2022.10.29
博多大吉「女性の“あの日”のつらさを男性も知ったほうがいい」
「月に1回お腹が痛くなる」くらいの認識だった女性の生理が、メンタルにも影響を及ぼすと聞いて驚く博多大吉さん。女性を理解するうえでも、生きやすい社会を考えるうえでも、生理について知っておいて損はないですよ。
- CREDIT :
博多大吉(お笑い芸人)、高尾美穂(医学博士・産婦人科専門医)

生理中のつらさと、生理前のつらさは別モノ
高尾 ほかにも経血の量が多かったり、それにともなう貧血があったりで困っている女性は多いのですが、鎮痛剤やナプキンの広告ではそうしたことは伝わりませんね。水色の液体を吸収させているから、さわやかなイメージを持っている人すらいるかもしれない。
大吉 最新のナプキンを使えば「多い日も安心!」ってなるわけじゃないし、鎮痛剤を飲んでも起き上がれない……。ぼくらが考えているよりずっと深刻な状態の女性がいる。まして、メンタルに影響が出るとは思いもよりませんでした。
高尾 メンタルに影響が出やすいのは、生理「中」より「前」なんですよ。生理前の不調は月経前症候群といわれます。PMS(PreMenstrual Syndrome)という言葉なら男性も知っているかな。
大吉 「『生理前』に不調を感じることはありますか?」というアンケートを見ると、たしかに「生理中」のアンケートと比較して、フィジカルよりもメンタルに不調があらわれていることが顕著ですね。PMSは女性なら必ずあるものなんですか?
高尾 生理痛と同様、個人差が大きいんですよ。まったくない人もいますが、約5割の人が症状を自覚しているという調査結果があります。(※大塚製薬「女性の健康と仕事への影響に関する調査」)
そのなかで日常生活に支障をきたすほど症状が重いと感じている人は約2割。アスリートも4人に3人はPMSがあるというデータもあって、決して少なくないことがわかりますね。
PMSには身体症状もあって、下腹部の痛みや腰痛、頭痛、むくみ、便秘、倦怠感や眠気、ニキビといったものがあります。それから情緒面が不安定になる人もいて、気持ちが沈む、イライラする、涙もろくなる、集中力が低下する、気が張ってリラックスできない……など。要は自分で自分のメンタルをコントロールできなくなると感じている女性が多いようですね。
大吉 昔から「生理中の女性は機嫌が悪い」といわれてきましたが、それは生理「前」からのことを指しているとすれば、一理あるということですかね。
高尾 少なくとも的外れではないと思いますね。いつもはぜんぜん気にならないことが妙に気に障って、パートナーや家族にあたってしまうなど、まわりにも影響を及ぼした経験がある人は、かなりの数にのぼるんじゃないでしょうか。
もちろんPMSだから何をしてもいいというわけでもないけれど、本人でなくパートナーや家族がPMSについて知ることで、対処できたり受け止め方が変わったりすることはあると思います。もちろんこれも生理や更年期と同様、女性が社会の一員として働くうえで企業のみなさんにも知っておいていただきたいことでもあります。
PMSの時期、女性は「幸せを感じにくい」
高尾 そうですね。PMSはないけど生理になると具合が悪くなる人もいて、逆にPMSはつらくてしょうがないけど生理がはじまるとケロッと楽になる人もいます。そして、PMSが重いうえに、生理になるとこれまた重いという人は、1週間~10日間ぐらいずっと調子が悪いということになってしまいます。
ただ生理とPMSでは、しんどくなる原因がそれぞれ違うんですね。生理痛は受精卵を受け止めるため厚くなった子宮内膜が妊娠しなかったことで不要になったので、それを排出するために子宮が収縮するのを、痛みとして感じるんだ、とお話ししました。
大吉 はい、痛み物質が出ているんですよね。
高尾 そうそう、一方でPMSは女性ホルモンといわれるエストロゲンとプロゲステロンの変動が原因です。といってもこの2種のホルモンが約28日の周期で分泌量を増減させること自体は、妊娠に向けての準備が正常に進んでいる証。エストロゲンの分泌量がピークに達したあとに卵子が放たれます。排卵ですね。排卵されたということは、妊娠できるチャンスです。そこでプロゲステロンの分泌量が増えて、受精卵が着床しやすいように子宮内膜を整えます。
排卵から1週間~10日ぐらい経って「今月は妊娠しなかった」と気づくと、エストロゲンもプロゲステロンも減っていきます。もう子宮内膜を維持しなくてもいいからですね。そして生理がはじまるころには、ほぼ分泌されていない状態になります。生理が終わると、またエストロゲンが分泌されるようになり、排卵に向けて準備していく──というのが一連の流れ。
これでなぜメンタルに影響が出るかというと、エストロゲンには抗うつ作用があって、プロゲステロンには抗不安作用があるからです。生理がはじまる前にホルモンの分泌が徐々に減るということは、抗うつ作用も抗不安作用もなくなっていくということ。だから、気持ちが不安定になったり、どうしようもなく不安に駆られたりする。これが、PMSでメンタルに影響が出る理由です。
さらにそれと連動して、神経伝達物質であるセロトニンも減ります。セロトニン=幸せホルモンって聞いたことありませんか? こうしたものがそろって分泌されなくなるので、生理前の女性はひと言でいうと、「幸せを感じにくい」精神状態なんですよ。
排卵後と排卵前に女性の身体に起こっていること
高尾 もちろん人によりますけど、大変でしょ? この時期のメンタルの不調には、自律神経も関係しています。女性の身体でがんばらなければいけない時期というのは、〝排卵後〟なんです。なぜなら、妊娠しているかもしれない時期だからです。そこでがんばるときの神経=交感神経が優位になります。仕事に集中しているときやスポーツなどは交感神経が優位ですが、これには緊張感がともなうんですね。
逆に、排卵前は副交感神経が優位です。この自律神経にはエストロゲンが影響しているので、エストロゲンがたくさん出ている時期はハッピーだしリラックスできる。そしてまた生理前になってエストロゲンが減ると、イライラしたり怒りっぽくなったりします。メンタルの変化とは、このようにいくつものことが同時に起きた結果だと考えられています。
大吉 こう聞くと、PMSの大変さって、自分でなんとかしたくてもできないことが多そうですね。
高尾 生理前にメンタルの不調が特に強く出ることを、PMDD(PreMenstrual Dysphoric Disorder)といいます。日本語でいうと月経前不快気分障害。ひどく怒りっぽくなって人とのトラブルが増えたり、どうしようもないほど絶望感を感じたり……よく聞くのは「死にたくなっちゃう」ですね。生理がきたらその絶望感から解放されて、「助かった」と思うそうです。でも、万が一のこともあるかもしれない。なんらかの対処が必要ですよね。
大吉 「生理前や生理中のメンタルについて教えてください」という自由回答のアンケート結果を見ると、気持ちの落ち込みようがよくわかります。この質問は「生理中」のメンタルも含まれるようですが、つまり人によっては生理前から生理が終わるまで、ずっとこうした精神状態になりかねないということですよね。それにしても生理前になると死にたくなるって、ホルモンの影響はそこまで大きいのかぁ。
PMDDも婦人科で相談できる
PMDDも婦人科で相談できます。主に問診で診断するので、生理前にどんな状態になるか、何を困っているかをお聞きします。治療となると、婦人科だけでなく心療内科にも一緒にかかったほうがいいと判断される場合もあります。何かしらできることはあるので、悲観的にならないでほしいですね。
高尾 「生理は病気じゃない」という話をしましたが、PMSもある意味「病気じゃない」んです。それでもつらいものはつらい。先ほど紹介した大塚製薬の調査では、PMSを自覚して日常生活に支障をきたすと感じている人たちの約6割が、「PMSは自分で対処することが重要」と考えています。その一方で「会社では誰にも相談できない/したくない」人も6割ほどいます。
体調というのはとても個人的なことですし、そんなことで仕事に支障をきたしたり影響を及ぼしたりしてはならないと考えているのでしょう。会社内での責任が上がれば上がるほど誰にも相談できないと感じている人が多いということもあきらかになっていて、深刻さがわかります。
PMSの治療にも、保険適用外ではありますが、低用量ピルが使われることがあります。ピルは毎日少量ずつのエストロゲン、プロゲステロンを錠剤で服用することで、脳から「エストロゲンやプロゲステロンを増やしたり減らしたりしなさい」と指令が出るのをストップさせるのが目的。つまり服用しているうちはホルモンのアップダウンがない、そうするとメンタルと体調のアップダウンも落ち着くというわけです。
PMSも生理同様に社会の理解が大事
高尾 そのとおりです。特にPMSの時期は、本人もなぜかわからないまま「調子が悪い」「イライラするなぁ」と思いつつ仕事や家事をしていて、数日後に生理が来てはじめて「あれは生理前の不調だった」とわかる人もいます。
生理を毎月記録する管理アプリなどを利用すると、排卵日やPMSの時期も予測してくれるので、自分の体調を把握するのに便利だと思います。前もってスケジュールをゆるめに組んでおくなど、対処できますよね。
加えて女性ひとりひとりが治療にアクセスできるようになるといいと思うのですが、そうした個人の努力だけに委ねるのでなく、PMSも生理同様「大変なんだ」と社会が理解することも大事だと思っています。
※前回の「博多大吉『生理痛のあまりのつらさを知った衝撃』」はコチラ。
『ぼくたちが 知っておきたい生理のこと』
漫才コンビ博多華丸・大吉の博多大吉さんと、NHK「あさイチ」でもおなじみの産婦人科医・高尾美穂先生が「生理」をテーマに語りあいました。
生理のメカニズムについての解説はもちろん、男女約480人によるアンケートの回答も交えながら、生理痛やPMS(月経前症候群)への理解を深めたり、生理にまつわるコミュニケーショントラブルや社会レベルの課題について、一緒に考えます。
女性の身体に起こる「生理」について、男性が知る意味とは? 女性の生理について社会的に取り組むことは、女性優遇なのか? 女性が生理休暇をとりづらい背景とは?
一見して女性に限った問題にも見える「生理」というテーマから、「誰もが生きやすい社会」をつくるためのヒントが見えてきました。
博多大吉・著、高尾美穂・著 辰巳出版 1540円(税込)
※書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします