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2023.02.01

パク・チャヌク監督が「暴力」と「エロス」を超えて描きたかったものとは?

日本のコミックを原作にした映画『オールド・ボーイ』など、過激な暴力とエロスの表現で知られるパク・チャヌク監督。6年ぶりの新作『別れる決心』はガラリと印象の違うサスペンス・ロマンスとなりました。監督の真意を作家の樋口毅宏さんが聞きだします。

CREDIT :

文/井上真規子 写真/トヨダリョウ 編集/森本 泉(LEON.JP)

パク・チャヌク監督
この春、話題の韓流映画が日本に上陸します。邦題は『別れる決心』。

昨年5月のカンヌ国際映画祭コンペティション部門での監督賞を受賞すると、以降、世界の批評家・映画メディアから絶賛を浴び、アカデミー賞国際長編映画賞部門のショートリストに選出。第80回ゴールデン・グローブ賞の非英語映画賞(旧・外国語映画賞)、第76回英国アカデミー賞(BAFTA)の監督賞、非英語作品賞にもノミネートされました。

監督を務めたのはパク・チャヌク氏。日本のコミックを原作にした『オールド・ボーイ』(03)で第57回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞。その後も『渇き』(09)、『イノセント・ガーデン』(13)、『お嬢さん』(16)など暴力とエロスと娯楽性の入り混じった独自の作風で、世界に衝撃を与えてきたパク監督ですが、今回の『別れる決心』は6年ぶりの新作です。

物語は、刑事ヘジュン(パク・ヘイル)が、崖から転落死した男の妻ソレ(タン・ウェイ)の調査を開始するシーンから始まります。取り調べが進む中で、いつしか刑事ヘジュンはソレに惹かれ、彼女もまたヘジュンに特別な想いを抱き始める……という珠玉のサスペンスロマンス。

これまでの過激な描写は影を潜めつつも、より率直に情熱的でミステリアスな愛の在り様を描いた“大人の映画”と評される今作。そのジャパンプレミアのために来日したパク監督に、こちらも独自のスタイルが際立つ小説家で、韓流映画フリークとしても知られる樋口毅宏さんがインタビューしました。
パク・チャヌク監督 樋口毅宏

『別れる決心』は、きっと30代だったら撮れなかったのでは(樋口)

樋口毅宏(以下、樋口) 作家の樋口毅宏と言います。色々な小説を書いています。今日はよろしくお願いします。

パク・チャヌク(以下、パク) よろしくお願いします。作家さんなのですね。小説は韓国でも出版されたものがありますか?

樋口 いえ。残念ながら。ただ、私は以前、韓流映画の専門誌の編集もやっていて、韓国映画が大好きです。パク監督の作品もこれまでにたくさん観てきました。

パク それはありがとうございます。

樋口 『別れる決心』も、ひと足お先に拝見しました。とても素晴らしいと思いました。

パク 良かった。気に入っていただいてうれしいです。
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パク・チャヌク監督
樋口 オープニングから驚きました。登山中の夫が足を滑らせて亡くなってしまい、妻である主人公のソレが疑われるというシチュエーションは、増村保造監督の映画『妻は告白する』と同じだなと。これは増村保造へのオマージュではないかと勝手に思いました。

パク そうですね。確かに私は、増村監督のことを尊敬しているし、あの映画も好きです。でも今回の設定は、実は共同作家の方が持ってきたもので、私にそのような意図はなかったのです。彼女のアイデアを聞いて面白いと思い、『妻は告白する』に似ていると言われないかと心配はしたのですが、結局、受け入れることにしたのです。

樋口 そうだったんですね。それにしても、『別れる決心』は、きっと30代のパク監督だったら撮れなかったのではないかと思うのです。円熟という単純な言葉では言い表せない世界を獲得していますが、今作は監督にとっての深化と捉えて間違いないですよね。

パク それが正しい指摘であることを期待します(笑)。私は若い頃、世の中に対して怒りや憤りを持っていて、それらの感情に強い関心がありました。映画の表現方法は極端で過激、それは単に暴力やセックスのことだけではなく、それらをすべて含めた過激な表現の方法論を押し進めていたと思います。 一方、今作はより基本に忠実に映画を作りました。だからといって、私自身が新しいチャプターに入って、今後こういう映画だけをやっていくという意味ではないですが。

映画作りでは自分ができないことをやろうとしている(パク)

樋口 それはとても興味深いです。巨匠への階段を上っていこうとすると、 どうしても退屈になってしまう映画監督が多い中、パク監督は忠実にと言いながらも、常にチャレンジを忘れないでいる。どうしてそれができるのでしょう?

パク 私自身は音楽を聞いたり、本を読んだりすること以外にこれといった趣味もなく、非常に平凡で退屈な日常を送っているんです。それが映画作りの中でも繰り返されたら、耐えられないぐらい退屈でしょう(笑)。だから、色々試したいという思いがあるのです。
『別れる決心』より。
▲ 『別れる決心』より。
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樋口 刺激を求め続けているんですね。

パク そうですね。少なくとも映画作りでは自分ができないことをやろうとしています。先ほども言った通り私自身は趣味がなくて、旅行も運動もクルマの運転もしません。だから映画作りというクリエイティブな作業の中で何かをしないと、新しいことがない人生になってしまうのです(笑)。

樋口 僕もプライベートでは音楽を聞くか、映画を見るぐらいしかないので、仕事以外に趣味がないという気持ちは本当によくわかります。

パク 交際範囲もそんなに広くないので、人と会う機会もそこまで多くはないですし。

樋口 では登場人物や主人公には、代替行為というか、自分ができないことをやらせようという思いもあるのでしょうか。

パク そういう時もあります。今作のヘジュンは料理が上手いキャラクターなのですが、自分は苦手なのでやらせてみようと思いました(笑)。

3部作を計画していると、勢いで出任せを言ってしまった(パク)

樋口 私がパク監督の作品の中で最も偏愛しているのは、『復讐者に憐れみを』、『オールド・ボーイ』、『親切なクムジャさん』といういわゆる“復讐3部作”です。いま振り返るとこの3部作はパク監督にとってどんな意味があったのでしょう? 

パク 今では“復讐3部作”と呼ばれていますが、最初からそのような計画だったわけではないのです。3作の中で最初に作ったのが『復讐者に憐れみを』ですが、その前に『JSA』という作品で南北の分断の問題を扱ったので、次は韓国内における階級の問題を扱う番だなと思っていました。

樋口 なるほど。

パク それで、じゃあ何を作ろうかと考えていた時に、プロデューサーが『オールド・ボーイ』という日本の漫画を持ってきたのです。それが思いのほか面白かったので深く考えずに「やろう」と受け入れました。そうしたら制作前の発表会見で、記者が「なぜまた復讐を扱うのか?」と質問をしてきたんです。それで私は「復讐は人間の運命であり、永遠のテーマなのに、扱うのはおかしいことですか? 僕は3部作を計画していますよ」と、勢いで出任せを言ってしまったんです(笑)。
パク・チャヌク監督
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樋口 そうだったんですね。予定もなかったのに(笑)。

パク はい。あと、出任せを言ったのにはもう1つの動機があって、『復讐者に憐れみを』は興行的にそれほど成功していなかったので、3部作だと言えば1作目となる『復讐者に憐れみを』や、まだ制作していない3つ目の作品に対しても人々が興味を持ってくれると思ったのです。

樋口 興行的な思いがあったんですね。そして3作目として作ったのが『親切なクムジャさん』だった。

パク そうです。その目的は達成されて、『オールド・ボーイ』は興行的にうまくいきましたし、『復讐者に憐れみを』も遡って見てもらえるようになりました。

いつまでも憎しみ合ったり、嫉妬し合ったりして生きていくべきではない(パク)

樋口 ところで、中国と韓国と日本は、国の名前こそ変わっても兄弟だと僕は思っています。ときに互いに刺激し合い切磋琢磨してきましたが、血が近い故に争った悲しい時代もありました。 パク監督は、日本の漫画が原作の『オールド・ボーイ』、日本統治時代の朝鮮を舞台にした『お嬢さん』、中国のタン・ウェイさんを交えての本作、そして韓国と北朝鮮の分断を描いた『JSA』を含め、映画を通じてこれらの国との架け橋を作ってこられたように見えます。実際にはどのような思いがありますか?

パク そうですね。歴史上、お互いに傷つけ合った記憶は残っていますが、アジアの人たちは互いに近くで生きていかなければならない運命を持っています。だからいつまでも憎しみ合ったり、嫉妬し合ったりして生きていくべきではないと考えています。

樋口 本当に同感です。

パク 政府がいかに愚かな判断を下そうとも、国民1人1人が互いに友人になれるように努力を続けていくべきです。映画だけを見ても、例えばヨーロッパでは60年代から俳優や監督が行ったり来たりしながら 色々な国で合作を作っていますし、様々な国の資本が混ざり合って作品が作られていますよね。アジアもそのようになったらいいなと思っています。そういった意味で、是枝裕和監督がソン・ガンホさんを主演にして映画を作った(『ベイビー・ブローカー』/2022年)ことは非常に美しいことだったと思います。
パク・チャヌク監督 樋口毅宏
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樋口 確かにこれまでは、特に日韓で積極的に合作が作られるケースは多くありませんでした。

パク 国民性など様々な違いは当然あると思いますが、その違いからお互いを憎しみあったり、軽蔑したりするのは愚かなことです。賢明で賢い人は、その違いから学んだり、その違いを通して視野を広げたりできるのだと思います。

樋口 本当にその通りだと思います。最後に少し砕けた話もさせてください。今作『別れる決心』の中で、へジュンの妻ジョンアンは夜の夫婦生活のルーティーンを頑なに順守しようとする妻という設定がありました。それに必死に応えようとするへジュンとの関係はなかなか興味深いものですが、パク監督は、夫婦生活よりもプラトニックラブの方が尊いと思う時がありますか?

パク アハハ(笑)。私にそのような考えはないし、それを表現したくて映画を作ったわけでもありません。へジュン、ソレ、ジョンアンという3人がそれぞれ独立した個人として、本当に生きている人のように考えることで、色々な関係性や感情が可能になるのではないかと思いました。 何に価値があるとか、何が間違えているとか、そういったことで私自身の思いを伝えようとしたわけではありません。

樋口 失礼な質問をすみませんでした。今日はありがとうございました。お会いできて光栄でした。

パク ありがとうございます。私もお話できて楽しかったです。
パク・チャヌク監督

【インタビューを終えて/樋口毅宏】

目の前にいるのが、あの世界的監督とわかるまでほんの少し時間を要した。2000年の『JSA』はもちろん、テキストにある復讐3部作、それ以降も彼の作品はすべて劇場で観てきた。特に『オールド・ボーイ』を観た夜は、ショックのあまりうなされてしまった。

この世を焼き尽くすほどの怒り、絶望、悲しみをスクリーンに叩き付けてきた男とは何者なのか。見上げるほどの巨人を予想していたが、それはいい意味で覆された。現れたのは自分より小柄で、物腰柔らかな男性だった。気負いも承認欲求もなく、それどころかある種の諦念に支配されたように見える。まるで映画に命を捧げ、映画に魂を吸い取られたような目をしていた。

「私自身は映画と音楽が好きなだけで、これといった趣味もない、平凡な人間です」
話を聞いていても、とてもこの穏やかな紳士が、あの恐ろしい作品群を紡いできた人物だとは、疑わしくなるほどだった。

パク・チャヌク監督はこちらの不躾な問いにも忍耐強く耳を傾けて、ひとつひとつ誠実に答えてくれた。新作のパブリシティとはいえ3日間で40本以上の取材を受け、疲労の極地にいたはず。私たちの取材がオーラスで、その後すぐに韓国に帰国するとのことだった。

パク・チャヌク監督は僕の目を見て、にこやかに話す。彼の表情に、ある一節を思い出していた。

〝仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺して始めて解脱を得ん〟

言わずと知れた「臨済録」だが、パク・チャヌク監督に重なって見えた。徹底的にやるべきことをやらなければ悟りなど開けない。
金と名誉と女のために生きるだけでは自尊心を満たせるわけがない。
何のために生きるか。なぜ生きるのか。それを知っているからこそ、パク・チャヌク監督は何もかも燃焼し尽くした男の目をしていた。

我々の取材を終えると、その場に帯同していたスタッフが万雷の拍手でパク・チャヌク監督を労った。まるでこの喝采がおよそ2カ月後のアカデミー賞へと続いているように見えた。赤絨毯もないホテルの一室による幻覚。その奇跡を起こしているのは、映画にすべてを捧げた男の由縁からか。
その小さくて大きな背中を私は見送った。いつかの再会を誓って。
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パク・チャヌク監督

● パク・チャヌク

1963年生まれ。『月は…太陽が見る夢』(92)で監督デビュー。『JSA』(00)は、当時の韓国歴代国内興行記録を塗り替え大ヒット。続く『復讐者に憐みを』(02)で、強烈で冷酷な自身のスタイルを打ち立て、世に知らしめた。『オールド・ボーイ』(03)が第57回カンヌ国際映画祭において、韓国映画として初となるグランプリを受賞。『親切なクムジャさん』(05/ヴェネツィア国際映画祭コンペティション出品)、『サイボーグでも大丈夫』(06/ベルリン国際映画祭コンペティション出品)とテーマ性のある作品を世に送り出し、『渇き』(09)では第62回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞。初めての英語作品『イノセント・ガーデン』(13)に続き『お嬢さん』(16)で第69回カンヌ映画祭コンペティション部門上映だけでなく、第71回英国アカデミー賞で英語圏以外の作品賞を獲得。世界中から高い評価を得て、国際的な映画監督としての立場をさらに強固なものとした。6年ぶりの長編映画となる本作は、刑事ドラマ、ロマンス、予想外のユーモアを織り交ぜ、前作までのタブーを破るような衝撃的な作品ではなく、微妙な感情の揺らぎと脈打つ内なる波が共存する深いドラマに仕上がっている。

樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。昨年12月に発売予定だった小説『中野正彦の昭和九十二年』は発売直前に版元によるまさかの自主回収となり、発売の目途が立っていない。
公式twitter 

『別れる決心』

『別れる決心』

男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュン(パク・ヘイル)と、被害者の妻ソレ(タン・ウェイ)は捜査中に出会った。取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、それぞれの胸に言葉にならない感情が湧き上がってくる。いつしかヘジュンはソレに惹かれ、彼女もまたヘジュンに特別な想いを抱き始める。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”の始まりだった・・・・・・。
監督/パク・チャヌク 配給/ハピネットファントム・スタジオ
2023年2月17日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
HP/映画『別れる決心』公式サイト
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