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2023.12.22

林 伸次さん(作家・バー店主)

作家と人気バーの店主。憧れの二刀流生活を成功させた秘訣とは?

LEON.JP連載『美人はスーパーカーである』でお馴染み、「bar bossa」店主で作家の林伸次さん。これまでは恋愛マスターとして大人の恋についてのお話を伺ってきましたが、今回のテーマはビジネス。作家と人気バーの店主という憧れの二刀流生活を成功させた秘訣を伺いました。

CREDIT :

文/木村千鶴 写真/内田裕介(タイズブリック) 編集/森本 泉(LEON.JP)

林伸次 LEON.JP
地震やパンデミックに海外の戦争、株の大暴落など、事が起こる度に大きく揺らいできた日本の経済。その波をじわじわと、そして最も強く受けてきたのが飲食業界ではないでしょうか。ただでさえ競争が激しい渋谷の街で、この激動の時代に25年間バーの営業を続けてきたのが、LEON.JP連載『美人はスーパーカーである』でもお馴染み「bar bossa」店主で作家の林伸次さんです。

林さんはどのようにしてこの荒波を乗り越えてきたのでしょう。10月上梓された新刊『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりに過ぎない。』(幻冬舎)の話に絡めて、長きにわたりお店を続けてこられた秘訣などを語っていただきました。

師匠から教わった潰れないバーの条件とは

── 林さんは25年間渋谷でバーを経営する傍ら、作家としてこれまで8冊の本を世に送り出し、今回9冊目に当たる新刊『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりに過ぎない。』(幻冬舎)を上梓されました。バーの仕事と物書きとしての仕事、二刀流で仕事を始めたのはいつ頃からですか。

林伸次さん(以下、林) 東日本大震災の後、店存続の危機と言えるほど売り上げが落ち込んでしまって、宣伝のためにFacebookで文章を書き始めたんです。初めはワインや音楽についての話を書いていましたが、なかなか「いいね」がつかない。試しに恋愛の話を書いてみたら多くの人に読まれるようになって、それがきっかけで常連だったnote社の加藤貞顕さんに「cakes(note社が運営していた有料オンラインマガジン)でコラムを連載しませんか」とお声がけいただいたんです。

僕は若い頃から村上春樹に憧れていて、バーをやる前から小説家になりたかったんです。ただ忙しい中で実現する事ができなかった。その夢が図らずもお店のピンチで実現し、経営を助け、今に至っているといったところです。
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林伸次 LEON.JP
── 二刀流の働き方のいいところは?

 どちらかの収入が減っても、もう一方があればなんとかなるのがいいところかもしれません。でも僕は何度もお店を辞めようかなと思っているし、それを妻にも周りの人にも言うんですが、全員「絶対やめない方がいい」って言います。というのは、僕は村上春樹じゃないしそんなに才能がないので(笑)。それにバーをやっていることで人が来てくれますから。

── 作家の仕事をしながらお店を毎日開けるのは大変だと思いますが、ここに来たら林さんと話せるというのはビジネスとして強いなと思いました。

 そうですね、今度、朝日カルチャーセンターで講師をすることになったんですが、それも関係者が店に来て声をかけてくださったんです。僕に話がある人、話したいなと思ってくれた人はお店に来てくれるんですよ。ちょっと話を聞いて欲しい時にも「こんなの考えたんだけど、いけると思う?」と相談しに来てくれる。そしてそれをさり気なく僕が宣伝する。お店自体人とつながるツールになっているんです。
── ここが情報の拠点になり得るんですね。いつ来ても林さんがいらっしゃるのは、こちらからとしても安心感があります。

 僕が最初にこの世界に入った時のバーテンダーの師匠である中村悌二さんによれば、潰れないバーの条件は
・いつ行っても同じ雰囲気。
・いつ行っても同じものが出てくる。
・いつ行ってもお会計が同じ。
・いつ行っても同じ人がいる。
だそうです。これを守ったらバーは潰れないからと言われて、その教えを守るように意識しています。
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林伸次 LEON.JP

長いこと書き溜めてきた物語だけど産みの苦しみも感じた

── 現在cakesは終了し、noteで有料の記事を休まず毎日更新されていますよね。毎日というのはなかなかできることではないと思うんですが、文章はいつ書いているんですか。

 開店前や仕事が終わって帰宅してからも書いてますね。このインタビューの前にも書いていましたし。

── ちょっとの合間にも書くんですね。新刊も拝読しました。忙しい日々のちょっとした隙間の時間に読めるような短編小説集でした。本の中にも語り手の言葉として15分くらいで読み切れる短編がいいというのが出てきましたよね。これは林さんの思いでもありますか。

 そうなんです。僕は結構そういう物語が好きでして。あとは最近特にTikTokやYouTubeのショートがウケているのを見てもわかるように、長いと疲れてみんな離脱しちゃうんですね。それもあって短編集として出しているのもあります。

── 以前から林さんは大人が読んでも面白い御伽噺のような物語を書くとおっしゃっていたので、この本は思いの詰まった、本当に書きたいものが書けた一冊なのではないかと思うのですが。

 そうなんですが、作る側の苦しみも多く感じた作品でした。当初はきっと“こういう人たち”に届くだろうと想定してやっていたんですが、進むにつれてどんどん、“こういう人たち”って実在するのかな……とも思い始めて。商業出版社から出してもらっているので、書きたいものが書けただけではダメなんです。
── 商業ベースだと生んでからも苦しいわけですね。

 聞いた話によるとソニーでは入社する時に「君たちは芸術作品じゃなく商品を作っているということをまず忘れないで」というようなことを言われるらしいんです。それはそうだな、だから僕もちゃんと売れるようにしないといけないなと。
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東京独特の文化的立ち位置だからこそ生き残れたのかも

── この激戦区・渋谷で、25年間バーを続けるのは難しかったのではないでしょうか。

 渋谷にはこういうお店があまりなかったのかもしれません。実は最近あらゆる国から外国人のお客さんが来店してくださり、なかでもよく来てくれるシンガポール人と香港人のカップルが言うには、「シンガポールにも香港にもこういうお店がないんだよね、凄く東京っぽい」とのことでした。

── こういうお店とは?

 カルチャーっぽいっていうのかな。落ち着いた雰囲気でレコードがかかっていて、来ている人たちも文化的な感じの人たちで。うちみたいな店は東京の独特な文化的立ち位置のようです。だから残れたのかもしれないですね。
── 開店当初、まだない店を作ろうと、音楽はジャズでもロックでもなくボサノバを選んだと伺いました。

 はい、そうです。こうした“レコードで特定の音楽を流すバーや喫茶店”はジャズ喫茶から始まった日本の固有文化です。このスタイルをモデルに、海外では近年ミュージックバーとして営業されるようになっているとこのとで、そのオリジナルを訪れる目的で、外国人客が増えているのかもしれません。海外の音楽系のお店は基本的にライブなんですよ。開店した当初は外にボサノバって書いてあると、外国人がぱっと入ってきて「なんだ、ライブやってないんだ」って言われていました。

── 海外にはそんなイメージがありますね。あと、林さんのお店は一人客はお断りですよね。バーでは珍しいと思うのですが。

 以前、朝4時まで営業していた時にちょっと怖いことがあって、フラッと来たお客さんは断わることにしたんです。新宿・渋谷・六本木のような繁華街ではたまにあることなんですけど。
── それは大変でしたね。ただそれを理由に男性が、「あのお店ってひとりじゃ行けないんだよね。僕と一緒に行ってくれない?」と意中の人を誘いやすいという話を聞くんですが、それは狙っていますか(笑)?

 それは副産物というか、後からついてきた効果です(笑)。みんなそうして誰かを誘ってきてくれるのでありがたいです。店内でのナンパ防止みたいにもなって、悪くはないやり方かなと今では思います。
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お金や地位よりも大事なのは良好な人間関係

── この25年間で、ブレずにこれだけはやろうと思った、逆にやらないでおこうと思ったことはありますか。

 僕はブレまくったと思います。でもそれでよかったのかなと。例えば初めはカクテルをやっていたんですけど、途中からワインに変えました。00年代は朝4時まで営業していて、ウチは凄く忙しかったんです。そこにリーマンショックが起きて、高いワインをポンポン開けていた人たちが一気にバ~っといなくなってしまった。

そのあたりから悩み始めて、音楽のイベントを始めたり、音楽のライターやCDのライナーノーツの編集とかをやり始めて……その後CDが売れなくなったんですよ。そして3.11が来て一切朝まで飲む人がいなくなり、冒頭に申し上げたご縁で文筆業を始めて。だからブレまくったんですよ。ブレまくって生き残った感じです(笑)。
── 時代に合わせてやれることをやったんですね。頑なではなく柔軟に、ビジネスの危機を乗り越えてきたと。

 まだ乗り越えてはいないんですけどね(笑)。やっと落ち着いてきたと思ったらコロナ禍になりましたから。飲食店は今が閉店ラッシュです。補助金がなくなり、都心はお客さんが戻っていないようで。

── 飲食店の人たちは、コロナが落ち着いてよかったとはいかなかった。

 そうですね、リモートワークになったまま都心に出て働いていた人が減り、今は逆に三軒茶屋や北千住、大宮などが盛り上がっていると聞きます。それに以前は地方都市から会議で東京に来て、その後、銀座で高いコース料理を食べてから高いクラブに繰り出すというのが一連の流れでありました。それであの辺りの経済が成り立っているところもあったんですが、会議自体リモートでできるようになってしまい、顔合わせがあっても会食はなんとなくナシになっちゃったみたいなんです。
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林伸次 LEON.JP
── リモートで会議ができたら経費もかからないですもんね。

 はい、うちも正直なところコロナ前よりは売り上げが落ちましたが、外国人のお客さんが増えて補填できている感じなんです。日本の店はとても安く感じるようで、旅行気分も手伝って気前も良い。だから今ビジネスをしようと思ったら、海外の人が来てくれるようなスタイルを目指した方がいいと思います。

── いつも惜しげなくビジネスに役立つ話を提供してくださり、ありがとうございます。最後に読者へ向けて、仕事や生活でのアドバイスをいただけますか。

 もし僕と同年代で、友達がいない、幸せを感じられないと悩んでいる人がいたら、お店を始めるのはおすすめですよ。特に日本人の中年男性は友達を作るのが下手ですよね。ハーバード大学の幸福研究による本『THE GOOD LIFE』(&books)によると、幸福な人生を送る鍵は良好な人間関係にあるとのことでした。お店を作って誰かをもてなしたり、イベントを主催して人が集まる場を提供したりすることで、いろんな人と会って横のつながりができます。それが収入につながればやりがいも生まれるので。そういう生き方もいいですよ。

── まずは本業以外の第一歩として、小さな交流の場を作れたら楽しそうですね。ありがとうございました。
林伸次 LEON.JP

● 林 伸次(はやし・しんじ)

1969年徳島県生まれ。早稲田大学中退。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷に「bar bossa」をオープン。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSを開業。選曲CD、CDライナー執筆等多数。cakesで連載中のエッセイ「ワイングラスのむこう側」が大人気となりバーのマスターと作家の二足のわらじ生活に。小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる』(幻冬舎)、エッセー『大人の条件』、『結局、人の悩みは人間関係』(ともに産業編集センター)ほか。最新刊は小説『世界はひとりの、一度きりの人生のあつまりにすぎない。』(幻冬舎)。

■ bar bossa(バール ボッサ)
ワインを中心に手料理のおいしいおつまみや季節のチーズなどを取り揃えたバー。BGMは静かなボサノヴァ。
住所/東京都渋谷区宇田川町41-23 第2大久保ビル1F
営業時間/19:00〜24:00
定休日/日・祝
TEL/03-5458-4185

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