2022.10.01
「ロジェ・デュブイ」CEO ニコラ・アンドレアッタ インタビュー
今の時代に機械式時計を付ける意味とは?
どこよりも大胆で突き抜けたウォッチメイキングを行うロジェ・デュブイ。総指揮を取るCEO ニコラ・アンドレアッタさんに、ブランドの魅力を語っていただきました。
- CREDIT :
写真/トヨダ リョウ 文/吉田 巌(十万馬力)
機械式時計の未来を拓くロジェ・デュブイの精神
2018年にニコラ・アンドレアッタさんがCEOになって以降、その独創性はさらに加速。近年では、現代アートのエッセンスも果敢に取り入れ、よりエキサイティングな時計を生み続けています。
来日したニコラさんに革新的ウォッチメイキングの背景、さらにロジェ・デュブイの時計を付ける意義などを伺いました。
「この際立った個性を、一人の時計愛好家としてずっと注目していました」
ニコラ・アンドレアッタさん(以下、ニコラ) 私は時計業界の人間であると同時に、生粋の時計愛好家です。だから、毎年各ブランドから発表される膨大な新作時計を分析するのは仕事でもあり、楽しみでもあります。その中でいつも際立って個性的だったのが、ロジェ・デュブイ。メカニズムにおいても審美性においても、常に私を喜ばせてくれました。
ちなみに、私の父はかつて時計ケース工房を所有していて、ロジェ・デュブイが1995年にブランドを立ち上げた当時、ケースは父の工房が製造していたんです。そんなこともあって、ロジェ・デュブイに親近感を抱いていたのも事実です。
でもまさか、私がそのブランドのCEOになるなんて。本当に不思議な縁を感じました。まるで同じテーマが円環するワーグナーのオペラのようじゃないですか。
ニコラ パンデミックは、明らかにすべての人に影響を与えました。しかし、それは同時に、私たちのブランドの価値や、私たちが支持するものについて、立ち止まって考え直す時間を与えてくれたのです。そして、私たちのメゾンの精神をよく表している言葉は、“EXCESS(エクセス)”であると考えました。
この言葉は、“過剰、誇張、やりすぎ”など、ややもすると悪い意味にとられることがあるのですが、ラテン語の語源“エクス・セド”を考えると、EXはOUT、CEDOはTO GOを意味します。つまり、エクス・セドは“限界を超える”という意味なんです。だから、ロジェ・デュブイというブランドを示すにはぴったりの言葉だなと。
また、エクセスを支えるには、3つの要素が必要だとも考えました。それはプレジャー(快楽)、マッドネス(酔狂)、フリーダム(自由)。何をするにおいても最低このうちの1つの要素があれば、ロジェ・デュブイらしさが保てるはずだと考えています。
—— とてもコンパクトでわかりやすい表現ですね。大きな目標があって、その構成要素も明確で。会社や事業の価値・個性を打ち出すことが求められる現代において、参考にしたいフレームワークです。
「あくまで伝統に軸足を置きながら過激に進化したい」
ニコラ 最近はちょっと変わってきました。地理的にはアジアのお客様が増え、世代的にはいわゆるZ世代と呼ばれる若いお客様も増えています。
── Z世代というと20代前半くらい!? そこまで若い層にも人気が拡大しているのなら、生産量を増やすことは考えていないのでしょうか?
ニコラ 我々が作る複雑機構を搭載した時計はどうしても時間がかかり、生産量を増やすことは不可能です。これ以上増やすとブランドとしてのアイデンティティも失われ、同じ品質基準を維持することができなくなります。細部にとことんこだわり、高い品質を維持しているから、お客様に支持されている。ジュネーブ・シールは伊達ではありません。
── こんなに大胆なデザインでありながら全モデルでジュネーブ・シールを取得しているんですよね。
ニコラ はい。大胆なウォッチメイキングとジュネーブ・シールの組み合わせも、ロジェ・デュブイの大きな魅力と考えています。ジュネーブ・シールは1886年に制定されたもので、いまだに当時と同じ厳格なルールを維持しています。つまり我々はどんなに進化したものを作っても、必ずそこにはスイスの時計作りの伝統が息づいているわけです。
「ロジェ・デュブイの時計は“機能は形態に従う”でできているんです」
ニコラ 革新的なウォッチメイキングを行ってきたロジェ・デュブイですから、常識にとらわれず表現の可能性を追求する現代アートとの親和性はとても高いと考えています。実際に、今までアーバンアートトライブコレクションで発表してきたモデルは、どれもすこぶるロジェ・デュブイらしいでしょう?
もともと、ロジェ・デュブイの製品哲学は“ファンクション・フォローズ・フォーム(機能は形態に従う)”。普通は“フォーム・フォローズ・ファンクション(形態は機能に従う)”ですよね。でも我々は逆。
ムーブメントや機能ではなく、何よりも美しいデザインが先にありき。高級時計はしばしばアートにたとえられますが、我々が作るもの以上にアートに近いものはないと自負しています。
── そんなロジェ・デュブイの展望を教えてください。
ニコラ 占い師じゃないので断言はできませんが(笑)、時計の未来を切り拓くブランドであり続けたいと考えています。そのためにも異分野の方々とのコラボも積極的に行う必要があると考えています。
他の方々の視点を取り入れることで、ブランドは活性化する。一番いけないのは自分たちの世界に閉じこもり過ぎて独善的になってしまうこと。良い意味での“異物混入”は必要だと考えています。
「機械式時計の魅力は、身に付けるほど増していく」
ニコラ ひと言でいえばエモーショナルな存在だからです。毎日充電しなければ動かなくなるものと、どうすれば心を通わせることができますか? しかも半年経ったら、“もう古い機種”になってしまうんですよ。
その点、機械式時計は何十年と着用し続けることができる。むしろ、身につける方の誇りや思い入れ、思い出のようなものがどんどん堆積し、ますますかけがえのないものになっていく。そこに我々のような世代だけでなく、デジタルネイティブの若い世代も気付き始めている。
私は機械式時計がデジタルデバイスに駆逐されることは絶対ないと信じています。両者は完全に別物なんですよ。
● ニコラ・アンドレアッタ
1973年イタリア生まれ。ミラノのカトリック大学を卒業後、ヨーロッパやアジアの時計ブランドにてキャリアを重ね、2003年に自身の企業を設立してラグジュアリーウォッチの製造や配給を行う。10年後、ティファニーの時計部門責任者に就任。2018年、ロジェ・デュブイに最高経営責任者として参画。