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2026.09.25

【第54回】

日本流の“至れり尽くせり”とは正反対! イタリアの飲食店では「ウチのルールに従いな!」が普通のワケ

世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさんが、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。

BY :

文/マッシ
CREDIT :

写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)

「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが今回教えてくれるのは、イタリア人の「理不尽」とも思える“食の流儀”について。客の言いなりにならず、合わせもせず、自分たちの文化と信念を頑なに貫く。 その強いこだわりの理由とは?

 スマホを使わずに、料理と会話を楽しんでる自分は1番幸せ。

▲ スマホを使わずに、料理と会話を楽しんでる自分は一番幸せ。

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美味いメシを食わせてやるんだから、僕のルールに従え!

僕はイタリア人だけど、イタリア人と付き合っていると、つくづく感心することがある。自分のこだわりに対する圧倒的な頑固さだ。


服を着る時も、クルマを選ぶ時も、そして食べる物を選ぶ時もそう。ジャケットの袖口からチラリとのぞくシャツのカフスの幅から、休日のパスタを茹でる塩の分量に至るまで、「自分はこうする」「これが絶対に正しい」というイメージが脳内で完璧に出来上がっている。そこに他人が口を挟む余地など1ミリもない。


そんな「こだわりが服を着て歩いている」ようなイタリア人が、もしもレストランのオーナーシェフになったらどうなるか? 答えは簡単。お客さまに合わせる気などハナからゼロだ。「美味いメシを食わせてやるんだから、僕のルールに従え!」と言わんばかりの、超ド級に理不尽な“独自ルール”が爆誕することになる。

日本のレストランに行けば、「お客さまは神様です」とばかりに丁寧な笑顔と細やかな気配りで迎えられる。でも、イタリアの扉を叩く時は覚悟したほうがいい。店の入口に堂々と掲げられた「禁止令」を見れば、誰もが我が目を疑うはずだ。

飲食店をないがしろにする政治家は絶対に店に入れない

イタリアの飲食店の貼り紙で、思わずクスッと笑い、同時に「さすがだな」と唸ってしまったのが、「政治家の入店お断り」というルールだ。


例えば、フィレンツェの伝統料理を守り続ける老舗トラットリア「ダ・ブルデ(Da Burde)」。コロナ禍でイタリア政府が飲食店に対して二転三転する営業規制を課していた頃、激怒したオーナーは店の前にこう宣言した。「僕たち飲食店をないがしろにする政治家たちは、話を聞いてくれるまで絶対に店に入れないし、料理も出さない」と。

多くのレストランではテーブルの隙間がほとんどないという撮影対策。

▲ 多くのレストランではテーブルの隙間がほとんどないというのも撮影対策。

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普通なら「そんな政治的メッセージを出したら客が減るのでは?」と心配になるところだけど、そこはイタリア。むしろ常連客は「よくぞ言った!」「これぞフィレンツェ男の心意気だ!」と大絶賛したのだ。


イタリアにおける飲食店の店主にとって自分のお店は、ただの「外食サービスを提供する場所」ではない。そこは店主の城であり、生き様そのものだ。自分のポリシーに合わない人間は、たとえ国のトップだろうが一国の首相だろうが、テーブルの椅子に座る資格すらないのである。

グルメガイドの調査員および評論家、立ち入り禁止

世界中の料理人が喉から手が出るほど欲しがるものといえば、ミシュランをはじめとする有名ガイドブックの星や高評価だろう。メディアに取り上げられれば客は押し寄せ、名声も手に入る。


ところが、ローマの伝説的なピッツァ職人ガブリエーレ・ボンチは、数年前に店の前にとんでもない貼り紙を出して周囲の度肝を抜いた。


「グルメガイドの調査員および評論家、立ち入り禁止」


理由はいたってシンプル。「僕のピッツァは、毎日買いに来てくれる近所のおっちゃんやおばちゃん、美味しいものを心から愛する普通の人々のためのものだ。テーブルの上で偉そうに採点シートを広げる奴らのために焼いてるんじゃない」ということらしい。


権威にすり寄るどころか、正面から中指を立てて追い払う。なんとも痛快だ!自分の味に絶対的な自信と誇りがあるからこそできる。日本の飲食業界で同じことをやったら「生意気だ」と叩かれそうだけど、イタリアではこの頑固っぷりこそが最高の調味料として受け止められる。

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 ピエモンテ伝統料理であるポレンタ・コンチャはテーブル上でお皿に乗せるスタイル。

▲ ピエモンテ伝統料理であるポレンタ・コンチャはテーブル上でお皿に乗せるスタイル。

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今夜は目の前の美女のほうが大事じゃない?

イタリアでは近年、トスカーナの二つ星レストラン「ダ・カイノ(Da Caino)」をはじめ、多くの名店がテーブル上でのスマートフォン操作を厳しく制限している。「写真を撮るな」というよりは、「スマホの画面を見る暇があるなら、目の前に座っている大切なパートナーの目を見ろ」というメッセージなのだ。


イタリア人にとって、食事とは「社交」そのもの。美味しいワインを酌み交わし、身振り手振りを交えて熱狂的に語り合い、笑い合う。その空気感すべてがレストランの料理を完成させる。

料理が運ばれてくるたびにカシャカシャと連写し、温かいパスタが冷めるのも構わずにSNSの文面を打ち込んでいる客を見ると、店員さんは心底ガッカリした顔をする。「シニョーレ、冷めないうちに召し上がれ。Instagramのフォロワーより、今夜は目の前の美女のほうが大事じゃない?」と諭されるのがオチだ。

あなたがどう思おうが、美味しくないものは美味しくない

禁止令の貼り紙こそないものの、もっと身近で強烈なのが「食べ方のルール」に対する不文律だ。例えば、昼食や夕食のあとに「カプチーノをください」と頼んでみる。すると、バールや店員さんはまるで親の仇でも見るかのような顔をして、「ミルク入りコーヒーは胃にもたれるから、食後には出せない。エスプレッソにしておけ」と平然と注文を拒否してくる。


あるいは、魚介のスパゲッティに「粉チーズをちょうだい」と頼んだ瞬間、シェフが厨房からフライパンを持って飛び出してきそうな勢いで「マンマ・ミーア!」と叫ばれる。魚の繊細な風味をチーズの強い香りで殺すなど文化の冒涜、もはや犯罪行為なのだ。

スマホをテーブルに置いて食べ終わるまで触らないことで料理はますます楽しくなる。

▲ スマホをテーブルに置いて食べ終わるまで触らないことで料理はますます楽しくなるんです。

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お金を払っているのだから、何時に何を飲もうが、パスタに何をかけようが客の勝手だろうとそう思うのが普通の感覚かもしれない。けれど、イタリア人には通用しない。「あなたがどう思おうが、美味しくないものは美味しくないし、体に悪いものは出さない」という、お節介で傲慢、でも底知れぬ愛に満ちたこだわりがそこにある。

お客さまの言いなりにならず、合わせもせず、自分たちの文化と信念を頑なに貫く。「子どもお断り(静かに大人の夜を楽しんでほしいから)」、「割り勘お断り(会計でモタモタして雰囲気を壊さないてほしいから)」といった数々の理不尽なルールも、突き詰めれば「最高の空間で、最高の時間を過ごしてほしい」という店主の情熱の裏返しなのだ。


なんでも思い通りになり、手厚くもてなされる至れり尽くせりのサービスも素晴らしい。でも、旅先や街角でふと立ち寄った店で、「ウチのルールに従いな!」と胸を張るオヤジに出会った時の面白さには敵わない。


イタリア流の「理不尽」を前にしたら、苦笑いしながら肩をすくめ、イタリア人の流儀に身を委ねてみるのが、スマートな愉しみ方というものだ。その頑固さの奥にある本物の熱気と温かさに触れたとき、ますますこの国のことが嫌いになれなくなる。

マッシ 思考する食欲 WebLOEN

● マッシ

本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。最新刊『イタリア紳士、うまいと叫ぶ』(亜紀書房)が好評発売中。

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