2026.03.08
【第95回】 青梅「ラーメンFeeL」閉店
突然の閉店でファンを驚かせた青梅の超人気店「Ramen FeeL」のご主人にその理由を聞いた!
日本初の料理評論家、山本益博さんはいま、ラーメンが「美味しい革命」の渦中にあると言います。長らくB級グルメとして愛されてきたラーメンは、ミシュランも認める一流の料理へと変貌を遂げつつあります。新時代に向けて群雄割拠する街のラーメン店を巨匠自らが実食リポートする連載です。
BY :
- 文/山本益博
- CREDIT :
写真/山本益博 編集/森本 泉(Web LEON)
日本初の料理評論家、山本益博さんが、B級グルメから一流の料理へと変貌を遂げつつある街のラーメンに注目し、自ら実食リポートする連載です。今回は、突然の閉店でラーメンファンを驚かせた青梅の超人気店「Ramen FeeL」 のご主人、渡邊大介さんにインタビュー!

「Ramen FeeL」は、なぜ人気沸騰中のさなかに店を閉めてしまうのか
青梅で評判をとってきた「Ramen FeeL」が2月末に店を閉めた。営業不振による閉店ではなく、次のステップへ進むための店閉まいである。
そこで、ご主人渡邊大介さんにお願いし、2月最終週のお忙しい中、ラーメンをいただくのはもちろんのこと、なぜ人気沸騰中のさなかに店を閉めてしまうのか、お話を伺いに出かけていった。
お客さんたちは、みな愛おしそうにラーメンを食べていた。「醤油」と「塩」とどちらにするか迷ったが、やはり「醤油」をお願いすることにした。「FeeL」のラーメンは、ひと言で言うと「美しいラーメン」。どんぶりに余分なものを添えず、余白をたっぷりと見せながら、味わいの深い、簡潔な一杯である。つまり、ラーメンの命は、「スープと麺」にあると言いたげな表情をみせる。

▲ 「Ramen FeeL」 の醤油ラーメン。
ラーメンはシンプルだけれど、スープも麺もやればやるほど深い
ラーメンファンならよくご存知のように、渡邊さんは湯河原の「飯田商店」で仕上げの修業をし、店主・飯田将太さんから、ただひとり「修了証書」を受け取った職人なのである。その「飯田商店」の無駄をそぎ落とした簡潔なラーメンをさらにシンプルにした一杯と言ってもよい。
スープでは具材を重ね、どんぶりに添えるチャーシューをはじめとする具は華やかに飾り立てるラーメンとは真逆の、「ラーメンの真髄」を極めようとでもするような一杯だった。

▲ 厨房に立つご主人とおかみさん。
「この青梅でどのくらいお店をやってらしたんですか?」との問いに「5年ほどです」と答えてくれた渡邊さん。
「青梅のこの場所で、お店を始めるとき、相当な覚悟というか、度胸がないと、店を開けないと思うのですが」と伺えば
「それが『飯田商店』の飯田将太さんが応援してくださったおかげで、『飯田商店』出身ということで、ずいぶんと助けられました」
「『飯田商店』で働くきっかけは何だったのでしょうか?」
「はじめ、ラーメン屋でアルバイトをしていたんですが、あるとき、『飯田商店』が東京へ出てきてラーメンをつくるイベントがあることを見つけていたら、Twitter(現X)で『お手伝い』がほしいというメッセージが出ていたんです。翌日、働いている店が休みだったもので、このメッセージに飛びつきました。

▲ 「Ramen FeeL」 の塩ラーメン。
遠くから将太さんの手際のいい仕事ぶりを見ていて、『飯田商店』で働きたいと思うようになり、それがきっかけで湯河原の店で働くようになりました」
そこでまた、「なんで5年間でお店を閉めることにされたんですか?」とたたみかけると、
「ラーメンって、シンプルなんですけど、スープも麺もやればやるほど深いんですね。本などでほかの料理を見ていると、つい、ラーメンに置き換えて見たりするんです。すると、ラーメンで使い食材以外にも興味が湧き出して、勉強したくなったんです。
いま、35歳ですが、5年くらいほかの料理を勉強して、40歳頃になったら、また、ラーメンに戻ってこようと考えているところなんです」

▲ 「Ramen FeeL」 の渡邉夫妻と。
日本料理やフランス料理の世界からラーメンへ転身する料理人は、いまや珍しくないが、ラーメン専門店の店主からほかの料理界へ飛び出してゆく人は珍しい。そうそう、5年ほど前、神保町にあった「黒須」の店主黒須さんは、日本料理を学びたくて、いま、京都で修行中と聞く。
渡邊大介さんはいったいどこへ向かうのだろうか? そして、再び、ラーメンへ戻ってきたときのラーメンもとても楽しみである。

● 山本益博(やまもと・ますひろ)
1948年、東京都生まれ。1972年早稲田大学卒業。卒論として書いた「桂文楽の世界」が『さよなら名人芸 桂文楽の世界』として出版され、評論家としての仕事をスタート。1982年『東京・味のグランプリ200』を出版し、以降、日本で初めての「料理評論家」として精力的に活動。著書に『グルマン』『山本益博のダイブル 東京横浜&近郊96-2001』『至福のすし 「すきやばし次郎」の職人芸術』『エル・ブリ 想像もつかない味』他多数。料理人とのコラボによるイヴェントも数多く企画。レストランの催事、食品の商品開発の仕事にも携わる。2001年には、フランス政府より、農事功労勲章(メリット・アグリコル)シュヴァリエを受勲。2014年には、農事功労章オフィシエを受勲。
HP/山本益博 料理評論家 Masuhiro Yamamoto Food Critique

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