシェ、、、1955年 1500 コンチネンタルは憧れの人の愛車だった! 

イラスト 溝呂木 陽 ポルシェ 356 1500
アメリカの著名な自動車画家であり、「ロード&トラック」誌のチーフ アートディレクターでもあったウィリアム モッタ氏と知り合ったのは1964年。初めてLAに行った時のことだ。

「ロード&トラック」は僕の愛読誌であり、その誌面に素敵な自動車のイラストを描くと同時に、チーフアートディレクターをも兼務していたモッタ氏は、僕の憧れの人でもあった。

できることなら、挨拶だけでもいいからお会いしたかった。そこで、アポイントメントをとってもらえないかと、当時、働いていた「ドライバー」誌の編集長に頼んだ。
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編集長は快く引き受けてくれ、すぐアポイントメントをとってくれた。返事の手紙には、「到着日時と宿泊場所が決まったら教えてください。私が迎えにいきます。ランチでもご一緒しましょう」と書かれてあった。

たぶん、名も知らないだろう日本の雑誌の、それも若造編集者を、こんなにも温かく受け容れてくれるとは、、、これだけでも僕は大感激! モッタ氏の人柄に惹きつけられた。

「ロード&トラック」の編集部はニューポートビーチにあった。LAからはフリーウェイ405号線で、空いていれば1時間20分くらいで着く。 、、が、混んでいれば2時間くらいかかることもある。

ニューポートビーチは、静かで美しい町。当時は豊かな人たちの別荘も多くあった。

僕は小高い丘の上に立つ小さなモーテルを予約した。サンタモニカをよく知る知人に勧められたのだが、環境が良く、小さいながらも快適なモーテルだった。料金も安かった。

到着して少し休んだ頃、約束の時間が来た。そして、聞きなれないエンジン音が聞こえ、僕の部屋の前で止まった。
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僕はノック音が聞こえる前にドアを開け、部屋を出た。、、と、目の前に、シルバーの新車に近いようなコンディションの「ポルシェ1500 コンチネンタル クーペ‼」が止まっていた。これには驚いた。

モッタ氏の顔は写真で見ていたのですぐわかった。優しい笑顔とともに、握手の手を伸ばしてきた。

「お会いできてうれしい! ニューポートビーチはいかがですか? 気に入りましたか?」
が彼の第一声だった。

僕は力を込めて彼の手を握り返し、「ニューポートビーチ、、まだほんの少ししか見ていませんが、すごく好きになりそうです!」と答えた。

「じゃあ、街をご案内しますね。そしてランチを食べて、、わが家にも寄ってください。家内が楽しみにお待ちしています!」

僕のたどたどしい英語もよく理解してくれて、やさしい英語で返してくれた。優しいうえに、素晴らしい気遣いの人でもあった。

型通りの挨拶が終わると同時に、僕はすぐ話を「ポルシェ」に振った。
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「このポルシェ、“The Lady"って呼ばれている1500 コンチネンタル クーペですよね! こんな貴重なクルマが、安モーテルの部屋の前に止まっているなんて、、信じられません。モッタさんのお車ですか?」

うかつにも、その時はまだ、こんなすごいクルマがモッタ氏の愛車だったとは知らなかったのだ。

「ええ、そうです。1954年秋、ポルシェが初めてアメリカに送り込んできたクルマそのもので、僕は2代目のオーナーです。1960年に、僕のところに来た時は、まだ1800マイルしか走っていなくて、、ほとんど新車同様でした」

僕が見た時は新車から10年ほどの年月を経ていたことになるが、傷みやヤレはどこにも見えず、走行距離計は8万3000マイルを指していた。キロにすると13万キロを超えている。

で、その間の主なメインテナンスは、スパークプラグ交換が2回、クラッチオーバーホールが1回、そして塗装が1回、、、それですべてだという。

13万キロ、、アメリカ人の感覚では、大した走行距離ではないのもかもしれない。だが、日本人の感覚ではかなりの走行距離だ。
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見た目の良さが文句なしの理由は、この話で納得できた。が、それ以外は、ポルシェというクルマのしっかりした造りと信頼性の高さに、ただただ驚ろかされるばかりだった。

ポルシェ 1500 コンチネンタルは、ある意味、最高のオリジナル ポルシェであり、ツーフェンハウゼンの歴史の一章に、燦然とした足跡を残すモデルとも言える。

モッタ氏は、そんなポルシェを通勤の足に、日々の足に、サラリと使っていたのだ。なんともカッコいい話ではないか。

でも、その一方で、とても大切に、丁寧に使っていたことも、クルマのコンディションを見て感じて、すぐわかった。

大切に使っていることのひとつのエピソードとして、モッタ氏は、笑いながらこんな話をしてくれた。

「結婚前、ワイフの家に泊まったことがあるんです。でも、彼女の家には来客用のガレージスペースがなく、ポルシェは路上で一夜を過ごさなければなりませんでした。うれしさと不安が複雑に入り混じった夜でした!」と。
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フィアンセと同じ屋根の下で過ごす一夜は、何にも勝る幸せなことだ。、、が、同時に、路上に置き去りにされたポルシェを思うモッタ氏の心が、どれほどの不安に揺れ動かされていたか、、とてもよくわかる話だ。

それにしても、1955年ポルシェ 1500 コンチネンタルの姿は魅力的だった。姿だけではなく、ボディのあちこちに触れた感触もまた素晴らしいものだった。

その艶やかな曲線と曲面には、思わず見惚れさせられ、思わず撫で回したくなる誘惑に駆られた。

実は、モッタ氏を訪ねた前年の1963年、兄が356シリーズの最終モデル、356SCの12V仕様、サンルーフ付き車を買った。

僕は洗車やワックス掛けがあまり好きではなく、業者に任せることが多かった。だが、兄の356だけは別だった。洗車、ワックス掛けを喜んで手伝った。

精緻で、硬質で、滑らかで、優しく引き締まった356のセクシーな肌に触れる感触が、なんとも言えず心地よかったからだ。
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特に、本物の雫が滴り落ちるその瞬間を形にしたような、フロントフェンダーからリアフェンダーへと流れるラインには惹かれた。

熟達した技をもつ職人達が、慈しむようにボディを掌で撫でまわしながら、ハンマーで、美しく滑らかな曲面を創り上げてゆく、、そんなシーンが心の奥に浮かんでくる。

「実は昨年、兄が356の最終モデル、SCの12V仕様を買ったんです。サンルーフ付きです。で、356のボディに触れる心地よさを味わいたくて、洗車とワックス掛けをよく手伝っているんです」と僕はモッタ氏に言った。

「ええっ、そうなんですか‼ 日本で岡崎さんのお兄さまが356の最終モデルを、、アメリカで、僕が356の先祖とも言える1500コンチネンタルを持っている、、、なにか不思議な縁があるのかもしれませんね!」

、、、モッタ氏の優しい笑顔はさらに広がり、文字通り「満面の笑み」になった。
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フラット4は55ps/4400rpmの出力でしかなかったが、滑らかに、軽やかに回った。

フラット4独特のビートを伝えながら、ニューポートビーチの美しい街を、海沿いの道を流した。

開け放ったサンルーフから流れ込む、海の香りのする風が、なんとも心地よかった。

55psのポルシェに現代のスポーツカーと速さで競う力などない。、、が、人の心に寄り添い、人の心を和ませる術をもっている。

もちろん僕は、最新の高度な技術で作られたクルマが好きだ。しかし、高度な技術そのものが目的であってはほしくない。あくまでも、人をハッピーにし、加えて人の弱点をカバーするものであってほしい。

ツーリングの最後に、パームツリーが長い影を落とした道ぎわにポルシェを止めてもらった。そして、周りを回ったり、離れたり、近づいたりしながら、何度もその姿を眺めた。
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ニューポートビーチの夕暮れの陽射しと、パームツリーの影の下に佇んだポルシェ1500 コンチネンタルの姿は優雅そのものだった。

夕食はモッタ氏のお宅で、奥様手作りの料理をいただいた。

モッタ氏の描いた絵が飾られた部屋はなんとも居心地が良く、優しく明るい奥様を交えた楽しい時は、あっという間に数時間が過ぎていった。モッタ家を後にした時、時計は22時を回っていた。

ニューポートビーチで過ごしたこの1日は、一生忘れられないハッピーな1日になった。
岡崎宏司(自動車ジャーナリスト)
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。
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ART PIECES 2nd 溝呂木陽作品展

「ART PIECES 2nd 溝呂木陽作品展」

溝呂木陽先生の個展が開催されます。上質な模型と水彩画の5日間。丁寧に作り込まれた模型作品と光に溢れた水彩画の世界をご覧いただけます。個人で制作する模型雑誌、水彩画集、額装水彩画、模型完成品をお買い上げいただけます。ぜひ、足をお選びください。

会期/9/4(木)〜9/8(月)
時間/10時〜18時(初日は13時から、最終日は15時まで)
会場/吉祥寺駅北口ヨドバシ横ギャラリー永谷2
住所/東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-1
入場無料 毎日在廊

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