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2021.09.24

デキる大人の現代アート入門

現代アート入門【中編】アートの購入で失敗しない方法はあるのか?

大人の男として人生をより豊かに楽しむためには知っておいたほうがよいことがたくさんあります。この連載ではそんな必須の習得項目をそれぞれの専門家にお話を伺って最新事情を交えてご紹介。今回のテーマは、いま、世界中のデキる経営者たちが熱中している「現代アート」。その魅力を全3部構成でお届けする第2回です。

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文/矢吹紘子

いま、世界中のデキる経営者たちが熱中している「現代アート」。彼らを魅了する現代アートの魅力とは?  歴史的評価の定まっていないアートになぜ人々は大金をつぎ込むのか?  我々一般人でも現代アートを所有することは可能なのか?  熱く盛り上がっている現代アートについて学ぶべく、日本における現代アートギャラリストの第一人者である「ミヅマアートギャラリー」の三潴末雄(ミヅマ・スエオ)さんにお話を伺って、現代アートのA to Zを全3部構成でお届け。その第2回です(第1回はこちら)。

現代アートには2つの市場が存在する

── 流通に目を向けると、現代アートの背景にはどんな人達が関わっているのですか?

三潴 まずアートの市場ですが、2つのマーケットがあります。1つは私たちギャラリーがやっているようなプライマリーマーケットと呼ばれるものです。そしてもう1つはセカンダリーマーケットです。代表的なものがオークションハウスで、最初の購入者の手を離れて転売される2回目以降に売られるものが流通する市場です。

── プライマリーマーケットにおけるギャラリーの役割とは?

三潴 まず私たちギャラリストの手により、優れた作家がスタジオなどで制作した、まだこの世で誰の目にも触れていない作品を、展覧会という形で最初にギャラリーで公開します。そして何度か個展などを開催するうちに評価が高まり、順調にいけば作家は国際的なグループ展に呼ばれたり、美術館で個展が開かれるようになります。基本的にはプライマリーマーケットで付けられた値段は、私たちギャラリストと作家の相談のうえで決めたものです。最近の作家は、インスタでデビューして自分で値段を付けて、自分でやるというセルフセールスのアーティストも増えてきました。
── 自分のウェブサイトなどで販売するということですか?

三潴 今の時代、SNSでも作品は売られています。ただギャラリーの役割についてよくわかっていないアーティストも多いのも事実です。ギャラリーは世界のアートシーンに対して作家の情報や作品をアーカイブして絶えず発信し、世界中のミュージアムのキュレーターや国内外の企画展、いわゆるビエンナーレやトリエンナーレといった国際展に招待されるようにアプローチします。国際的に活躍するディレクターやキュレーターは多忙なので、世界中隅々まで訪れることができません。だから例えば日本でしたら主要なギャラリーのウェブサイトを見て、面白そうな作家がいたらコンタクトを試みます。その橋渡し役がギャラリストの役割でもあります。

── でも、そういったことなら個人でもある程度はできるのでは? 

三潴 もちろんそうですが、やっぱりネットワークの広がりが違うので、SNSでは主要なキュレーターの目にとまりづらいのです。さらにマーケットとはギャラリーと作家だけでは成立しなくて、それを見るオーディエンス、購入するコレクターないしはパトロン的にサポートをしてくれる人によってできあがっています。作品を時代の記録として美術館がコレクションしていくことも重要なんですね。そういったいろんな第三者との連携によって、初めてアートマーケットは成り立つ。ところでプライマリーマーケットとセカンダリーマーケットには大きな違いがあるんです。何だと思いますか?
── 単純に考えるとセカンダリーマーケットのほうが金額は物凄く上がりそうです。

三潴 そうですね。セカンダリーマーケットではプライマリーと違って、その値段をつけるのは、買う人なんですよ。オークションというのは自分の予算の範囲内でビッド(入札)します。その時に最終的に値段を決めるのはその人たち自身です。2017年にレオナルド・ダ・ヴィンチが描いたキリストの絵「サルバトール・ムンディ」がロシアで発見され、オークションで500億円の価値がつきました。たった1枚の絵ですよ。もちろんレオナルドの絵はこの世の中に、現在17枚しか現存していないので、非常に貴重なものなのですが、なぜ500億円の値段がついたかというと、やはりオークションが果たす役割が大きい。その作品が欲しいという人たちが値段を吊り上げていったのです。
▲ レオナルド・ダ・ヴィンチ 「サルバトール・ムンディ」   提供:Bridgeman Images/アフロ
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── 需要と供給ということですか?

三潴 そのとおり。ちなみにこの絵は最終的にはサウジアラビアの王族が落札しましたが、490億までは競ったけれど、500億には手が挙げられなかったアンダービッター(最後まで競った人)がいます。上海の「龍美術館(ロン・ミュージアム)」のオーナーであるワン・ウェイさんという女性なのですが、彼女とは知り合いなので「どうして500億も出して買おうと思ったの?」って聞いてみました。そしたら彼女、こう言いました。「だってさ、中国って14億もの人がいるのよ。あれだけ話題になった絵を飾ったら、うちの美術館にも1億や2億の人たちが来るわよ。もし彼らが1000円の入場料を払ってくれれば、簡単に元が取れるでしょ? 500億円なんて安い話よ」と。

── 壮大なお話です……。
▲ 龍美術館  Instagram / thelongmuseum
三潴 このようにオークションハウスは、作品を売買する場所は提供しているけれども、値段は参考価格です。セカンダリーマーケットでは価格は作品を買う人の責任であり、その人の懐具合によるのです。そして彼らが価値を見出すのは、人間の脳によって作られた、希少価値の高いもの、という点なのです。そこが工業製品とは違うポイントだし、だからこそアートは自然が生み出したダイヤモンドや宝石よりも高額になりうるんですね。

だって、500億出したら飛行機や戦闘機だって買えますよ。それがたった1枚、キャンバスに描かれた絵なんですから。でもその作品が持つ情報量とインパクト、世界の人々を「観たい!」と思わせる魅力はものすごいです。そのために航空券を買って、ホテルを予約して行くぞ、って人が増えると観光業にも恩恵を与えるし、世の中にとてつもない大きな影響力を及ぼします。
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アートとお金はコインの裏表のような関係

── かつて芸術家はパトロンありきであったとも認識しているのですが、現代アーティストは実際のところはどうなのですか?

三潴 アートの世界で、美術だけで食べていける人のことをフルタイムアーティストと呼ぶのですが、それができるのは、おそらくアーティスト全体の3割ぐらいだと思います。ほとんどの人は大学の美術の講師など、何かしら兼業しているのが現状です。ですからパトロン的なコレクターに出会うことがアーティストにはとても重要になってきます。

僕は基本的にアートとお金はコインの裏表のような関係だと考えています。つまり作品が価値を生み、売れてお金が入らないとアーティストの経済的な自立ははかれません。でも芸術とお金はまったく違う存在なのです。その矛盾した関係を、お客さんと作品の間を繋ぎながら取り持っていくのが僕らギャラリストの仕事でもある。

でも実際問題、無名の新人の作品などは、たいていは誰も買おうとしないですよ。みんな評価が定まったものや、セカンダリーでもう一度売れると確信がもてるものは安心して買いますが、リスクがあるものにはなかなか手を出しません。そういう時に、私たちにとってありがたいのが、コレクターの中でもパトロン的な立ち位置の人たちなんです。
── 具体的にどういう人たちがパトロン的なコレクターになっているのですか?

三潴 才能があるぞ、将来みんなが評価する作家になるぞ、という自分の先見の明に対して自信をもっている人たちです。そのうえで作家を応援するべく定期的、継続的に買ってくれる。日本では、かつて巷にたくさんいた芸術好きの旦那衆と呼ばれた人たちのような感じですね。江戸から大正期、地方の士族や豪商、ときには神社仏閣が作家を支えていました。

江戸期はそれが顕著で、日本の素晴らしい浮世絵や大和絵の文化が生まれた。同様に、現代アートの作家もパトロンがつくことにより作品が安定的に売れれば、作品の制作環境も安定していく好循環を生み出します。それが近年になって作品がオークションハウスで高値で売れるようになり、作品が投資の対象という色合いが強くなってきた。

── そういった投資としてアートを買うトレンドについてはどうお考えですか?

三潴 そもそも現代アートは金融資本と親和性が高いんです。なぜかというと基本的に欧米のアートマーケットの買い手も作家も、スタープレイヤーはユダヤ系が多いからです。それゆえ、アートが株や不動産に代わるものとして投資の対象のひとつになり、その市場が活性化されている。

マルセル・デュシャンは「今は貨幣が経済の中心で、貨幣に代わるものとして金や銀、プラチナがあるけれど、いずれアートがそれにとって代わるだろう」というようなことを言いました。まさに今、1枚の絵に10億、100億という値段がつく時代になることへの予言でした。

経済の基本は人や物が動く、物が動けばお金が動くという、人、物、金の流れですが、アートもまったく同じです。作品があって、それに人間が興味をもち、お金で買うという。ただし需要があって供給されるのが資本主義経済の原則ですが、今の世界のアートマーケットは逆に供給が需要を作る構図になっています。マーケットにどんどん作品を送り込めば、それを買う需要が生まれるという。
── 価格が上がった作品がいい作品ということですか?

三潴 芸術性と貨幣的な価値とはまったく別物で、高いから良い作品であるとか、芸術性も高いわけじゃないんです。けれど最近の人たちは芸術性を見ないで価格を見る傾向が強い。このあたりが上がるかな、と値段ばかり見ているのが、今の投資家たちの投機的な態度なわけ。一方で、前述のパトロン的な投資家たちが見ているのは、作家の芸術性や才能、将来性です。
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アートの蒐集は、作品を自分の家に飾りたいかどうかを軸とするべき

── その芸術性や才能を見るというところが、素人にはとても難しいと思うのですが。

三潴 僕はアートの蒐集は、その作品を自分の家に飾りたいかどうかを判断の軸とするべきだと思っています。自分がそのアートを楽しむということから入らないと、必ず火傷します。投資ならセカンダリーマーケットの過去のデータの中でリスクを見ながら買うことになりますが、例えば今値が上がっている作品があるとして、Aのオークションでは100万円だったけど、次のBやCで200万になるかどうかはまったくの賭けなのです。高値で掴まされて安値で売るしかない、ってこともありますから。

── いわゆる先物買いならリスクは小さいのでは?

三潴 そもそも才能というのはそんなに簡単に転がっているわけではなくて、大成するのは100万人に1人という割合なんです。京都芸術大学(旧京都造形芸術大学)が毎年3月に卒業生のアーティストフェアのようなことをやっているんですが、そこが近年青田買いの場になっていて、「未来のピカソ、未来の村上隆、未来の奈良美智を」という意気込みで、にわかコレクターが新人の作家たちを奪い合っているんです。

でも実のところほとんどが5年、10年で消えるのが現実であり、歴史的に名を残せたとしても、必ずしも価格が維持されるかというとそうではないのです。その昔、億単位で売れた横山大観の作品にしても、今の若い人たちは日本画に興味をもたなくなってきているために、値が下がる一方です。

このようにアートの価格というものは水もので、時代や流行、人々の趣向により大きく左右されます。今はたまたま現代アートがブームになっているけど、ちょっと前までは誰も見向きもせずに、ルノアールやシャガール、平山郁夫や東山魁夷に大枚をはたいていたわけですから。
── 聞けば聞くほど、初心者には見極めが難しそうです。

三潴 投資目的なら、最低でも1作品に1000万円以上のお金を投下しないと成功しません。5万、10万円の作品が将来5億、10億円になるなんていうのは、針に糸を通すよりはるかに難しい。それに “メイクプライス” といって、価格が意図的に相場より高くつけられている場合もあるから要注意。オークションで100万円で落札された絵が、次のオークションでは1000万円で売れたから、この作家は絶対に次も売れると、みんな一斉に買いだすけれども、1回じゃわからないものです。少なくともオークションで20回は高値で取引された実績がないとね。

── ある程度場数を踏みなさい、ということですか?

三潴 場数なんてものはビジネスにしない限りなかなか踏めないでしょう。そうじゃなくて、最初は趣味的に捉えて、とにかくたくさん作品を観ることです。何か買いたいんだったら、まずギャラリーに行って相談すればいいし、若い作家の作品が欲しいなら、自分で美大の卒業展に行けばいい。東京なら東京藝術大学や多摩美術大学、武蔵野美術大学あたり。

一般的に試験の倍率が高いほどうまいやつはたくさんいるけれど、だからといって必ずしも作品が評価されるわけじゃない。それは単なる技術の話であって、大事なのはテクニックを超える“アウラ”、その作品が脳髄に “嵐”を起こさせるぐらいの大きな力を備えているかどうかなのです。

「人の行く裏に道あり花の山」という俗説では千利休の言葉があって、現代では株の世界の戒めとなっていますが、アートにも同じことが言えます。みんながいいと言っているからじゃなくて、自分が目で見て「これは!」と思う方へ進むのが第一です。もしかしたらみんなが嫌だとそっぽを向く作家の方に将来があるのかもしれませんから。
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── 完全に投機的な目線で始めるのはオススメしないと。

三潴 だって、絶対にどこかで焦るんですよ。「こんなに使ったのに、全然金にならないじゃないか!」って。そうしたらせっかくの熱も冷めていくでしょ。でも作家を10年単位の長い目で見て、作品を楽しんでいたらそんなことにはならないわけです。価格だけを追いかけるのではなくて、作品のコレクションを純粋に楽しむことからスタートすれば、たとえ使ったお金が無駄になっても、散々楽しんだからいいか、って気持ちにもなる。クルマだって時計だって、自分で使ったり、身につけるじゃないですか。アートも同様に、鑑賞して初めて成立するもの。最初から投機や転売目的に徹して、倉庫にしまっておくのは悲しいですしね。

── なるほど。では勉強も兼ねて、現代アートに親しむために国内外で訪れるべき美術館とは?

三潴 日本では瀬戸内海の豊島や直島でしょうね。特に豊島の内藤礼の美術館「豊島美術館」はとても素晴らしい。あとは「森美術館」や「アーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)」とか千葉の「DIC川村記念美術館」。もちろん東京都現代美術館、国立近代美術館、金沢の21世紀美術館も面白いですね。
海外なら各国にある代表的なところ。パリなら「ポンピドゥー・センター」、ロンドンに行ったら「テート・モダン」、ニューヨークには「MoMA」や「グッゲンハイム美術館」がある。アジアでいうと「SAM(シンガポールアートミュージアム)」とか、最近タイにも現代美術館ができた。中国はプライベートな巨大なミュージアムも多くて、前述の「龍美術館」や、磯崎新さんがデザインした北京の「中央美術学院美術館」も面白いかもしれません。それと香港の「M+」ですかね。

三潴 末雄(みづま・すえお)

ミヅマアートギャラリー エグゼクティブ・ディレクター。東京生まれ。成城大学文芸学部卒業。1980年代からギャラリー活動を開始、1994年ミヅマアートギャラリーを東京・青山に開廊(現在は新宿区市谷田町)。2000年から海外のアートフェアに積極的に参加。2008年に北京にMizuma & One Galleryを、2012年にシンガポールにMizuma Galleryを、2018年にニューヨークにMizuma & Kipsを開廊。著書に『アートにとって価値とは何か』(幻冬舎刊)、『MIZUMA 手の国の鬼才たち』(求龍堂刊)。

ポートレート撮影/野口 博

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