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2026.11.07

走らせないハイパーカー「パガーニ」がつなぐ出会い。投資家・川尻征司が見つけた本当の豊かさ

一台で数億円というハイパーカー「パガーニ」を所有しながら、自らハンドルを握ることはほとんどないという投資家・川尻征司氏。楽しみは、造形を眺め、エンジンの音を聴き、そしてクルマを通じて出会った人たちとの交流だという。美容師から不動産事業家へと転身した異色の経歴を持ち、現在はアートや社会貢献活動にも取り組む。そんな彼が惹かれた「パガーニ」の美学と、その先に広がる出会い、人生を豊かに楽しむヒントとは?

CREDIT :

写真/トヨダリョウ 文・編集/秋山 都(Web LEON)

憧れのクルマを手に入れたら、どこへ走りに行こうかと考える……そんな“普通”とは少し違う楽しみ方をしているのが、川尻征司さんです。


彼が所有するのは、イタリアのハイパーカーブランド「パガーニ」。世界でも限られた人しかオーナーになることが許されない、究極のラグジュアリーカーです。なかでも川尻さんが所有する「ウアイラ」は、創業者オラチオ・パガーニ氏から直接譲り受けたという特別な一台。にもかかわらず、自らハンドルを握ることはほとんどありません。普段はディーラーに管理を任せ、たまに見に行っては、その美しい姿を眺める程度だといいます。

川尻征司 KAWAJIRI FOUNDATION パガーニ

▲ 自身がオーナーであり、ギャラリストを務める「tHE GALLERY HARAJUKU」にて川尻征司氏。

そんな話を聞けば、ただのコレクションか、それとも富の象徴として所有しているだけなのかと思うかもしれません。ところが、どうやらそのどちらでもなさそうで?


「きれいだなあと眺めたり、エンジンの音を聞いたり。もちろんクルマそのものも素晴らしいんですが、僕が『パガーニ』を所有して一番よかったと思っているのは、実は別のことなんですよ」


別のことって? そもそも、なぜ彼はこのクルマを手にしたのか? その答えを探るには、川尻さんの少々ドラマチックな経歴をたどる必要がありそうです。

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美容師から不動産業へ。人生を変えたフィリピンでの出会い

── もともとは美容師でいらしたそうですね。


川尻征司(以下、川尻) 父が理容師、母が美容師で、兄も美容師という一家に育ったので、僕も自然とその道に進みました。高校を卒業する前から美容室で働き始めて、当時は先輩のカバン持ちから始まるような厳しい世界でしたね。店長にまでなりましたが、正直に言うと、美容師として飛び抜けて優秀だったわけではないんです。手荒れもひどかったですし、体力的にもあまり向いていませんでした(笑)。

── でも、そこで別の才能を見いだされたとか。


川尻 そうなんです。あるとき、アメリカから帰国して美容室を15店舗ほど展開していた経営者と出会ったんです。その方から「君は技術者というより、経営やマネジメントに向いているんじゃないか」と言われまして。もともと経営学やビジネスの本を読むのが好きだったので、その言葉は自分でも腑に落ちるところがありました。


── 2011年にはフィリピンへ渡られます。そこで不動産との接点が生まれるのですね。


川尻 最初は出張美容師として、政治家やモデルなどのお客様のところへ伺っていたんですが、なかなかうまくいかなくて。そんなある日、マニラの街でパリス・ヒルトンが広告に登場しているコンドミニアムを見かけたんです。「なぜフィリピンの不動産広告にパリス・ヒルトンが?」と興味を持って、販売会社を訪ねてみました。すると、すごくきれいなコンドミニアムが600万円ほどで売られていたんです。しかも、まだ建設前なので、頭金を入れれば、残りは完成までの数年間で分割で支払えるという「プレビルド(プレセールス)」という手法でした。日本の不動産とはずいぶん違う仕組みで、これは面白いなと思いました。


── それがビジネスになると直感した?


川尻 いえ、最初は商売にするつもりはまったくなかったんです。ただ面白いものを見つけたと思って、SNSで紹介しただけ。そうしたら、それを見た大阪の不動産会社の会長さんが興味を持って、フィリピンまで来てくださったんです。その方が最初に何戸か購入してくださって、「ほかにも面白い物件を探してほしい」と。それで現地のデベロッパーと話をして、日本人向けに仲介を始めました。そこからさまざまな物件を扱うようになり、最終的には700室ほど販売しました。

川尻征司 KAWAJIRI FOUNDATION パガーニ
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── その後、投資の分野にも広げていかれましたね。


川尻 そこから不動産開発だけでなく、マイクロファイナンスという小口融資の事業や、電力関連の投資などにも関わるようになりました。もちろん、すべてがうまくいったわけではありません。投資先の会社が潰れてしまうこともありましたし、成功するのは全体の2割くらい。ただ、その2割の成功が、残りの失敗を補ってくれることもある。そうやって少しずつ経験を積んできました。


── 2021年に帰国されてからは、アートとの関わりも深まっています。


川尻 日本に戻って、クリエイティブカンパニー「NAKED INC.」の村松亮太郎さん*¹と出会ったことが、大きな転機になりました。

註1)1997年にクリエイティブカンパニーNAKED Inc.を設立以来、映画やTV、MV、広告、空間演出など、ジャンルを問わず様々なプロジェクトを率いてきた アーティスト、映画監督、演出家、クリエイティブディレクター、大阪芸術大学客員教授。

川尻征司 KAWAJIRI FOUNDATION パガーニ

── 村松さんとの出会いによって、どんな変化があったのでしょうか。


川尻 僕はもともと美しいものや、人を感動させるものが好きだったので、話が合ったんです。そこから一緒に事業をつくったり、いろいろなプロジェクトを手がけたりするようになりました。ちょうどコロナ禍を経て、自分の価値観も変わり始めていたころでした。それまではビジネス中心で、物欲もそれなりにあったんですが、次第にモノを買うよりも、旅行をしたり、美しい景色を見たり、何かを体験することにお金を使いたいと思うようになって。世界40カ国ほどを旅したのも、その頃からです。

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「世界に400台」のクルマが教えてくれた、本当の豊かさ

── そうしたなかで、「パガーニ」と出会ったのですね。


川尻 きっかけは、前澤友作さんが所有しているパガーニを YouTube などで見たことでした。。でも、惹かれたのは希少性や価格だけではありません。創業者のオラチオ・パガーニさんは、レオナルド・ダ・ヴィンチの思想に大きな影響を受けていて、芸術と科学、デザインと技術を融合させてクルマをつくっているんです。一台のクルマを芸術作品として捉えている。そこがすごく面白いと思いました。


── 実際に手に入れるまではどのようなやりとりがあったのですか。


川尻 最初はディーラーを通じてアジア太平洋地域の担当者を紹介してもらいました。ところが、いわゆる営業らしい営業はまったくないんです。食事をしながら互いの人生について話したり、ブランドの歴史を聞いたり。クルマを売るというより、まず人間関係を築いていくような感じでした。その後、香港でのイベントに招待されて、オラチオさんとお会いする機会がありました。イベントのあと、バーでお茶を飲んでいたら、突然「君はまだ若いから、僕のクルマを一台譲ってあげようか」と言われたんです。


── そこで即決されたそうですね。


川尻 はい、その場で「お願いします」とお返事しました。


── 譲り受けたモデル「ウアイラ」は数億円とも言われる究極のハイパーカーですが、川尻さんは走らせる以外の楽しみ方をされているそうですね。


川尻 普段はディーラーに管理してもらっていて、たまに見に行くくらいです。きれいだなあと眺めたり、エンジンの音を聞いたり。もちろんクルマそのものも素晴らしいんですが、僕が「パガーニ」を所有して一番よかったと思っているのは、実は別のことなんですよ。

川尻征司 KAWAJIRI FOUNDATION パガーニ
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── というと?


川尻 世界中の「パガーニ」オーナーたちとのコミュニティに入れたことです。年に何度か、世界各地でオーナーが集まるツーリングイベントがあって、僕も京都やサウジアラビアで参加しました。40台ほどが集まって、数日間一緒に旅をするんです。参加しているのは、世界的な企業の経営者や大株主など、普通に暮らしていたらなかなか出会えない人たちばかり。ところが、皆さん驚くほど自然体なんです。派手なブランドの服を着ているわけでもないし、ギラギラした感じもない。むしろ、とてもシンプルなんですよ。


── 一緒に旅をすると、肩書だけではわからない一面にも触れられそうです。


川尻 そうですね。皆さんきちんと身体を鍛えていて健康的。朝から一緒に走ったりもするんです。数日間ずっと行動をともにするので、自然と親しくなりますし、いろいろな話を聞くことができる。世界には、まだまだ自分の知らない考え方をする面白い人たちがいるんだと実感しました。


── 共通の美意識を持つ人たちとの出会いが、人生の楽しみを広げてくれたのですね。


川尻 まさにそうなんです。クルマをきっかけに、世界中に友人ができて、普通なら経験できないようなことを経験させてもらっている。僕にとっては、それが何よりの価値なんです。それから、オラチオさんとの出会いも大きかったです。彼はアーティストであり、デザイナーであり、優れた経営者でもある。僕は以前、アートとビジネスは別々のものだと思っていたんですが、彼を見ていると、必ずしもそうではないんだと気づかされます。金融なら金融、不動産なら不動産と、ひとつの分野に自分を限定する必要はない。美しいものを生み出すことも、ビジネスを成功させることも、ひとりの人間のなかでつながっていていいんだと。


── そうして考えると、クルマもアートも、川尻さんのなかではつながっているのですね。


川尻 一見バラバラに見えるかもしれませんが、僕の中ではひとつにつながっているんです。美しいものや、人を感動させるものに対する好奇心があって、そこに自分の時間やお金を使いたい。それは昔から変わっていないのかもしれません。

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今度は誰かの「きっかけ」をつくりたい

── 川尻さんは公益財団法人「KAWAJIRIFOUNDATION」*²を通じた学生への奨学金給付や、原宿に設立した「tHE GALLERY HARAJUKU」*³での若手アーティストに表現の場の提供など、社会貢献活動をされています。そうした活動を始めたきっかけは?


川尻 実は、最初の息子を2歳半で亡くしているんです。水頭症という病気でした。それをきっかけにフィリピンの病院などへの支援を始め、寄付や社会貢献をすることが自分のなかで自然なことになりました。日本に帰国してからも財団を通じて学生の支援などを続けていますが、「おかげで大学に進学できました」といった感謝の手紙をいただくと、本当にうれしいですね。

註2)公益財団法人「KAWAJIRI FOUNDATION」は、経済的な理由により学費の支弁が困難な大学生に向けて奨学金を給付している。

註3)アートとカルチャーを支援する「Kawajiri Art Project」の一環として「tHE GALLERY HARAJUKU」(東京・原宿)を設立。若手アーティストに表現の場を提供している。

川尻征司 KAWAJIRI FOUNDATION パガーニ
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── 活動を続ける今、ご自身の役割をどのように考えていますか。


川尻 「きっかけをつくること」なのかなと思います。財団の支援が進学のきっかけになったり、ギャラリーが若いアーティストの可能性を広げるきっかけになったり。僕自身も、フィリピンへ渡ったことや、いろいろな人との出会いによって人生が変わりました。だから今度は、自分が誰かの人生を変えるきっかけをつくれたらいいなと。


── 今後はNAKEDの村松さんと、新しいプロジェクトも始められるそうですね。


川尻 アートやビジネス、文化など、異なる分野の人たちが交わることで、新しい価値が生まれるような場をつくっていきたい。その第一弾として「パガーニ」をテーマとしたイベントを開催することにしました。「パガーニ」がどんな哲学から生まれ、芸術と技術がどう融合しているのかを体験してもらいたい。会場をひと回りしたときに、何か新しい発見や気づきを持ち帰っていただけたらうれしいですね。


ほとんど走らせないクルマが、人生を思いがけない遠くへ連れていく……川尻さんの話を聞いていると、そんな楽しみ方があることに気づかされます。手元にある特別な一台の美しさに惹かれて、そのつくり手と出会う。旅をともにする友人ができ、知らなかった考え方に触れる。ガレージで眺める楽しみの先に、未知の世界やかけがえのない人々と出会う「扉」があったのでしょう。そして、その出会いから受け取ったものを、今度は誰かへ。学生が学び続けることでき、若いアーティストが作品を世のなかに届けられるように。


次々と新しい扉を開いてきた川尻さんですが、これからは誰かのために扉を開き、その背中を見届けることが、何より楽しい人生のドライブになるのかもしれません。

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川尻征司 KAWAJIRI FOUNDATION パガーニ

● 川尻征司(かわじり・せいじ)


1982年生まれ。美容師としてのキャリアを経て、2011年にフィリピンへ。不動産事業をきっかけに事業家へ転身し、ホテル事業やスタートアップなどへの投資を手がける。公益財団法人KAWAJIRI FOUNDATIONを通じて、経済的な理由で学費の支弁が困難な大学生に奨学金を給付。「tHE GALLERY HARAJUKU」の設立や、アートプロジェクト「DANDELION PROJECT」のサポートなど、アートとカルチャーの分野でも活動する。 書に『GLOBAL CITIZEN グローバル・シチズン 世界標準の自分らしく夢を叶える7ルール』(扶桑社)。


川尻征司 公式サイト:https://www.kawajiriseiji.com/



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