2019.10.20

世界一周、1泊旅行!?

多いときで、年に20回。世界中を飛び回ってきた著者が体験したとんでもない世界一周の旅とは?

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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第116回

タフな海外取材の旅、、の一例  

僕が海外の旅が好きなことは、このコラムを読んでいただいている方々には伝わっていると思う。が、改めて思い起こすと、ほんとうに多くの旅をしてきたものだと思う。

回数的には、海外メーカーの招待による「国際イベントへの参加」が圧倒的に多い。でも、それ以外の海外行きも多かった。

広告代理店等から依頼される、宣伝、マーケティング、ブランディング関係の様々な仕事、メーカ−から依頼される新型車両開発への参加、趣味と仕事が重なったような長旅やラリー競技への参加、若い頃の一人旅、そして、1970年代からずっと続く家族との旅、、僕の人生から旅は切り離せない。

もっとも多く日本を出入りしたのは年に20数回だと思うが、いくつかの仕事を切り貼りしたことも多かったので、実際の仕事数としてはもっとずっと多くなる。

その典型例をひとつご紹介しよう。仕事での旅の記憶は多くがおぼろげだが、この2週間近くの旅のあれこれはほぼ(確かではないという意味)覚えている。あまりに異常な!?スケジュールだったので記憶に残ったのだろう。
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その時、僕は70才を越えていた。初めてスケジュール表を見たとき、「すごいな!」とは思ったが、とくに負担に感じることも、不安を感じることもなかった。

たまたまその時期に集中していた仕事をリストアップして関係者に渡し、関係数社間で日程調整をしていただくようお願いした。

その結果、後述するスケジュールが組まれ、僕はそれをこなしたのだが、今思い返すと、やはり「すごいタフなことやっていたんだなぁ!」とは思う。

基本的に、スターアライアンス・グループで航空券を繋げた分、フライトスケジュールが少し煩雑になったこともあるだろう。が、いずれにしても、よくこれだけ動いだものだ。

では、具体的スケジュールをご紹介しよう。
すでに話したように、記憶違いしているところもあるかもしれない。でも、イメージは掴んでいただけるだろう。

まず飛んだのは東京からロンドン。おおよそ13時間のフライト。でも、ロンドンでの仕事はない。南アのケープタウンが目的地だ。

つまり、ロンドンは乗り継ぎの経由地ということだが、その待ち時間が6時間。オンタイムで飛べば5時間なのだが1時間遅れた。

ロンドンからケープタウンへのフライトも長い。13時間かかる。一つ目の仕事の目的地まで、機内と乗り継ぎ待ちだけで32時間を要したことになる。

これに家を出てから飛行機に乗るまでの時間と、ケープタウン空港からホテルに着くまでの時間を加えると、ざっと37時間だ。

到着は午後の早い時間だったので、夜のレセプション&ディナーまでは休めた。

ディナーが終わって部屋に戻ったのは23時頃だっただろう。欧州メーカーのディナーはいつも夜が遅い。

翌日は朝から新型車の試乗。ランチタイムを含めてほぼ半日の試乗スケジュールをこなし、
最終到着地はケープタウン空港。これでひとつめの仕事は終了だ。
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次の仕事地はミュンヘン。チケットはなぜかマドリッド経由になっていた。空港での待ち時間が3時間、マドリッドまでが13時間、乗り継ぎが2時間くらいだったか。プラス、ミュンヘンまでが3時間、、計21時間が2度目の移動時間ということになる。

ミュンヘンでの仕事は、ファッション雑誌の取材。僕の目で、ミュンヘンの洒落者たちのファッション・トレンドを探るといった内容。勝手気ままに街を歩き回っての取材は楽しい。

ミュンヘンも1泊で、次の目的地はロンドン。
フライト時間は2時間ほど。けっこう待たされるロンドンの入国審査の列に並ぶのはちょっと嫌だが、まあ、気分的には、隣町へ行くくらいのイメージだ。

ロンドンでは、日本からひと足先に来ていたメーカー関係者と合流して現地広告代理店との打ち合わせ。夜は当時のロンドンでもっともトレンディとされていたレストランでディナーを楽しんだ。ロンドンも1泊だ。

翌日はフランクフルト経由でブリュッセルヘ。
日本のメーカー関係者とのミーティングと試作車のチェック。ディナーでミーティングの続きをやり、1泊。

再びミュンヘンに向かい、今度はローマ行きに乗り継いだ。欧州内の移動はどこも短時間のフライトなので気楽だが、乗り継ぎが入るとけっこうしんどい。

ローマの仕事は再びファッション誌関係で、取材内容もミュンヘンと同じ「トレンドウォッチ」。同行者はいない。僕一人の自由行動だ。とはいえ、街歩きの中で新たなトレンドを見つけ出すにはかなりの集中力が要る。

僕は街歩きが好き。なのでブラブラ歩いている分にはほとんど疲れない。ただし、疲れを大きく左右する靴にはそうとう拘る。ローマでのウォッチングも8時間ほど歩いた。

とはいっても、むろん歩きづめではない。
「いいな!」と思ったカフェがあれば、レストランがあれが、そこで休憩する。とくに、お洒落なエリアにあるオープンカフェには、スタイリッシュな人たちが集まるし、道行く人のチェックもできる。

ローマからはフランクフルト経由でニューヨークへ。待ち時間や乗り継ぎ時間を含めた移動時間は14〜15時間。

ニューヨークでは広告代理店の現地駐在員と合流。あるメーカーの新型車と、ニューヨークとの「イメージの相性」といったテーマで意見交換してほしいとのことだった。

次の目的地、サンフランシスコまでは6時間ほどのフライト。ここは一人で過ごしたが、仕事の依頼先も内容もニューヨークと同じ。僕の仕事には、昔も今もこうした「曖昧なテーマ」がけっこう多い。

アメリカの東と西で1泊した後、いよいよ帰国だ。長く忙しない旅の最後のフライトは11時間ほど。東京行きの機内に乗り、シートに座ったときはさすがにホッとした。でも「疲れた」といった感覚はとくになかった。

僕は時差にも強い方だと思うが、毎日変わる時差がとくにきついと感じることもなかった。感じる間もなく移動し続けていたからかもしれない。

家に帰ってからも、2〜3日の間、昼間にときどき眠くなることがあったくらい。夜もすぐ寝付けた。変な時間に目が醒めてしまったことはあったが、すぐまた眠ることができた。

数日で2〜3の場所を移動することは珍しくないが、この時のスケジュールは強烈だった。

でも、僕にとって、仕事で動き回るのは好きだし、充実感みたいなものもある。

とくにこの時は、試乗会のくり返しといった単調なスケジュールではなく、カッコつけていえば、「クリエイティブな仕事」がほとんどだった。だから、きつさよりも楽しさが勝り、疲れを感じなかったのだろう。

フライト・スケジュールの乱れがなかったのも幸いだった。どこかで大きな乱れが出たら、スケジュールが総崩れになっていた可能性は大だ。予定のすべてをつつがなく終えることができたのは、ほんとうにラッキーだった。

ケープタウン部分を外せば、またやってみたいな、、といった気持はまだある。もっとも、家内が絶対に許してはくれないだろうが、、。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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