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2021.02.27

日本のお金持ちは精神的に貧困!? アートが育たないそのワケは?

今、日本のアート市場では30~40代の若いコレクターが増加し、活況を呈しているという。ただ株や不動産の値上がりと同じような感覚の投機的なマネーでは、作家が育たない。パトロネージュのためのマネー、つまり作家を買い支えるお金持ちがいないと、日本の未来は暗いのだった!

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文/印南志帆(東洋経済 記者)

記事提供/東洋経済ONLINE
『週刊東洋経済』は2月15日発売号で「アートとお金」を特集。新型コロナによる緩和マネーの流入で活況を呈する現代アート市場に加え、アート投資の方法、コロナで苦境に立たされる美術館の経営などに迫っている。

アメリカの現代アーティスト、ジャン=ミシェル・バスキアの絵画が115億円、イギリスのバンクシーが13億円、日本の奈良美智が27億円――。美術品の2次流通市場であるオークションでは、時に想像を絶する高額で現代アート作品が落札されていく。世界中から富裕層が参集する海外のアートフェアでも、出展するギャラリーは扱う作家の作品に値段をつけて売っている。

では、こうした「アートの値段」は、誰がつけて、どのように推移していくものなのだろうか。作品の芸術性とその価格はどのような相関関係を持つのか。

会田誠や山口晃などを扱う現代アートのギャラリーを主宰し、『アートにとって価値とは何か』(幻冬舎)の著者でもある、ミヅマアートギャラリーの三潴末雄氏に聞いた。
写真提供/shutterstock

現代アートの値段はどう決められているのか

──現代アートのギャラリーを運営されています。取り扱っている作家の作品は、基本的に値段がつけられ、購入することが可能です。値段はどのように決められているのですか。

アートの市場には、作品を最初に買う1次流通(プライマリー)市場と、人の手に一度わたった作品が再び売買される2次流通(セカンダリー)市場があります。私たちのようなギャラリーが属するのは、プライマリーマーケット。ここでは、まだ海のものとも山のものともつかぬ作家の才能を信じて、育成します。制作のサポートをし、個展を開いて作品をプロモーションしたり、美術館のキュレーターに紹介したりすることもあります。

そして、作品の値段は私たちギャラリストがつけるわけです。かつて、ある有名なイタリアの大学の教授が僕にこういったことがある。「芸術とはコインの裏と表だ。表側は芸術だけれど、裏はマネーだ。それぞれまったく違う、矛盾したところを関係づけていくのがギャラリーの仕事である」とね。

作家のキャリアが少なければ、最初はビギナー価格をつけて、そこから徐々に、ステップアップしていく。私たちが最も重視しているのは、芸術性です。高い人気の作家であれば、急に値段が倍くらいになることもありますが、それでもオークションのような急激な値上がりはありません。

──オークションでは、なぜ予想だにしない高額落札が起こりうるのでしょう。

オークションのようなセカンダリーマーケットにおいて、値段をつけるのはお客様なんです。ギャラリーでも、サザビーズやクリスティーズといったオークション会社でもない。オークション会社は、落札予想価格を事前に示しますが、これはあくまでも公正にオークションを始める価格であって、作品の価値を示すものではありません。オークションでは、その作品を欲しい人が複数いたら競争になって、彼らの懐具合によってどこまで入札価格を上げられるかで決まる。

一般的には、プライマリーよりもセカンダリーの価格が高ければ、それは「付加価値」ということになる。重要なのが、こうしてアートを買う人たちが出すマネーというのはどういう性格のものなのかを考えることです。
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ギャラリーにも投資マネーが入ってくる

──アート市場に投じられるマネーには、性格の違いがあるのですか。

最近では、アートもほかの金融資産と並列的に語られることが増えてきましたね。投資的なマネー、そして中には投機的なマネーもあります。

オークションだけでなく、ギャラリーにも投資的なマネーは入ってきますよ。「もしかしたら、将来大物作家になるんじゃないか」という期待によるものです。

そして、もう1種類のマネーが、作家を育成し、育て上げるために応援をする、パトロネージュのためのマネーです。その人の才能をサポートするために、買い支えるのが彼らの目的です。この3種類のマネーを分けて考えないと、話がこんがらがる。

問題なのは、投機的なマネーを投じる人が見ているのが値段ばっかりで、芸術性が忘れられていること。例えば、奈良美智が20年前にはいくらだったのに、今はこれくらい高くなった、といった。ここでは、作品の持っている芸術的な価値や、歴史的な位置づけといったことは語られません。興味すらない場合もあるでしょう。だから、投機というのはマネーゲームなんです。私は、アートは色のついた株券ではないとずっといっている。

でも、投機的なマーケットから見たら、僕の言っていることはきっとナンセンスなんでしょうね。「ギャラリーの本質は株券の販売。株よりもっといいよ。なぜなら現物が残るのだから」と。

──アートが株券のごとく投機的に扱われるようになったのは、歴史的にいつからなのでしょう。

今から100年以上前に、現代アートの嚆矢(こうし)ともいえるマルセル・デュシャンという作家は皮肉を込めてこう予言しました。

「われわれには貨幣に代わるものがたくさんある。貨幣としての金、貨幣としてのプラチナ、そしていまに、貨幣としてのアートだ!」

「貨幣としてのアート」が現実味を帯びてきたのは、1980年代ごろから。オークション会社では当時、モネやゴッホなどの印象派や、ピカソやシャガール、ミロといったモダンアート(20世紀初頭から第2次世界大戦までの美術)が活発に売り買いされていた。ただ、このカテゴリーが高くなりすぎて、なかなか作品が市場に出てこなくなった。そこで、次のマーケットを作らなくてはならないと彼らが注目したのが、生きている作家による現代アートでした。財を成した富裕層たちも、新たな投資先を探していました。株や不動産にも投資をして、さらに文化的な態度を取りたい人がアートに投資し始めた。

『ウォール・ストリート』という1987年の映画には、一介の証券マンが一流の投資家として成り上がっていく様子が描かれています。面白いのは、家の壁にかかっていく絵がどんどん変わっていくこと。最初は、100ドルくらいのアンディ・ウォーホルのポスターが貼られているが、それが投資家として成功すると、住むアパートも豪華になり、ピカソやモネの絵になっていく。この描写に見られるように、成功したビジネスパーソンは絵を買っていく、という文化がアメリカにはあるんです。

2000年初頭のITバブルのときに、今は世界で活躍している日本人作家、草間彌生や奈良美智、村上隆などの値段が上がり始めました。このときにもマネーがアートに流れ込んだ。それまでは、100万円、200万円で売られていた絵に、ケタ違いの値段がつけられるようになっていった。

そして今はまさに、デュシャンの予言が現実になった世界です。存命作家の中で最も高いジェフ・クーンズの『Rabbit』は、最初95万ドルほどで売られていたのが、2017年には6500万ドルほどになって、2019年には約1億ドル(約100億円)になった。こうなってくるともう、彼の作品が芸術的にどのような意味を持つかは無視されて、「ジェフ・クーンズの『Rabbit』だから欲しい」という人が現れる。そして、その人の財政状況によって作品の値段は上がっていく。こうなったらもう、非常に投機的な世界です。
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オークションで売買されても作家に一銭も入らない

──オークションで高く作品が売れると、作家にもメリットが?

オークションで作品が売れても、作家には一銭も入ってきません。だから、作家にとっては「オークションなんて、俺には関係ない」となる。

フランスやイギリスといった欧州の一部の国では、「財産追及権」なるものが存在し、オークションなどのパブリックな場所で作品が売れた場合、落札額の何%かを作家に還元する制度があります。ただ、日本やアメリカはこの制度を認めていません。

もちろん、セカンダリーの価格が高くなれば、その分プライマリーの価格にも影響してきます。ただこの関係は両刃の剣で、もしセカンダリー価格が下がったり、オークションで売れなかったり(不落札)した場合は、プライマリーで少しずつ築き上げてきた価格が破壊されることもあります。

──値段が急騰したら、バブルが弾けて急落することもあるのではないでしょうか。

「山高ければ谷深し」とは株式世界の格言ですが、アートマーケットに相場があるとすれば、上がり下がりは市場の原理ですね。オークションでの価格の急騰が、その作家の芸術性や希少価値を評価したものなら、急落してもいずれ値は戻ります。問題は一過性のブームに乗った作品です。やけどするかもしれません。

美術史上の評価が固まっている作家の場合は、景気が悪くなってもあまり値崩れしません。例えば、アメリカを代表するポップアーティスト、アンディ・ウォーホルの場合、一時的に下がることはあっても、「ポップアートというジャンルを築いた」という評価があるから価格が元に戻ったり、さらに上がっていったりする可能性があることが保証されている。今でも、価格はどんどん上がっています。
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超富裕層の中には作品を買い占める例も

──資産性度外視でパトロンとして買い支えていた作家が、結果的に値上がりしていて資産として膨れ上がっていた、ということもありえそうです。

超富裕層の中には、「この作家、いいな」と思ったら、その人の作品を買い占める人もいます。マネーゲームに参加せずに、売らずに長い間持ち続けて鑑賞することを楽しむ。結果的に、その作家の才能が花開いて世界的に評価をされ、どんどん作品の値段が上がり、ものすごい含み資産になったという例も多々あるわけです。

──今の日本のアート市場では、若いコレクターが増加し、活況を呈しています。一時的なバブルであるのか、今後の市場拡大につながっていくのか。どのように思われますか。

日本のアート市場が盛んになるのは歓迎です。SBIアートオークションを中心とした国内のオークションでは、新たに登場してきたミレニアル世代(30〜40代)のコレクターが買い手の中心で、美術史やコンセプトが優れた作家より、イメージ先行の、わかりやすいかわいい系の絵画が人気を集めています。

アートゲームの新たなプレイヤーたちの興味の持続力や資力がどれくらいあるのかによって、このブームが一過性で終わるのかが決まるでしょう。注意深く見守っていきたいと思っています。

現状では、3000億円もない小さな日本のアート市場で作家を育てることすら難しい。多くの作家たちは、学校の先生やアルバイトをしながら作家活動をしており、専業のフルタイムアーティストは、200人いるかいないか。
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日本人が日本人の作家を買わない

なぜそうなるかといったら、日本人が日本人の作家を買わないからです。江戸時代には、将軍や豪農、豪商。明治時代には財閥。戦後には銀行や証券会社も含めた企業が作家を買い支えていました。

ただ、バブルが崩壊すると、国内にしかマーケットがない日本画や洋画の価格が、5割、9割と大幅に下落した。かつて、10億円ほどした横山大観の絵など、今や数百万円で買える時代です。そして、ずっと下がったままです。

なぜ今買い支える人がいないのか。それは、日本のお金持ちが精神的に貧困だからなんです。本当のお金持ちがいない。今、アート市場に投機的なマネーを投じている人たちは、株や不動産の値上がりと同じような感覚で買っているようです。結果、国際的にはまだ勝負にならないような作家たちが値上がりしてしまっている。作家にとって、若いうちに価格が上がりすぎてしまうことは必ずしもいいことではない。その後のキャリアで、値段が下降しつづけることもありうるからです。

そうではなく、長期的な視座で日本人の作家を育てていかなくてはいけない。これは、国の今後をも左右する問題です。というのも、現代アートは国際的なコミュニケーションに有効なツールだから。例えば、日本にある外国の大使館を見ると、その国の作家の現代アートが飾られている。日本の在外大使館の場合はどうでしょうか。

自動車産業ですら、思いもかけない異業種企業が参入して車を作れる時代に突入している。日本がモノを作って活躍する時代がもしも終わってしまったら、文化や観光を頼っていくしかない。そこできちんと作家が育っていないと、この国の未来は暗いでしょう。

三潴末雄(みづま・すえお)

1946年東京都生まれ。成城大学文芸学部卒業後、広告業界を経て1980年代からギャラリー活動を始める。1994年、青山にミヅマアートギャラリーを開く(現在は市ヶ谷)。会田誠、山口晃、宮永愛子、池田学などの作家を輩出。国際的なアートフェアに多数参加。シンガポール、ニューヨークにもギャラリーを持つ。(撮影:松蔭浩之(C)Courtesy of Mizuma Art Gallery)

『週刊東洋経済』

2月15日発売号の特集は「アートとお金」です。
東洋経済新報社 定価730円(税込)
※書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です
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