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2023.05.14

青学中等部の美人同級生は毎日、黒いアメリカ車で送迎されていた

所有したのは生涯1台だけだけれど、ずっとアメリカ車が大好きだったという筆者。生まれて初めて乗ったフォードのハイヤーから、彼女(今の奥様)の実家のビュイック、唯一所有したデソート ファイアスイープ、LAでレンタルしたムスタングまで、思い出のアメリカ車を語りつくします。

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第209回

思い出のアメリカ車!

イラスト 溝呂木 陽 アメリカ車
僕の車歴にアメリカ車は1台しかない。1957年のデソートファイアスイープだけ。

テールフィン最盛期の2ドアHTで、ボディカラーはサーモンピンクとオフホワイトの2トーン。文句なしに華やかな、「アメリカ車らしい、アメリカ車!」だった。

デソートのあれこれはすでに書いている。なので、気になる人は「2017.12.19日号」を読んでいただきたいが、、見ているだけでウキウキするようなクルマだった。

でも、所有したアメリカ車は1台だけ、、となると、「岡崎はアメリカ車があまり好きじゃないんだ」と思うだろう。

そう思われても仕方がないが、、僕はアメリカ車が好き。子供の頃からアメリカ車に憧れていたし、大人になっても、そして今でも大好きだ。

じゃあ、なぜアメリカ車歴が1台だけしかないのかというと、、答えは単純。「日本では大きすぎるから」。

僕はコンパクト派、、と言ってはいるが、それは「日本に住んでいるから」。使い勝手や周囲との調和をトータルに考えてのことだ。
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そうした「枠」を取り払ったクルマ選びをしていたら、僕のアメリカ車保有歴はまったく違ったものになっていただろう。

といったことで、「根はアメリカ車大好き」な僕の心に、深く残っている「思い出のアメリカ車」をピックアップしてみたい。

生まれて初めて乗ったアメリカ車はフォードのハイヤー。クーペみたいな、猫背みたいなルーフラインを持った4ドアだった。1945~6年辺りのモデルだったのだろうか。

わが家の近くにあったタクシー会社のクルマだが、どうしても乗りたくて、、8歳(1948年)くらいの誕生日かなにかの時、父にねだって乗せてもらった。

大きくて、室内が広くて、シートがフカフカで、乗り心地が良くて、静かで、、当時のダットサンやトヨペットのタクシーとは別世界だった。そんなことが、微かにだが、今も肌感覚で残っている。

次の、アメリカ車との出会いは10年以上後の1959年。その間無関心だったわけではない。

部屋の壁には雑誌から切り抜いた写真が何枚も貼ってあったし、ドリームカーのような姿に、憧れはさらに強くなっていた。でも、触れる機会はなかった。

青山学院中等部に入った時(1953年)、同級生に、すごく綺麗な女子がいた。「大学生みたいだな!」と思ったほど大人びてもいた。

そんな彼女が、毎日、黒いアメリカ車(車種は覚えていない)で送迎されていたのには驚いた。父親が製薬会社の社長にして国会議員でもあると知り納得はしたものの、「すごい学校に入っちゃったな!」と思ったものだ。
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高校時代はバイクに熱中。クルマにはあまり目も心も向かなかった。でも、部屋の壁にはアメリカ車の写真を貼っていた。エルビス、ジェームス ディーンの写真と共に、、。

そんな中、突然、アメリカ車が現実のものとして目の前に現れたのは1959年。家内と知り合い、付き合うことになった結果だ。

シトロエン 2CVが家内との出会いのきっかけになったことはすでに書いた。、、が、アメリカ車との出会いもまた同じ。家内の親が1955年のビュイックに乗っていたのだ。

ボディは黒の4ドアだったが、HTだったし、クロームたっぷりだし、ホワイトタイヤだったし、、アメリカ車ならではの存在感は十分あった。

広く華やかなキャビンに包まれ、柔らかなベンチシートに座り、細いステアリングに触れただけで、夢見心地だった。

ありえないほど軽いパワーステアリングとパワーブレーキには戸惑ったが、すぐ慣れた。

アメリカ映画で見た運転スタイル、、左手をAピラーに当てて身体を安定させ、ステアリングは掌を軽く押し付けるようにして、片手でクルクル回す、、を真似てみたが、この運転スタイルが、アメリカ車には合理的なものだということがすぐわかった。

翌年だったか、、ビュイックは1956年のオールズモビル 4ドアHTに買い替えられた。ボディカラーは明るいブルーとホワイトの2トーン。「文句なしのアメリカ車!」だった。

こうして、「遥か遠くにあったアメリカ車」が、いきなり現実のものになったのだから、人生、何が起こるかわからない。

何が起こるかわからない、、といえば、僕が唯一買ったアメリカ車との出会いも、ある日突然だった。
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1957年 デソート ファイアスイープとの出会いのあれこれは既述の通り。高く長いテールフィンをもったその姿は、文句なしにカッコよかった。僕は文字通り「ドリームカー」を手に入れたことになる。

とはいえ、あまりの金食い虫ぶりに付いてゆけず、短期間で手放なさざるをえなかった。

この結末は残念だった。、、が、短期間でも「ドリームカーを所有できたこと」は、一生の思い出になった。ハッピーなことだった。

僕がデソートを持っていた頃、友人が1956年のサンダーバードを買った。よく、デソートと交換して乗ったが、この交換はお互いにハッピーなものだった。

僕の初めての海外旅行は1964年、24歳の時だが、生まれて初めて踏んだ海外の地はLA。

そこで、レンタルしたのがムスタング。憧れのクルマだった。ほんとうはコンバーチブルのV8に乗りたかったのだが、緊縮財政ゆえにHTの6気筒で我慢せざるをえなかった。

でも、わが家のビュイック/オールズモビルで身につけたテクニックで、LAを心ゆくまで走り回った。右側通行にも短時間で慣れた。

憧れのムスタングで憧れのLAを走る、、もう有頂天だった。ベースはサンタモニカだったが、LA中を走り回った。

モータージャーナリストの仕事を始めたのは同じ1964年。以降、「仕事でアメリカ車に乗る機会」が度々あった。

面白い中古車を紹介する仕事もあったが、そこで乗ったのが、1956年 フォード クラウンビクトリアと、1957年フォード フェアレーン500 スカイライナー。
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大好きなクルマだったので、「ヤッター!」の気分だった。ところが、大型のHTが電動で開閉するフェアレーン500 スカイライナーでは、ひどい目に遭った。

五反田駅から第2京浜道路に向かう途中でトップを開けようとした時だ。大型のトップが途中まで開いたところ(トップが斜めに持ち上がり、先端がいちばん高くなる辺り)で、なんと故障/停止してしまった。

いくらスイッチを押しても微動だにしない。しかたなく親しい修理工場に向かったが、トップは立ったまま。すごい注目度だったが逃げる術はない。最悪だった。でも、今となっては大笑いできる楽しい思い出だ。

1977年には、フォードエコノライン クラブワゴンでアメリカ中西部の旅をした。わが家3人と友人ご夫妻、、5人での旅。

LAを出発。ニューメキシコで折り返し、テキサスを回ってLAに戻る「砂漠の旅」。途中、家内がひどい歯痛に見舞われ、深夜、フェニックスの救急病院に飛び込むといった事件? もあった。だが、巨大なクラブワゴンでの3000余kmの旅は一生忘れない。

1988年、、息子の大学卒業を祝って、家族で1週間ほどのカリフォルニアの旅を楽しんだ。その時の足にはキャディラック フリートウッドを選んだが、贅沢で快適な旅だった。

たしか1993年、、LAでの1週間ほどの仕事の足にシボレー C4 コルベット コンバーチブルを選んだ。大好きなビバリーヒルズホテルに泊まり、コルベットを、LAを満喫した。

もしかしたら、僕の2台目のアメリカ車になっていたかもしれないのが、2002年のレトロバーズ。初代サンダーバードをモダンにモディファイした2シーター コンバーチブルだ。

サンプル輸入されたものを1週間ほど借りて乗っていたら気に入って、、。サイズもなんとか受け容れられるものだったし、買おうと決めた。ところが、アメリカでの人気が急落して生産中止。夢は儚く消えた。

そして、最近、僕の妄想の中に出てくるのは、フォード F150ライトニングとダッジ ラム1500 REV。アメリカン ピックアップトラックは昔から好きだが、この2台のEVが無性に気になっている。

むろん日本で乗り回す気は毛頭ないが、もしもカリフォルニアにでも住んでいたら、、といった妄想に、この2台は欠かせない。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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