2026.06.27
名建築に名湯、名庭園。伊豆長岡「三養荘」は、浮世の憂さを忘れて自分時間を取り戻すのに最適な宿!
伊豆長岡の低山に囲まれた広大な敷地に素晴らしい日本庭園と見事な和風建築を擁する「三養荘」。華麗な歴史を今に伝えるまさに名門と呼ぶにふさわしい日本旅館です。日々の仕事に疲れたオヤジさんがデジタルデトックスも兼ねて自分を取り戻す時間を過ごすのにこんなにふさわしい宿はありません。
BY :
- 文/木村千鶴
- CREDIT :
編集/森本 泉(Web LEON)

▲ 新館正面玄関前。屋根を軽く見せるために両端がこけら葺きになっている、村野建築の真骨頂です。
24時間、常にスマホの通知に追われる現代のビジネスエリートの皆さま。今や生活のすべてがデジタル化され、便利な反面、心が休まる時間もないですよね。そんな忙しない日常からエスケープするのに必要なのは、あらゆる喧騒から遮断された「静寂」ではないでしょうか。
都心からわずか2時間、伊豆長岡に佇む「三養荘」は、そんな大人のワガママを極上のホスピタリティで受け止めてくれる場所。計算され尽くした侘び寂びの世界へ、大切な彼女を連れて“お忍び”で出かけてみませんか?
財閥が遺した侘び寂びと、名匠たちのこだわり

▲ 日本庭園から見た本館。無駄のないキリッとした建築美に、思わず背筋が伸びます。
すっきりとして美しい正面玄関の向こうに広がるのは、緑深い壮大な森。こちら三養荘は、すべて合わせるとなんと4万2000坪(!)という広大な敷地を持ちながら、部屋数はたったの30室。各棟が離れ形式になった本格的な和風旅館では、驚くほど人とすれ違うことがないのです。
そこにあるのは、財閥が遺した侘び寂びの世界観と、建築家のこだわりが詰まった意匠、そして敷地を流れる小川の水音と小鳥のさえずりだけ。せっかくの機会ですから、スマートフォンやPCはラゲージの奥底へ仕舞い込み、デジタルデトックスを決め込んじゃいましょう。「何もしない」を実践する、最高の贅沢時間を味わってください。

▲ 額縁のような窓から見える庭は、四季折々に掛け替える美しい絵画のよう。
三養荘は今やその名が広く知られる歴史ある高級旅館ですが、実は元から旅館だったわけではありません。1929年、旧三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎の長男・久彌氏の別邸として建立されたのが始まりです。旅館として営業を開始したのは戦後の1947年。その後1988年に、文化勲章を受章した昭和の名建築家・村野藤吾の設計による新館がオープンしました。
国の登録有形文化財である本館の和風建築は当然美しいのですが、その面前に広がるお庭がまあ、見事なこと。作庭したのは、近代日本庭園の先駆者とされる京都の名庭師・小川治兵衛。久彌氏の書斎として使われていた部屋から箱根十国峠以南の山々を望み、これを京都の東山の風景に見立てて借景庭園を造り上げたのだとか。庭木や石の配置もすべて京風に仕立てられており、その景色は建立当時から今でも大きく変わってはいないと言 われています。

▲ 和モダンの真骨頂とも言える正面玄関。靴を脱いで上がります。

▲ 本館貴賓室の御幸の間。昭和天皇はこちらに宿泊されたそうです。
建築の美しさは、もちろん本館だけにとどまりません。新館は村野藤吾が90歳を過ぎて手がけた最後の作品(※実施設計は没後、南側を時園國男、北側を近藤正志が担当)で、これまでの集大成ともいうべく細部にわたり村野のこだわりが見て取れます。
建物全体は自然の地形を生かした造りで、屋根は軽く薄く、少し丸みを帯びたこけら葺き。障子の組子も細く薄くスマートなデザインです。そして、村野が好んで使用したとされる日本古来の伝統文様「猪目(いのめ)」が、館内のあちらこちらに“猪目窓”として設けられています。

▲ ハートの形に似た可愛らしい猪目窓。
猪目は魔除けや火除け、福を招くとされ、神社仏閣の建築装飾によく見られる文様。伝統を継承しつつ、新しい感覚を加味したモダンな造りこそが、村野建築の最大の魅力でしょう。視点を低く抑えることで空間を広く見せるマジックや、離れをつなぐ長い廊下にも、歩くだけでドラマを感じてしまいます。どこを切り取っても「本物の風格」がさらりとそこにある空間。その美しさを守り、維持することの贅沢さに、同伴した彼女も静かに圧倒されるはずですよ。
現世の澱を流す名湯と、季節の彩りを五感で味わえる懐石料理
では、ここでのおすすめの過ごし方を伝授いたしましょう。新館は全部屋にプライベートな庭と、掛け流しの温泉が付いています。まずお部屋に着いたら、一度深呼吸。さっそく温泉に浸かって現世の澱(おり)を流しましょうか。

▲ 十分な広さが確保された部屋付き温泉。いやはや、名湯でした。
伊豆長岡温泉は、鎌倉時代から湯治場として知られ、歴史書には源頼朝も入浴したと記録されている名湯です。客室内の掛け流し温泉は、pH9.1という高濃度のアルカリ性単純泉。クセがなく柔らかな感触の湯で、入れば入るほどお肌がツルッツルになるんです! 筆者も温泉にはかなり入ってきた方だと自負しておりますが、自分調べの美肌効果は国内でもかなりの上位だと断言します。
そして滞在中は終始、お部屋の中では下着もオフ! 浴衣一枚で過ごすのが正解です。スルッと脱ぎ捨て、すぐに湯に浸かる。浴衣とは、文字通り「お風呂のためにある」のだと、五感で再発見するに違いありません。もちろん、大浴場にある開放的な露天風呂も外せません。

▲ 旬菜、地元の旬の食材を使ったもの。特にホワイトアスパラが絶品。
さて、旅のもうひとつの楽しみは、やっぱりお食事ですよね。食事は基本的に大広間でいただきます。海の幸も山の幸も豊富な伊豆長岡という土地柄を生かし、地元の素材を中心として丁寧に仕上げられた三養荘の懐石料理は、季節の彩りを五感で味わえる、美しく優しいお味。彼女との会話も自然と弾みます。

▲ 白身の魚は煎り酒でいただきます。これがまた美味いのなんの。
極上の懐石を存分に堪能した後は、2026年の春に復元されたばかりの「月見台」へ足を運んでみてください。月見台は、月を愛でる日本の観月文化を体現した空間として設置されているのですが、楽しめるのは月だけではありません。風の音、鳥のさえずり、そして何より心地いいのが「水音」の演出です。

▲ 秋には紅葉が楽しめそうな月見台。
実はこの月見台、座る位置によって聞こえてくる水音が変わるように計算し尽くされているのです。奥に座れば岩肌を優しく流れる繊細な水音が、手前に進めばダイナミックに流れる小川の音が耳に届く──そんな風流なギミックに身を委ねていると、日々の忙しさから完全に遮断され、心までじんわりとデトックスされていくのが分かります。(ちなみに、夜遅くなるとこの水がピタッと止まるのも、静寂が深まってまた一興なんです)。

▲ 月見台は大広間から続く場所にあります。
今後は、この特別な空間でお茶体験やジャズの生演奏といった、四季に応じた小粋なイベントも予定されているそう。大人の夜を締めくくるのに、これ以上ない特等席ですね。
歴史の風を感じる、大人の爽快サイクリング
宿の静寂を十分に堪能したら、翌朝は少しアクティブに動いてみるのはいかがでしょうか。旅館のすぐ近くでレンタサイクルを調達し、狩野川の河川敷を風を切って走る。目指すのは、旅館の向こうに見える「守山(もりやま)」です。
実はこの伊豆長岡・韮山の一帯は、鎌倉幕府の執権として一世を風靡したあの「北条氏」の本拠地。守山はまさに、その中心地だった場所なのです。
爽やかなサイクリングコースをスマートにエスコートしつつ、目的地に到着したら「ここはね……」と、ちょっとした歴史のウンチクを彼女に語ってみるのも大人の男の嗜みというもの。

▲ 木漏れ日に光る小川。何時間でも眺めていられそう。
「ここにはかつて北条氏の広大な館があってね。平成の発掘調査で、平安末期から鎌倉初期の貴重な遺物が大量に見つかって、国の史跡に指定されたんだ。でも切ないのはここからで、鎌倉幕府が滅亡した後、生き残った北条一族の女性たちがこの韮山に戻ってきてね。円成尼(えんじょうに)という女性を中心に、この館の跡地に寺を建てて、滅びゆく一族の冥福を静かに祈り続けた場所でもあるんだよ」
──そんな北条氏の興亡のロマンに思いを馳せれば、ただの景色がガラリと深みを増して見えてくるから不思議です。歴史のドラマを感じる爽快な外遊びをエスコートする。そんな知的なギャップも、大人の男の魅力を格上げしてくれますよ。
歴史、文化、意匠、そして圧倒的な静寂。忙しい日々の中で、たった1日だけでも良い。鳥の声に耳を傾け、ただ温泉に出たり入ったりする。そんな贅沢な「何もしない時間」をエスケープの口実にして、ぜひ彼女の手を引いてみてくださいね。

■ 伊豆長岡温泉 三養荘
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