• TOP
  • LIFESTYLE
  • 万葉から昭和まで「I LOVE YOUの伝え方」教えます

2018.07.01

万葉から昭和まで「I LOVE YOUの伝え方」教えます

古代の貴人が詠んだ歌から、漱石、芥川、谷崎のラブレターまで。変化してきた恋愛コミュニケーション術について考えます。

CATEGORIES :
CREDIT :

文/秋山 都 イラスト/ゴトウイサク

いまや我々の恋心や愛情は指1本で伝えられる時代。SNSやメールで「♡」を送ればあなたの想いは即時に先方へと届くわけですが、振り返ればこの恋愛コミュニケーション術は近年、格段の進歩を遂げてきました。
例えば筆者が青春時代を過ごした80年代。電話は自宅へかけて家族に取り次ぎをお願いしてから初めてつながるものでした。電子メールが浸透したのは90年代。このころまで駅には伝言板が設置され「~~~で待つ」や「電話ください」というメッセージがいくつも残されていたっけ。デートにいつも遅れてくる彼を何分待てばいいのか、果たして待ち合わせはこの場所でいいのか――そんなやきもきした気持ちは「ポケベルが鳴らなくて」(93年)や「めぐり逢えたら」(93年)などさまざまな名作も生み出しました。00年代に入ってポストペットやミクシィが登場。このころから想いは「書く」ものから「打つ」ものへと変化していったのではないでしょうか。
つまり筆者の世代(40代後半です)以降はアナログからデジタルへ、劇的なコミュニケーションの転換期のなかで恋愛を経験してきたということ。いま20代、30代のみなさまは手書きのラブレターなんて書いたことないんじゃないでしょうか? ではそんなみなさまとご一緒に、我々がかつてどんなラブレターを書いてきたのか、恋のコミュニケーションはどのように進化してきたのか、偉人の先例に学んでまいりましょう。

NEXT PAGE2/ 5

貴人の相聞歌から遊女の起請文へ

[古代~江戸]歌で交わす互いへの想い

庶民はいざ知らず貴人たちは通い婚であったと言われている奈良~平安時代。一緒に暮らしていないがゆえに濃密なコミュニケーションが必要だったのでしょう。互いへの想いは歌に乗せ、交わす「相聞歌」がたくさん残されています。代表的なものに
あかねさす紫草野(むらさきの)行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る
額田王

紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾(あれ)恋ひめやも
大海人皇子(天武天皇)
「紫草の生い茂る野をともに歩いている時、あなたが袖を振っている姿を野守に見られちゃう(いやん、もう)」という額田王に、「紫草のようにかぐわしく美しい君をもし憎く思うなら、人妻の君をこんなに愛しちゃうわけないじゃん」と返歌した大海人王子。実は天智天皇(大海人皇子の兄)と三角関係にあったと言われているこの3人は、なんとこの相聞歌を3人一緒にいる宴席で詠み交わしたのだとか。古代のおおらかな恋愛観が伝わってきますね。
想い、想われているもの同士が歌を交わすこの雅やかな風習は江戸時代まで続き、遊郭の女性と客という疑似恋愛関係においては「起請文(きしょうもん)」へと発展しました。これは「年季があけたら必ずアナタと添い遂げます」と書いて血判を押すという言わば決意の証。遊女たちは自分たちの覚悟を示すべく、はいだ爪や落とした小指の先を同封したとも言われていますが、なにぶんこの起請文も75枚まで発行できるというルールがあったそうですから、指も何本あればいいのやら。シンコ(米粉)で作った偽指もあったというのはどこかユーモラスにも思えます。

NEXT PAGE3/ 5

LOVEがなかった時代の愛とは

[明治~昭和]文豪たちの恋

幕末には龍馬の恋文なども遺されていますが、それはまたの機会に譲りまして、時代は明治期まで下ります。というのは、このころ大きなターニングポイントがあったのです。それはLOVEという概念の輸入。日本ではそれまで「好く」「好ましい」「恋しい」などの表現がされていましたが、LOVEはなかった。言葉がない、ということは、つまりその根っこになるエモーションがない、ということ。「はじめに言葉があった」と聖書にも書いてありますもんね。いまのようにLOVEを辞書で引けば「愛」と出ているわけでなし、このころはLOVEの翻訳に一苦労したようです。そのあたりに詳しいのは夏目漱石の作品。
「(中略)可哀想だた惚れたと云う事よ」
「アハヽヽ。さうして其原文は何と云ふのです」
「Pity's akin to love」と美禰子が繰り返した。美しい奇麗な発音であった。
――『三四郎』(新潮文庫)
Pity is akin to loveという慣用的に使われる一文を漱石は「可愛そうだとは惚れたってことよ」と訳したのでした。同じころ、東京大学の英文学の講義において、I love youをどう訳すかと生徒に問われ、「今夜は月がきれいですね」と答えたというエピソードも残されています。LOVEが愛だとはっきり定義されていなかった時代に、美しく、しっとりとした心持ちを表現したすばらしい訳だと感じます。

NEXT PAGE4/ 5

芥川の純愛ラブレターにキュン♡

さらに時が経ち、大正の世へ

大正五年八月廿五日朝 一の宮町海岸一宮館にて
文ちゃん

 僕は、まだこの海岸で、本を読んだり原稿を書いたりして暮らしてゐます。何時頃うちへ帰るか、それはまだはっきりわかりません。が、うちへ帰ってからは、文ちゃんにこう云う手紙を書く機会がなくなると思いますから、奮発して一つ長いのを書きます。
(中略)
貰ひたい理由はたった一つあるきりです。さうしてその理由は僕は、文ちゃんが好きだと云ふ事です。
(中略)
 勿論昔から好きでした。今でも好きです。その外に何も理由はありません。
僕のやってゐる商売は、今の日本で一番金にならない商売です。そのうえ僕自身も碌に金はありません。
ですから生活の程度から云へば、何時までたっても知れたものです。
それから僕は、体も頭もあまり上等に出来上がってゐません。(あたまの方は それでも まだ少しは自信があります)
うちには父、母、叔母と、年寄りが三人ゐます。
それでよければ来て下さい。僕には 文ちゃん自身の口から、かざり気のない返事を聞きたいと思ってゐます。
繰返して書きますが、理由は一つしかありません。僕は文ちゃんが好きです。それでよければ来て下さい。
これは当時24歳だった芥川龍之介が、のちに妻となる塚本文(17歳)に送った一通。素直な「好きでした」「好きです」にいまでも胸がキュンとなる文面です。
この1年後、大正6年のラブレターには
(前略)こんどお母さんがお出での時ぜひ一しよにいらつしやい。その時ゆつくり話しませう。二人きりでいつまでもいつまでも話していたい気がします。さうしてkissしてもいいでせう。いやならばよします。この頃ボクは文ちやんがお菓子なら頭から食べてしまいたい位可愛い気がします。嘘ぢやありません(後略)
と。美男美女のかわいらしい恋愛模様がほほえましいですね。このあとふたりは大正7年に結婚し、3人の息子に恵まれますが、昭和2年に芥川は「何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」を理由に自殺してしまいます。思索の果てに絶望し、死を選んだ芥川に、短い期間ではあったものの輝く恋の季節が到来していたことは救いのようにも思えます。

NEXT PAGE5/ 5

谷崎の変態?ラブレターにむむむ

さあいよいよラブレター界のラスボス、谷崎潤一郎にご登場願いましょう。耽美的な作風と享楽的な人生で知られるこの文豪は、自身の最初の妻を佐藤春夫に「献上」し、富豪の人妻であった根津松子を大恋愛の末に略奪。生涯で3度の結婚をした恋多き男でもありました。
手紙も数多く残されており、松子宛てのラブレターにはこんなフェティッシュなものも。
一生私をおそばにおいて、お茶坊主のように思し召して、お使い遊ばしてくださいまし。お気に召しませぬ時には、どんなにいじめてくださっても結構でございます。先だって、泣いてみろとおっしゃいましたのに、泣かなかったのは私が悪うございました。今度からは泣けとおっしゃいましたら泣きます。今日からご主人様と呼ばしていただきます。
こ、これは……もはやひとつのプレイでありましょう。実際に後年、松子婦人が先夫との間に作った息子の嫁である千萬子さん(44歳年下)にも執心し、送った手紙がこちら。
お手紙忝く拝見。何度もゝ押し戴いて読みました。先日は梅園ホテルで二日間も他人を交へずお話を聞くことが出来いろゝ教へていただくことが出来ました。こんな嬉しいことはありませんでした。一生忘れられません。これから後もあゝ云ふ機会を与へて下さったらどんなに貴重な刺激になるか知れません。おかげで当分創作熱がつづくと思ひます。殊にあなたの仏足石をいただくことが出来ましたことは生涯忘れられない歓喜であります。決してあれ以上の法外な望みは抱きませんから何卒たまにはあの恵みを垂れてください。(後略)
谷崎このとき77歳。ちなみに「仏足石」とは、床に伏した谷崎の頭に素足を乗せる行為を指したのだと、後年の千萬子さんは証言しています。むむむ、愛にはいろんなカタチがあるものですね。

と、古代から昭和までI LOVE YOUの伝え方を早足で振り返りました。手書きがキーボードやタッチパネルになり、歌がポエムや散文になり、絵がLINEスタンプへと進化しても、人が人へ伝えたいことは昔も今も同じなのかもしれません。「あなたが好きです」というピュアな気持ち、もっともっと伝えたいなと思います。
参考図書:
『谷崎潤一郎の恋文』(中央公論新社)
『世紀のラブレター』(新潮新書)

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

LEON.jpの最新ニュースをお届けします。

RECOMMEND FOR YOU おすすめの記事