2025.05.08
田中康嗣の「食べねばならぬ」 第1回/上野「ぽん多本家」
上野「ぽん多本家」のカツレツが他のどこより美味い納得の理由とは?
人気連載「モテる旦那養成講座」の指南役としてもおなじみ、「和塾」代表の田中康嗣さんがグルメブームに沸く昨今の「美味しい」の秘密に迫る連載がスタートです。第1回は明治38年創業、名物の「カツレツ」で歴史を刻む上野の名店「ぽん多本家」を訪ねます。
- CREDIT :
文/田中康嗣 写真/馬場亮太 編集/森本 泉(Web LEON)

どうしてその料理がそこまで自分を揺り動かすのか
今、世の中には人間の五臓六腑を震わせるような美味が溢れていて、人々はそれを求めて美食の世界を東奔西走。星がついたりコック帽がつく店には世界中の食いしん坊が列を成す。けれど、それもまた致し方の無いことではありますが、多くの人は、美しく器に盛られた料理の最終形だけを目にし口にし、その結果だけに一喜一憂しているのではありませんか。
その過程はどうなんだ。どうしてその料理がそこまで自分を揺り動かすのか。どこがどうなってこれほどの差が生じているのか。私はそこを知りたい、と思った。美味しいには理由があるはずだ、と。

さすれば、あなたの旨いに理由が付加される。そして、理由あってのその結果を確かめに行きたくなる。その店のその料理人だからこその美味の秘密が明らかになるのですから、ここは、やはり、食べに行かねばならない、のであります。
ぽん多のカツレツを解き明かす

ゲタのない腰寄りの部分にも筋の層は伸びているから、ここにも包丁を入れる。左手で筋を掴み右手で包丁を滑らせる。同時に、赤身の表面に散在する脂身もひとつひとつ削ぎ落とす。筋と脂身がすべて削がれて赤身が綺麗に出てくるまで、作業は止まらない。すべての作業が終わると、すっきり風呂上がりのような薄紅のロース肉の塊が台の上から島田を見上げることになる。
技術と根気と諦観と
包丁を入れて、白い脂肪の層を数ミリの厚さで繰り返し繰り返し削いでゆく。この作業は、脂身の下層にある筋の層が露出するまでつづくことになる。そこまで仕事が進んで、人はやっと理解するのだが、ロース肉の背側の脂身は、いきなり赤身に接しているのではなくて、間に筋の層を挟んでいるのだ。
つまり、ロース肉は、脂・筋・肉が三層をなして形成されている。従って、背側の脂身をすべて取り除いても、肉塊の表面はまだ白いまま。そこに難敵、筋の層が料理人の心を折らんがために立ち塞がっている。誠に手に負えない事態が招来しているのだが、まあ島田にとってはそれが日常ですから、作業はさらに先へと進むのです。
そこからさらに包丁を進めて、肩側から腰側に向けて、肉幅三分の一ほどをバッサリと切り落とす。それでも芯上に残ったかぶりの残を立てた包丁で刮げるようにして取り除くのだ。台の上に残るのは、背側に筋の層一枚を残したロース芯。だが、まだ先がある。
技術と根気と、ある種の諦観なしには遂げることのできない仕事。まことにご苦労なことです。ここまでの仕事を終えると、台の上に、まったく芯だけ、となった豚ロースの肉塊が清々しい姿を見せることになる。
肉と脂と筋、最適な揚げ時間は異なるのだから
揚げ時間は、店にもよるが概ね10〜15分ほどか。問題は、異なる素材をまとめて揚げて最良の状態で客に供せるのか、ということだ。島田の考えはこうだ。肉と脂と筋、それぞれ最適な揚げ時間が異なるのは当たり前のことだから、それをまとめて揚げたのでは、肉と脂と筋、すべてを最良の状態で客に供することなどできるはずがない。
要の赤身部分を完璧に揚げたとしても、その揚げ時間では、脂も筋も熱の入りきらない状態にある。牛すじ煮込みが良い例で、あの料理を美味しくいただこうとするなら、少なくとも1〜2時間は煮込まなければならないのだから。
ロースカツは包丁を入れた切り身で供されるから、気付くことのない人も多いとは思いますが、掃除を徹底して筋を取り除いていないカツには、熱がまだまったく通っていない豚すじが入っている。客はその固いままの筋を食べていることになるのですよ、と。

掃除をしない肉を客に出せるのかという問題意識
島田の思いも同じだ。訪れるゲストには、可能な限りベストのものを供したい、と。だから赤身以外はすべて取り除く。中途半端な調理しか施せない脂身や筋を客に食べさせることはできないのだ。もし自分が客なら、豚のロース肉を食べるなら、端肉や脇肉ではなく、できれば一番美味いところだけをいただきたい。だからロース芯だけを残して他はすべて取り除く。たとえそのために多大な労力と長大な時間が必要だとしても。
一時間ほどが経過すると白肌色でふっくらしていた脂身はすっかり黄金色の小さな塊になる。油がほとんど抜け出したカスの脂身だ。これ以上炊くとカスが焦げてラードにいらぬ匂いがついてしまうその直前で火を止める。抽出されたラードをペーパーで漉してボウルに移す。ぽん多自家製ラードの出来上がりだ。

低温から揚げ始めることで衣と肉は一体感を保持し、糖度の低いパン粉は霜柱のような食感を形成し、その揚げ色は品良く浅い。揚げる仕事は目にすることも多いので、ここはあまり多くを語らぬことに。



■ 「ぽん多本家」
住所/東京都台東区上野3-23-3
営業時間/火~日・祝前日・祝日 ランチ11:00~14:00(L.O.13:45)
火~土・祝前日 ディナー16:30~20:20(L.O.19:45)
日・祝日 ディナー16:00~20:20(L.O.19:45)
定休日/月曜
TEL/050-5492-8353
HP/ぽん多本家 - 洋食屋

● 田中康嗣(たなか・こうじ)
「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。
■ 和塾
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