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2022.01.22

世界で最も影響力のあるシェフは、なぜ「おにぎり」を作り続けるのか?

ミシュランガイドで2つ星、世界のベストレストラン50でも19位に輝くレストラン「NARISAWA」。日本を代表するこの店を率いる成澤由浩シェフが、今情熱を傾けているのは「おにぎり作り」だといいます。その理由とは?

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文/仲山今日子 

2003年に東京・青山にオープンした「NARISAWA」といえば、ミシュランガイドで2つ星、世界のベストレストラン50でも19位に輝く、正真正銘のガストロノミーのレストラン。この店を率いるのがスペインの美食イベント「マドリッド・フュージョン」で、「世界で最も影響力のあるシェフ」にも選ばれた、日本を代表するシェフのひとりである成澤由浩さんです。

成澤シェフが提唱するのは、日本の里山にある豊かな食文化と先人たちの知恵を、料理で表現する「イノベーティブ里山キュイジーヌ」。まさに日本人の食を追求し続けてきたシェフですが、その彼が今情熱を傾けているのが、「おにぎり作り」だというのです。一体全体、なぜ? どんなきっかけで、おにぎりを作るようになったのでしょう?
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里山は、人と自然が支え合い、良い関係性を築く象徴

── まずは日本のテロワールを追求してきた成澤シェフの料理スタイル「イノベーティブ里山キュイジーヌ」について教えていただけますか?  こちらがおにぎりの原点とも繋がってきそうですが。

成澤 元々は、土や畑のレベルから、安心安全な食材を探して、日本全国の食材の産地を訪ねて回ったことがスタートです。青山に店をオープンして5年後の2008年に、畑で農家さんと話をしていて、ふと目をあげると、雑木林の向こうに山があったのです。「料理人は、畑には行っても、山までは行かないな」と思って、興味をもちました。畑というのは人間が手を入れた自然ですが、その先に何があるのか。そんな興味から、日本各地を訪れるようになりました。

── テロワールは日本語でいうと、「その土地らしさ」や「風土」と訳せると思うのですが、やはり、食材を生み出す原点に目を向けると、土と水、そしてそれを生み出す山に行き着いたと。

成澤 そうです。人が足を滅多に踏み入れることのない高い山々と、人間が普段住む平地。その間にあるのが、里山の存在です。私たちの先祖が長年、焚き木や山菜、きのこをとってきて、深い関わりを持ってきた里山は、人と自然が支え合い、良い関係性を築く象徴です。でも、いま焚き木を切りに行く人はごく少数。大自然と人間界のはざまにある土地のバランスが崩れてきてしまっていると感じます。
── だからこそ、里山に足を運ばなくては、と思うようになられたのですね。当時お店にお邪魔して料理に添えられていた山野草についてお聞きしたら「ちょうどこの前スタッフ全員で石川県の里山に行って、摘んできたんです」なんて言われて、驚いた記憶があります。里山に通うことで見えてきたことはなんでしょうか?

成澤 自然と深く関わりながら、森に住む人たちと話をするうちに、気候風土が生み出す、その土地の生活様式と、それに根付いた食文化があることに気付きました。
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熱々のご飯を手で握るのは、愛情がなくてはできないこと

── そう考えると、おにぎりは、昔から日本の風土に根付き、日本人が食べてきた、最もシンプルな料理の一つですよね。ではなぜ、去年2月からおにぎりを作り始めたのでしょう?

成澤 ひとつには、長引くコロナ禍で、医療関係者も、飲食店も疲弊している、という現実です。私が料理を仕事に選んだのは、父が経営する飲食店で、いつも幸せそうに食事をしているお客様を見てきたからなのです。それくらい、食が人を幸せにする力を信じてきました。もちろん、寝る間を惜しんでコロナ患者の治療にあたるなど、大変な状況に置かれている医療関係者の方々を少しでも幸せにしたいというのが一番でしたが、同時に、営業の自粛要請などで「社会に必要とされていないのではないか」と感じているこの業界の若い人たちに、「食は人を幸せにする力がある」というポジティブなメッセージを伝えたかったのです。
── 医療従事者の支援としては、お弁当を作るなど、色々な方法があったと思いますが、なぜおにぎりだったのでしょうか?

成澤 まず、おにぎりというのは、自分で食べるのではなく、誰かのために作る、最も根源的でシンプルな、まいにちの料理。熱々のご飯を手で握るのは、愛情がなくてはできないこと。手作りのおにぎりを食べた時の、温かい気持ちを含めて、届けたいと思ったのです。

それから、里山キュイジーヌを提供していく中で、日本の地方の魅力を多くの人に知ってもらいたいと感じるようになりました。ちょうど時短要請などで消費が落ち込み、苦境にあった日本各地の酒蔵と一緒に、地方を元気にしていきたい、と思ったのです。昨年の2月から、考えに賛同してくれた、日本の和牛を世界に届けようと頑張っている会員制焼肉店「WAGYU MAFIA」の浜田寿人氏とともに、毎月一つの地域を訪れ、酒蔵とともに地元の米と水でご飯を炊き、地元の食材を具材にしたおにぎりを作って地域の病院に届けています。
▲ 「WAGYU MAFIA」の浜田寿人氏(左)と成澤シェフ(右)。
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日本文化の根本にある食の豊かさを、見直すきっかけになれば

── おにぎりは、昔から心を伝える手段でもあったわけですものね。シンプルで日常的だからこそ、より心に沁みそうです。このプロジェクトが、海外にも広がっているのだとか。

成澤 はい、#onigiriforloveのハッシュタグをつけてSNSにのせたところ、世界のシェフたちが賛同してくれ、香港の「ランドマークマンダリンオリエンタル」の総料理長、リチャード・エケバスシェフが友人のトップシェフたちに呼びかけて、昨年7月から8月にかけて、香港で#onigiriforloveのイベントが行われました。トップシェフがそれぞれのクリエイティビティを生かしたおにぎりを作り、それを販売した収益29万香港ドル(約420万円)は、全額地元のチャリティに寄付されました。

── おにぎりを作ることを「結ぶ」ともいいますが、まさにおにぎりが結んだ縁が、世界に広がっているのですね。

成澤 そうですね、おにぎりは、炊きたてのご飯があれば老若男女問わず、誰でも作れて、思いを届けられる、素晴らしい文化だと思います。コロナ禍がきっかけで料理を始められた方もいらっしゃると思うのですが、私たちの活動が、日本の文化の根本にある食の豊かさを、再度見直していただくきっかけになるとうれしいです。そんな意味で、これからも #onigiriforlove の活動は続けていく予定です。
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── 私たちが食べてきた食文化の本質を、未来につなげていく。そんな意味でも、政府からの時短営業要請が終わっても、「NARISAWA」の閉店時間を午後8時に据え置いたのは、大きなことだったのではないですか?

成澤 はい、うちはランチ営業もやっていますから、夜遅くまで営業すると、労働時間が長くなりますし、家庭のある女性のスタッフなどは働きづらい。これまでは女性スタッフには先に帰ってもらったりしていましたが、どうしてもチームの輪が乱れてしまう。今は、ワークライフバランスをとることが大切な時代です。新しいライフスタイルが定着した今、お客様に理解していただき、自分たちから業界を変えていきたい。飲食店のサスティナビリティも、これからの美食文化を未来につなぐ上で、とても大切なことだと思っています。

── コロナ禍で、私たちは多くのものを失いましたが、それと同時に、大切なものはなんなのか、もう一度考える機会をもらったような気がします。

成澤 国境を超えた行き来が自由にできないからこそ、自国の文化を振り返る時間が取れるようになったと思います。今この時を、より良い未来への変革のために、生かしていきたいものですね。

成澤由浩(なりさわ・よしひろ)

1969年、愛知県生まれ。19歳の時に料理の世界に入り、日本料理からキャリアをスタート。その後、8年間フランス、スイス、イタリアで研鑽を積む。帰国後、小田原に「La Napoule(ラ・ナプール)」をオープン、高い支持を集める。2003年に東京・南青山に移転し、店名を「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」に。2011年「NARISAWA」に店名を改める。、『ミシュランガイド東京』や「世界のベスト・レストラン50」などでも高い評価を受ける日本を代表する料理人の一人。「持続可能で心にも身体にも有益な美食」を目指し、日本の里山にある豊かな食文化と先人たちの知恵を生かした「イノベーティブ里山キュイジーヌ」という独自のジャンルを確立。
HP/NARISAWA (narisawa-yoshihiro.com)

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