2026.09.19
月の食費100万円!? 世界を食べ歩く美食家・浜田岳文が「おいしい」の先に求めるもの
世界各地のレストランを食べ歩き、『美食の教養』の著者としても知られる美食家・浜田岳文さん。「食欲ではなく、好奇心で食べる」と語る彼を突き動かすものとは? 少年時代から現在の食生活、AI時代の料理、地方ガストロノミー、そして「食はアートになり得るか」という未来まで聞きました。
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撮影/吉澤健太
「世界一の美食家」と聞いて、皆さんはどんな人物を想像するでしょう。世界中の星付きレストランを渡り歩き、朝から晩まで美味なるものを食べ続ける、恰幅のいい食通紳士? 浜田岳文さんは、そのイメージとはずいぶん違います。
これまで世界約128カ国・地域を旅し、国内外のレストランを食べ歩いてきた浜田さん。現在は「世界のベストレストラン50」「アジアのベストレストラン50」の日本評議委員長を務めるほか、食にまつわる執筆やプロデュースなど、その活動は多岐にわたります。
そんな浜田さんの暮らしを聞いてみると、これが実にユニーク。年間の食費は1000万円を超える一方、自宅では一切食事をせず、コンビニやファストフードにもほぼ行かない。食べたいものがなければ空腹でも食べず、ときには数日間のファスティングも。さらには車や時計、家具といった「モノ」にもほとんど興味がなく、稼いだお金の多くを食と旅につぎ込んでいるといいます。

▲ 1年のうち約5カ月を海外、3カ月を東京、4カ月を地方で過ごしながら食べ歩く浜田岳文さん。これまで訪れたのは南極から北朝鮮まで、世界約130
カ国・地域に及ぶ。
なぜ、そこまで食に人生を捧げられるのか。
「僕は食欲で食べているわけではないんです。好奇心で食べているんです」
そう語る浜田さんですが、その言葉を辿っていくと、単なる“食いしん坊”とは趣を異にする「美食家」という生き方が見えてきます。幼いころから興味をもったことには徹底的にのめり込み、イェール大学から金融の世界へ。そして30代で仕事を辞め、旅と食へ人生を大きく振り切った浜田さん。
世界中を食べ歩いた先に見えてきた日本の食の未来、料理とアートの関係、そして明日世界が終わるなら最後に食べたいものまで——。世界一の美食家はいったい何を考え、何を食べ、どんなふうに生きているのか?

▲ イェール大学で政治学を学んだ後、外資系投資銀行と投資ファンドへ。M&Aや資金調達、プライベート・エクイティ投資などに約10年間携わったという異色の経歴の持ち主。現在の食に対するロジカルな分析力は、この時代に培われたものかも!?
「知りたい」が止まらなかった少年時代
—— まずは昔の話から。浜田さんは子どものころ、どんなお子さんだったんですか?
浜田岳文(以下浜田) 今と変わらず、探究心の強い子どもだったと思います。興味を持ったものにはどんどんのめり込むけれど、興味のないものにはまったく関心がない。かなりバランスの悪い子どもでした(笑)。
本を読むのがとにかく好きで、小学校に上がる前からずっと読んでいました。小学校1年生のときには、本に集中しすぎて、先生が教室に入ってきても僕だけ立ち上がらなかったことがあったくらい。週末になると、宝塚(兵庫県)の自宅から大阪の大きな書店へ連れて行ってもらって、4〜5時間ずっと本を読んでいました。だいたい1日1冊くらいは読んでいましたね。
—— どんな本を読んでいたんですか? 子どもなら小説や物語に夢中になりそうですが。
浜田 小さいころは江戸川乱歩なども読みましたけれど、小学校に入ってからは、ほぼノンフィクションです。政治や経済、哲学、現代思想とか。いま考えると、物語そのものよりも「知らないことを知る」ことが好きだったんでしょうね。知識欲というか、とにかくいろいろなことを知りたかった。
中学に入ると学校生活だけでは刺激が足りなくなって、スキューバダイビングを始めました。ダイビングそのものも面白かったんですが、そこへ行くと大人と会えるんですよ。それがすごく楽しかった。中学3年生のときには、そこで知り合った年上の人と沖縄へ行って、自転車で島を回ったりもしました。
—— その「知らない世界を見たい」という気持ちが、やがて海外へ向かったのでしょうか。
浜田 そうですね。中学3年生でハワイへ行き、高校2年から3年にかけては交換留学でアメリカへ行きました。そこで周りの高校生が普通にアメリカの大学を目指して勉強しているのを見て、「自分も勉強すればアメリカの大学へ行けるんだ」と気づいたんです。それでイェール大学へ進学しました。
大学では1年目に全員が寮に入るのですが、その食事が本当においしくなかった(笑)。焦げたハンバーガーのパティや、着色料で緑色になったゼリーが並んでいて、「これはまずいし、食べ続けたら体にもよくない」と。それで大学のあるニューヘイブン(コネチカット州)から、月に1、2回、逃げるようにニューヨークへ食べに行くようになりました。振り返ると、食にのめり込んでいくきっかけのひとつは、意外にも「おいしくないもの」だったのかもしれません。
—— その後はパリにも留学されていますね。そこで人生を変えるような料理との出会いはありましたか?
浜田 ありました。当時パリに「ターブル・ダンヴェール(La Table d'Anvers )」(現在は閉店)というレストランがあって、そこで食べた「モンテクリスト」というデザートです。葉巻のエッセンスを使い、その苦味やコクをトロピカルフルーツと合わせたものでした。
当時の僕にとって、デザートといえばチョコレートやフルーツを使うものというイメージだったので、葉巻を使うという発想そのものが衝撃でした。単においしいだけではなく、「こんな表現の仕方があるのか」と。21歳くらいのころですね。いま思えば、料理には味覚を満足させる以上のものがあると知った体験だったと思います。
—— 大学卒業後は金融の世界で約10年間お仕事されています。そこから現在のように、旅と食を中心とする人生へ舵を切ったのはなぜですか?
浜田 もともと旅はずっと好きだったので、あるとき、自分が生きているうちに行きたい場所、やってみたいことを全部リストアップしてみたんです。そうしたら50以上あった。年に2回の休暇で行ったとしても25年以上かかる計算になります。年を取ってからではできないこともあるし、治安などを考えると若いうちでなければ行きにくい場所もある。それなら仕事を辞めない限り無理だな、と。
僕はもともと、後悔するのがすごく嫌いなんです。もし明日死ぬとしたら、行きたいところへ行かなかったことを絶対に後悔する。それなら、先に全部行ってしまおうと思いました。そうして仕事を辞めて、旅を始めたんです。
食欲ではなく、好奇心で食べる

▲ 世界中を旅し、食べ続けてきた浜田岳文氏が、その膨大な経験と知識を一冊に凝縮した『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』(ダイヤモンド社)。「おいしい」の先にある歴史や文化、社会まで、美食の世界をぐっと深く楽しむための一冊。
—— 金融の仕事を辞めて、旅へ出て、いまや「美食家」が仕事になったわけですが、普段はどんな食生活なんですか? 朝ごはんは食べないそうですね。
浜田 食べないですね。というか、今日はファスティング3日目です(笑)。水とEAA(必須アミノ酸)だけで過ごしています。ファスティングはいろいろ試していて、だいたい3カ月に1回くらい。今回は、明日の昼に仕事で食べる予定があるので、今晩から味噌汁などを飲んで少しずつ戻していきます。
普段も、自宅ではまったく食べません。そもそも僕は、空腹だから食べるということがほとんどないんです。食欲で食べているわけではなく、好奇心で食べている。だから、好奇心を持てないものは口に入れたいと思わないんですよね。
—— 「お腹が空いたから、とりあえず何か食べよう」がないんですか。コンビニへ行ったり、ファストフードを食べたりすることも?
浜田 ほとんどないです。カップラーメンも少なくともこの10年は食べた記憶がないですし、マクドナルドのハンバーガーも20年以上食べていないと思います。牛丼も人生でほとんど食べたことがないですね。自分が食べたいと思えるもの以外は、基本的に食べない。それが太らない理由でもあると思います。運動もほとんどしないですから(笑)。家でリモートワークをしている日は、300歩くらいしか歩かないこともあります。
——では、食べることには相当なお金を使いますよね。ひと月の食費はどのくらいですか?
浜田 食事だけなら、100万円を超えることもあると思います。いろいろ仕事をさせていただいて、稼いだお金はほとんどそこに使っていますね。
逆に、モノにはまったく興味がないんです。自宅も備え付けの家具があるところに住んでいて、自分の家具はありません。時計やクルマにも興味がないし。モノがあること自体が僕にとってはストレスなんです。唯一、なくなると困るのは音楽くらいですね。音楽は大好きなので。
—— それだけレストランへ行っていると、「今日はハズレだったな」ということもあるでしょう?
浜田 自分で選んだ店なら、ほとんどないですね。日々向き合って食べていると、ある程度想像がつきます。シェフの経歴や料理の文脈もそうですし、メニューを見ればだいたいわかる。写真まであれば、ハズレることはまずありません。
ただ、いまは食について発信する立場でもあるので、自分が行きたい店だけに行けばいいわけではないんです。話題になっている店について聞かれることもあるから、行っておかなければならないこともある。そういう場合には「少し残念だったな」と思うことはありますけどね。
—— そこまで食べ続けられる原動力は何なのでしょう。「おいしいものを食べたい」という欲求だけではないんですよね?
浜田 そうですね。「うまい」だけだったら、そこまで興味はないんです。ある程度うまいものを作ること自体は、それほど難しくない。いい食材を重ねていけば、うまくはできますから。
僕が知りたいのは、その先なんです。なぜこの料理を作るのか。どんな土地や文化、歴史を背景にしているのか。その人にしか作れないものは何なのか。だから食べることは、僕にとって知らないものを知ることなんだと思います。子どものころ、本屋に何時間もいて知らないことを知ろうとしていたのと、実はあまり変わっていないのかもしれません。

▲ 自宅ではまったく食事をしない浜田氏。「一応、冷蔵庫はありますが、入ってるのは水と(もらいものの)チョコレートだけ」。
「うまい」の先に、食の未来はある
—— では、ここから未来の話を。10年後、2036年くらいの東京の食はどうなっていると思いますか?
浜田 まず、食材は大きく変わっているでしょうね。特に海の変化は、この5年、10年を見ていても明らかです。マグロにしても獲れる場所が既に変わっていますし、いま獲れているものが獲れなくなる。一方で、新たに獲れるようになるものもあるでしょうけれど、全体としてはネガティブな影響のほうが大きいと思います。
もうひとつは、料理人の修業の問題です。働き方が変わるなかで、昔のように時間をかけて技術を身につけることが難しくなっている。職人技をどう次の世代へ受け継いでいくのかは、大きな課題になるでしょうね。
さらに日本経済が弱い状態や円安が続けば、海外へ出ていく料理人も増えると思います。特にアントレプレナーシップのある料理人ほど、海外へ目を向けるでしょう。一方で、日本にはまだ優れた食材や技術があるので、海外から日本へ学びに来る人もいる。人材の流れは、いま以上に国境を越えていくと思います。
—— そこにAIが加わると、料理人の仕事も変わっていきますか?
浜田 変わると思います。たとえば仕込みや加工など、料理人が仕上げる以前の工程では、AIやテクノロジーがかなり役に立つでしょう。すでにカジュアルな店では、AIと相談しながらレシピを作るようなことも起きています。
そうなれば逆に重要になるのが、「なぜ、その人でなければならないのか」ということ。なぜこの料理を作るのか。どんな経験や文化的背景から生まれたのか。そこにどんなストーリーがあるのか。AIができることが増えるほど、逆にそうした人間にしか作れないものの価値が高まっていくと思います。

▲ 年間数百軒ものレストランを訪れる浜田さんだが、自ら予約を取って定期的に通うのは「新ばし 星野」(東京・御成門)、「松川」(東京・赤坂)、「片折」(石川・金沢)の3軒だけ。「自分が本当に行きたい店となると、日本料理ばかりなんです」。
—— 浜田さん自身は今、「食はアートになり得るのか」というところまで踏み込んでいます。なぜ食をアートとして捉えるのでしょう?
浜田 料理を見て「芸術的ですね」と言うことはありますよね。でも、料理人が画家や彫刻家、音楽家などと同じレイヤーの「アーティスト」として認識されているかというと、そうではないと思うんです。たとえば芸術祭があっても、料理人は作品を発表する側ではなく、レセプションパーティーの料理を作る人として呼ばれることが多い。でも、メインの展示とレセプションの料理は、明らかに同じレイヤーではないですよね。僕はそれがずっと嫌だったんです。その不満を「前橋国際芸術祭」の実行委員長である田中仁さん(ジンズホールディングスの創業者兼代表取締役会長CEO)に伝えたら、「だったら、やってよ」と(笑)。それが今回の《Food as Art?》につながりました。
—— 前橋国際芸術祭2026は、現代アートだけでなく建築や音楽、詩、演劇、そして「食」まで、多彩な表現を街の中で交差させる初開催の芸術祭です。 《Food as Art?》では、コペンハーゲンの劇場型レストラン「Alchemist」のラスムス・ムンクさんや、大阪のイノベーティブフレンチ「ラシーム」の高田裕介さんらとともに、「食は現代美術の領域に入り得るか?」を検証するそうですね。 では、どんな料理なら「アート」になるのでしょう?
浜田 もちろん、すべての料理がアートだとは思っていません。それは絵だって同じですよね。何かを描けばすべてがアートになるわけではない。今回、僕が特に考えたいのは「コンテンポラリーアートとしての食」なんです。僕はアートの専門家ではありませんが、コンテンポラリーアートでは、作品そのものの美しさではなく、「なぜこれを作ったのか」「何を問いかけているのか」というメッセージが重要ですよね。食も同じことができるんじゃないかと思っています。
ただおいしい、美しいというだけではなく、その料理を通じて何を伝えたいのか。社会や環境に対してどんな問いを投げかけているのか。そうしたメッセージを持つ食を、僕はコンテンポラリーアートとして提示してみたいんです。

▲ 浜田氏が食と同じくらい好きなのが音楽。クラシックからUKロック、ダンスミュージックまで守備範囲は広いが、ただ「好き」で終わらないのが浜田流。音楽も料理と同じく、作り手の背景やクリエイティビティの源泉まで突き詰め、現在は飲食店のためのBGMのキュレーションも手掛ける。
世界中を旅し、ひと月の食費は100万円を超えることも。今は食をアートの領域にまで押し広げようとしている……浜田岳文という人は、もはや私たちとは別の胃袋と頭脳を持つ生き物のように思えてきました。そこで
最後に、こんな質問を。
「明日、世界が終わるとしたら、今日、何を食べますか?」
「炊きたての白いごはんですね」
なんと、おかずすらいらない、と。そして実家に帰れば、お母さまがつくるさつま汁や粕汁、切り干し大根がうれしい、とも。よかった。普通のヒトでもあったんだとちょっぴり安堵しました。世界中の美味を追いかけ、「うまい」の先にあるものを探し続けても、最後に帰ってくるのは白いごはんと母の味。美食の果てにあるものは、案外、私たちのすぐそばにあるのかもしれません。

浜田岳文(はまだ・たけふみ)
1974年、兵庫県宝塚市生まれ。米国イェール大学卒業後、外資系投資銀行、投資ファンドで約10年間勤務。その後、約2年間の世界一周へ。南極から北朝鮮まで世界約128カ国・地域を食べ歩き、国内外で食や旅について発信する。著書に『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』(ダイヤモンド社)。
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