2018.02.26

不倫は文化か犯罪か

お互いに傷つくことはわかっているのに、なぜ人は不倫にハマるのか? 人の心に組み込まれた恋愛のプログラムに抗って愛の奇跡を起こせるのか?

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文/木村千鶴

いきなり大上段なタイトルで恐縮ですが、“不倫”は昨今マスコミを賑わす、注目の話題であるのは皆さんご承知のとおり。本来きわめて個人的な問題が、なぜこんなにも大々的に世間を巻き込んで盛り上がるのか。ここでは“下世話”にも“感情的”にもなることなく、大人の問題として、軽やかに、知的に、婚外恋愛である不倫について考えてみようと思います。万が一、当事者になった場合の心づもりとしても、お役に立つように(笑)。

不倫で逮捕はされません

まずは不倫って犯罪なのでしょうか? そもそも“不倫”とは“結婚”しているからこそ成立、いや成立しちゃマズいのですが、結婚しているからこそ不倫があるわけで。結婚という“契約”をしているのにもかかわらず、ヨソで恋愛行動をしたことがパートナーに知れ、その恋愛に不貞行為(セックス)が含まれていれば、民法770条の離婚理由に相当します。
ただ、刑法で罰されるものではないので、不法行為ではあっても犯罪ではない。不倫をしても逮捕はされないし、前科もつかない(当たり前ですが)。不倫はあくまでお家(当事者間)の問題なのですから、外野がとやかく言う筋合いのものではないのかもしれません。
とはいえ、確実にパートナーの心を傷つけ、慰謝料を払ったり、家族を失ったりと、多くの場合、悲惨な結果を招くことになってしまう不倫。そんなリスキーな婚外恋愛に、なぜ人はハマってしまうのか。ここに人の心の、やっかいな性癖があるのですね。

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恋愛のハードルは高いほど燃えるのが人の世の常

恋愛のハードルは高いほど燃えるのが人の世の常

まず、恋愛というのは、既婚・未婚を問わず、当事者にとっては快楽であるということ。それはもう人間の脳がそう反応するようにできているのだから仕方がない。そして恋愛はハードルが高いほど燃える。つまり快楽も高まる。簡単に手に入る恋より、苦労が多い恋の方が刺激も強い。だから人は悪いとわかっていても不倫にハマるし、むしろそのスリルを味わってしまうと、中毒のようにそこから逃れられなくなる場合もあるのです。
さらに、人は実際に不倫をしなくても、それをさまざまな形で間接的に楽しむということすらしてきた。ギリシャ神話でも『源氏物語』でも、夏目漱石の『それから』でも、道ならぬ恋を題材に、数多くの優れた物語が生み出されてきました。文学として、歌として、映画として、人は不倫を娯楽としても多いに楽しんできたわけです。
それは現代でも変わりませんよね。例えば日本経済新聞の連載小説は、大ブームになった『失楽園』(渡辺淳一著)にしろ、現在連載中の『愉楽にて』(林真理子著)にしろ、ド真ん中の不倫&浮気小説。それらを朝から世界経済の動きと一緒に楽しんでいる読者が多いということは、結局、不倫を巡る物語は今も大人のお伽噺として広く認知されているということに他なりません。

愛は4年で終わる。その後、どうする?

しかし、ここで疑問です。そもそもなぜ人は、最愛のパートナーと長続きせず、往々にして新しい愛を求めてしまうのか。これについて人類学者ヘレン・フィッシャー博士の著書『愛はなぜ終わるのか』には、“愛の寿命は4年しかない”という衝撃の事実が書かれています。この4年という期間は、人の子育てがひと段落する年月とも言われていますが、要するに恋愛とは子育てという繁殖活動のために組み込まれたプログラムに過ぎず、その期間が過ぎれば愛は冷めるものだというのです。
けれども人は結婚を制度化してしまったので、気持ちが冷めた後も契約のために関係を続けなければならない。だからこそ、恋愛を家族愛や友情、愛着といった別の形に変えることで、関係を続けていく知恵を育んできたというわけです。とはいえ、知恵を働かせるか否かは、その人次第。より本能に従いたい人もいるわけで。その選択肢の間で揺れ動くことで多くの人生ドラマが生まれるのですね。

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浮気は動物の本能。倫理では語れない

浮気は動物の本能。倫理では語れない

さて。ここからは人が実際に不倫をしてしまうのはなぜかを考えてみたいと思います。『人はなぜ不倫をするのか』(SB新書・亀山早苗著)は社会学者、動物行動学者、宗教学者、心理学者など、さまざまな分野の専門家に不倫についてインタビューし、それぞれの分野から見た“不倫のなぜ”に関する見解をまとめた本。帯には著者の言葉として「興味深かったのは学者が誰一人不倫を否定しなかったことだ」とあります。
身も蓋もないことを言ってしまうと、生き物としての大きな課題である、子孫を残す行動がセックスであり、男性性はより多くのところに子孫が残そうとし、女性性はより良い遺伝子を受け継ぐ子孫を残したい、という抗えない生き物としての使命があるということ。
本の中から動物行動学研究家、竹内久美子氏の一文を引用すると「動物は自分の遺伝子の全滅を防ぐために、本能的に多様な遺伝子を残そうとします。そのための浮気は動物にとって本能で、これを倫理で語ることはできません」とあります。

日本の一夫一婦制の歴史は120年しかない

より多くのメスと交わりたいというオスの本能に沿って社会が制度化していけば、その夫婦関係は乱婚や一夫多妻制に向かいます。実際、一夫一妻のかたちをとる哺乳類は全体の3~5%と少数で、その傾向は人も例外ではありません。例えば世界を見渡してみると、いまだにアフリカやイスラム圏を中心に一夫多妻制が認められている地域が少なくありません。イスラム社会では現在も一人の男性が4人まで妻をめとることが許されています。
実は日本でも上流階級や富裕層を中心に、長らく実質的な一夫多妻の形がとられてきました。日本で一夫一婦制が民法によって制定されたのは明治31年(1898年)。つまりその歴史は120年にすぎないのです。当時の日本は明治維新で脱亜入欧(後進国であるアジアを脱しヨーロッパの列強に近づこうとする主張)が叫ばれ、そのなかで貞操観念を重視するキリスト教的な思想を背景にした一夫一婦制が導入されました。つまり世相とは関係のないところで決められた法律とも言えるのです。
社会学者の上野千鶴子さんは先程の本の中で「人はなぜ不倫をしないのかのほうが不思議です。その前段階として、人はなぜ結婚という守れない約束をするのか、がもっと不思議」と言っています。歴史的、科学的にみれば、こちらの意見がごもっともなのかもしれませんね。

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男なら、愛の奇跡を起こしてみませんか

愛の形に正解はない、ただ目の前の彼女を笑顔にするだけ

とまあ、ここまでいろんな論をご紹介してまいりましたが、果たして結論らしいものはないのです。どのような見解をもつにせよ、男女の関係というのは時代とともに変化し、あらゆる議論を尽くしても一向に正解の出ないものなのですね〜。

聖人君子とはさて、いかなる存在なのか。唯一断言できるのは、目の前にいる女性を笑顔にするための最大限の努力をすることが、オトコの本懐なのではなかろうか!ということでしょうか。
願わくば、ヘレン・フィッシャー博士の言う愛の寿命“4年”を越えても、まだ一緒にいたいと思える、そんな“愛の奇跡”が、諸兄にも起こりますように。

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