2020.05.31

映画とクルマの大人なカンケイ♡ VOL.3

憧れの名車は名画にあり!?

クルマは乗る人のキャラを雄弁に語るアイコニックなアイテム。名画は、人物像をクルマに語らせるのが上手。というわけで、”大人に似合うクルマ”をテーマに名画のなかのクルマをご紹介。第三回目は「ジャッカルの日 The Day of the Jackal」「ガタカ」です。

CREDIT :

文/小川フミオ イラスト/ゴトウイサク

先日、知人がフェイスブックを通じて連絡をくれました。なにかと思ったら、もうすぐ定年を迎えるので、そのときにあこがれのクルマを買いたいと思っている、と。COVID-19によるステイホームの時期に、いろいろ本を読んで妄想をたくましくしています、とあって笑いました。

知人が欲しがっているクルマとは、シトロエンDSです。クルマ好きオヤジさんなら先刻ご承知のとおり、フランスのシトロエンが1955年に発表した高級セダンで、75年まで作り続けられました。

特徴は、スタイルとメカニズムに。フランスでは閣僚が使っていましたが、格式ばっていない、なんとも不思議なかたちです。加えて、通常のコイルバネと筒型ダンパーによるサスペンションシステムでなく、DSのサスペンションシステムは、窒素ガスを詰めた球体にモーターでポンプを駆動して圧力をかけたオイルを送るのです。

この“ヘン”なクルマ、人気がいっこうに衰えません。映画を観ても人気ぶりがよく分かります。個人的にこのクルマを最初に意識した作品は、ミステリーの傑作「ジャッカルの日 The Day of the Jackal」(73年)でした。

英国諜報部の仕事もしていたフレデリック・フォーサイスの原作を、フレッド・ジンネマン監督が映画化したものです。プロの暗殺者の“ジャッカル”は依頼を受けて、当時のドゴール仏大統領の命をねらいます。

政府の諜報部に存在を知られたため、エドワード・フォックス扮するジャッカルは、アルファロメオ・ジュリアスパイダーをはじめ、追跡から逃れようと、クルマを次々に盗みます。ジャッカルが追っかけるのは、大統領が乗ったDSです。

式典の場所に、サメのような昆虫のような、ともいうべきDSがずらりと並ぶさまは圧巻。かりにトヨタか日産がこんなクルマを作ったら、日本政府は公用車に使うでしょうかね。なんて考えながら、彼我の価値観を比較してみるのも、一興かもしれないですよ。
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DSは、たんに格式ばった公用車ではない、なんてうかがわせてくれるのは、もうひとつの映画「個人生活 La Race des Seigneurs」(1974年)。アラン・ドロンがカッコいい作品です。

フランスのピエール・グラニエ=ドフェール監督のこの映画では、野心的な若き政治家を演じるアラン・ドロンがDS(の後部座席)に乗ります。前席とのあいだにパーティションが設けられていて、自動車電話まで備わっていました。

弾丸のようなプロファイル(橫からみたスタイル)ですから、カッコいいのですよ。やる気がみなぎっている若い政治家のイメージにもぴったり、と思わせてくれます。

時代がずっと降って、2017年にリドリー・スコットが監督した「ゲティ家の身代金 All The Money In The World」にも登場します。舞台は1973年のローマ。大金持ちの孫、ジャン・ポール・ゲティ三世が誘拐された実際の事件をベースにしています。

DSに乗るのは、フレッチャー・チェイス役のマーク・ウォールバーグですね。チェイスというひとは実在の人物で、一代で富を築いたジャン・ポール・ゲティ(一世)が経営するゲティオイルカンパニーに雇われていた元CIAのエージェントでもあります。

その彼がローマの街を、セミオートマチック(クラッチペダルはないけれどギアシフトは手動)のDSを駆って、大金持ちの孫の誘拐事件を追っかける報道陣を振り切るべく疾走する姿が、映画には何度も登場します。

乗るクルマはメルセデス・ベンツやジャガーでもよかったんじゃないかと思わないでもないのですが、DSが、車体をあまりロールさせず狭い街路をすばやく曲がっていくシーンなど観ると、後席だけに乗っていてはもったいないクルマなんだとわかる気がするんですね。

DSを運転したときのよさのひとつは、ここで触れたギアシフトです。セミオートマチックギアボックスのモデル(日本の中古車市場で出てくるDSにはこれが多い)では、ステアリングホイールの奥から突き出しているシフトレバーを操作します。

左にレバーを倒すとエンジンがかかります。そのあとは右へ動かし手前に引くと1速。そのあと右へ倒すごとにシフトアップしていきます。
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油圧でクラッチを切るので、スムーズにやるには少しコツがいりますが、しっかりトルクをかけておけば(つまりアクセルペダルでエンジン回転数を一定以上に保っていれば)じつに気持よくギアが入っていきます。

かつリバース(後退)は中央位置から前へと押します。後退と前進を繰り返して狭いところから出ようなんていうときは、1速とリバースが1直線の動きなので素早い操作が出来ます。パリの街路で縦列駐車したあとなど、じつに便利なのですよ。

そしてDSを現代的に、いや未来的に解釈しなおした作品が、アンドリュー・ニコルが脚本と監督を手がけた「ガタカ Gattaca」(1997年)であります。この映画コラムの第2回目でも触れました。私、この作品がマジ、好きなんです。

人類が宇宙へと行くようになった時代が舞台ですが、50年代から60年代にかけてのノスタルジーが感じられて、いわゆるレトロフューチャーな雰囲気で美しく仕上げている作品なんですね。

登場するクルマもかなり気合いの入った選択です。イーサン・ホーク演じる主人公が乗るのは、スチュードベイカー・アバンティ(1962年)なんですよ。

当時このクルマが出たときのセリングポイントは、レイモンド・ローウィによるスタイリッシュなボディと、スーパーチャージドの4.7リッターV8による当時「最速」と謳われた駿足ぶりでした。

いまでもカッコいいなあと言ったら、オヤジさんたちは同意してくれるのではないかと思うのです。グリルレスのフロントパネルに2灯式ヘッドランプが埋め込まれていて、クロームのパーツが美しく華を添えているというかんじ。
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さらにおもしろいのは、アバンティにしてもP6にしても、電気自動車の設定になっていることです。たしかに未来ですからね。音もなくひゅーっと走り、駐車場では充電ソケットにつながれます。

最近、フォルクスワーゲンは米国で、タイプ2(50年発表のマイクロバス)をBEV(バッテリー駆動のEV)に仕立てたモデルを手がけました(市販の予定はなし)。

英国には、巨大なロールスロイス・ファントムV( 1961年)や、ジャガーXK120(53年)、といった往年の名セダンをBEVに改造してくれる会社が出てきています。ただしこのように、映画のほうがずっと先取りですね。

で、もう1台、「ガタカ」での注目が、やはりDS。ローバーP6を設計した英国の自動車人、スペン・キングはシトロエンの設計思想に心酔していたともいわれているので、どこかにつながりを感じるではないですか。

映画に登場するのは、フツウのDSではありません。ここも凝っています。デカポタブルと呼ばれる、比較的珍しいオープンモデルなのですよ。映画ではユマ・サーマンが乗っています。

DSデカポタブルは、量産車をべースにパリのコーチビルダー(車体製作会社)であるアンリ・シャプロンが手がけたもので、1960年代前半のモデルでしょう。

DSがもっとも美しく見える角度は、後ろにいくにしたがって、ぎゅっとしぼられていくような雨滴型のプロファイル(側面)だと思うのですが、その要素が希薄になったフルオープンスタイルも、じつは悪くないんです。

モノづくりは時々神様が宿るといいます。どうしたらこんな美しさが、と思わせるのは、ルネサンス期の彫刻が好例でしょう。シトロエンDSは工業製品なので、予算とか使える技術とかに制約もいろいろあったでしょうが、すばらしい出来上がりではないですか。

オヤジさんたち、いちどはこんなクルマに乗ってはどうでしょう。いいビンテージのワインや、葉巻や、手縫いのシャツのように、あるていど歳を重ねたことでわかる“いいもの”。DSもまさにそれ、とここで取り上げた映画は教えてくれるのですね。

● 小川フミオ / ライフスタイルジャーナリスト

慶應義塾大学文学部出身。自動車誌やグルメ誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。活動範囲はウェブと雑誌。手がけるのはクルマ、グルメ、デザイン、インタビューなど。いわゆる文化的なことが得意でメカには弱く電球交換がせいぜい。

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