2022.11.15
上司に弁当を頼まれたら、あなたはどうする?
上司に「お弁当を買ってきてくれ」と言われた対応の仕方が、あなたの「権力」の捉え方を表します。大学教授である筆者が弁当を頼んだところ、欧米の学生は難色を示し、アジアの学生は快諾したというのです。
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文/パリッサ・ハギリアン(上智大学国際教養学部教授)
筆者は経営研究者として、経営者の行動や意思決定に何が影響を与えているのかを調査している。最大の関心事は日本の文化が経営行動や意思決定にどのような影響を与えるか、ということだ。本稿では、文化の表れの1つでもある権力が組織でどのように使われているか、日本と欧米での違いを考察してみたい。

人に影響を与える「報酬」と「強制」
権力や権威は、「報酬」と「強制」の2つの原則に基づいている。報酬はとても簡単に他人に影響を与えることができる。報酬や給料がなければ、多くの人は朝起きて会社に行こうと思わないだろう。人々は通常はしないようなことをするとき、報酬を期待する。報酬には、給与などの金銭的なものだけでなく、承認、肯定的なフィードバック、意思決定の機会などがある。
もう1つの権力は、強制力、つまり、望まない行動に対して否定的な結果を課す権利である。強制力は報酬の反対だ。強制力は、しばしば罰と混同されるが、その主な目的は不正行為を最小限に抑えることである。いい例がスピード違反だ。会社における強制力は、明確なルールを定め、それを破った場合の結果を従業員に伝えることで発揮される。
経営者はこの2つの権力基盤──報酬と強制──に基づき、さまざまな形態の権力を使う。誰もが思いつくところでは、職務記述書(ジョブディスクリプション)、法律、契約などに基づく地位の権力である。
地位の権力とは、会社における特定の地位に付随する権限や権利だ。例えば、あるマーケティングマネジャーに部下が2人いた場合、この上司は部下に何をすべきか指示できる。仕事をしている間は、マネジャーは仕事に付随する権利を行使することができるが、終業後や仕事を辞めるとこの権力は失われる。
会社は地位の権力を誰かに与えることも、奪うこともできる。権力は会社や仕事を結びついているだけで、特定の人物と結びついているわけではない。会社はまた、地位の範囲を明確に定義し、それはマネジャーにも、その部下にも伝えられる。ルールにのっとって行動すれば昇進し、無視すれば解雇されるかもしれない。
「情緒的権力」とは何か
情緒的な権力は、すべての人間が日常的に使っているものである。親は子どもの幸福のために自分の行動を変え、ある人は困難な仕事を成し遂げるために友人を助け、また、ある人は関係を危険にさらしたくないので、自分が認めていないことに「イエス」という。
しかし、詳細に定義され、従業員に伝えられる地位の権力とは異なり、情緒的権力は無意識に使われることが多い。そして、この権力は地位ではなく、人と結びついているため、職場を離れても失われることはない。
一概には言い切れないものの、どちらの権力を志向するかは国によって異なる傾向がある。
例えば、欧米の企業では、地位の権力があらゆる協力関係の基盤となっている。各従業員に対して個別の雇用契約が結ばれ、そこにはすべての義務、責任、権力関係が詳細に記述されている。これらの契約は、しばしば非常に長い。
そして何より、何が許され、何が禁じられているのか、全員が正確に把握できるように配慮されている。欧米では、これによって虐待や差別が減り、社員間の権力差が少なくなると考えられている。権力構造というものは、自然に発生するものではなく、定義され、伝達され、厳しく監督されるものなのである。
このため、欧米の企業は情緒的な権力は重要視されない。仕事のプロセスは専門的でなければならず、個人的な関係に影響されてはならない。アメリカなど一部の国では、特にこの点が厳しく定められている。マクドナルドのCEOが従業員と交際していることが判明したとき、彼はその地位を去らなければならなかった。
地位の権力にはメリットもあれば、デメリットもある。例えば、チームや会社におけるすべてのプロセスが明確に定義され、伝達されるので、社員は自分の役割が何なのか、上司は何を求めても許されるのかを知っている。権力は会社にとどまるため、私生活が侵害されることはない。
一方、地位の権力にこだわるあまり、人間関係がおろそかになり、会社に対する信頼や配慮が薄れることも少なくない。
日本企業では「情緒的権力」が重視されている
この権力構造は、先輩後輩の関係や、すべての社員が部署や組織をサポートするとの期待に基づいている。情緒的な権力は日本における多くの業務プロセスの主要な接着剤と言える。
情緒的権力にも長所と短所がある。情緒的な権力構造は、高い忠誠心と強い集団結束をもたらす。これは個人のモチベーションを高め、会社の目標達成を強力にサポートする。すなわち、日本人の強いチームワークと信頼関係のバックボーンとなっているわけだ。
一方で、社員が情緒的に会社を切り離したり、職場で何らかの異論や批判を口にすることは不可能な場合が多い。日本で働いている人なら誰でも、年配の管理職が昭和時代のまま、議論や決定を支配していることを経験したことがあるはずだ。
情緒的な権力構造は、自分より年上の社員について批判的に議論したり、ノーと言ったりすることを非常に難しくしている。新しい発想があっても、すぐに潰されてしまうので、結果的に会社に損を与える可能性もある。情緒的な権力は、たとえ他の選択肢が企業にとってより有益であったとしても、その会社が長い間知っているパートナーとビジネスを行うことが多い理由でもある。
どのような権力形態やリーダーシップを好むかは、確かに各国の文化や会社の文化に強く影響される。また、権力形態の違いを知っていても、どの権力形態を最も重要視するかは、個人の生い立ちに依存するところがある。これは、リーダーとしての行動、部下としての行動にも影響を与える。
私は、講義の中で学生たちとこのテーマについて議論を重ねてきた。まず、学生たちに「教授にはどのような権力形態があるのか」と尋ねる。答えは簡単だ。教授が持っているのは地位の権力だけだ。学生に試験勉強をさせ、論文を書かせることに限定される。この権力は、大学や法律によって非常に厳密に定義されており、授業が終わった瞬間になくなる。
だが、教授には情緒的な権力はないのだろうか? それを知るために、私は学生にある仮説を立てて質問している。
「教授である私がコンビニで弁当を買ってこいと言ったら、あなたはどう答えるか?」
もちろん、これまで学生に弁当を買って来いと頼んだことはないが、それでも彼らに正直に答えてくれることを望んだ。その答えの中に、文化の違いがよく表れていた。
スウェーデンからの留学生 それは学生としての義務ではないと思うし、正直言って、この質問はかなり不適切だと思う。私は、教授が権限を超えない依頼をしていただければと思います、大学の事務局に文句を言うのは嫌なので。
アメリカからの留学生 そうですね、日本では学生が教授にお弁当を買ってくる習慣があるのなら、私は買いに行ってもいいですが、アメリカでは絶対にやりません。
フランスからの留学生 自分の弁当も先生持ちで買えるなら、買ってきてあげてもいいんですけどね。問題ありません、それなら。
中国からの留学生 そうですね……私は教授のクラスにしばらく在籍して、いい関係も築いており、教授が好きですし、お弁当を買ってきてあげてもいいと思います。
そして最後に、
日本人の学生 もちろん、教授のお弁当買ってきますよ。コーヒーもいかがですか?
どの回答も自然に出てきた
彼らはまた、権力形態の受け入れ方は、国の文化によって大きく異なることも学習する。欧米の教室では地位の権力が重要であるが、アジアの教室では情緒的な権力も重要な役割を果たしているのだ。
後編では、こうした権力形態の違いがいかにリーダーシップに影響を与えるかについて、実際にヨーロッパ人である著者が、日本に来て経験したことを交えて紹介したい。