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2022.01.23

山本益博のラーメン革命! 【序章】

山本益博はなぜ今、改めてラーメンを食べ歩くのか?

日本初の料理評論家、山本益博さんはいま、ラーメンが「美味しい革命」の渦中にあると言います。長らくB級グルメとして愛されてきたラーメンは、ミシュランも認める一流の料理へと変貌を遂げつつあります。新時代に向けて群雄割拠する街のラーメン店を巨匠自らが実食リポートする連載です。

CREDIT :

文・写真/山本益博

私は1948年、東京生まれ下町育ちで、子供のころからラーメンが大好きだった。屋台のチャルメラのラーメンを知っている世代である。

いまからちょうど40年前、1982年春に「東京・味のグランプリ200」(講談社)というガイドブックを上梓した。東京の郷土料理である「すし、そば、てんぷら、うなぎ、洋食、ラーメン」の店を200店ほど取り上げ、「ミシュラン方式」で星印をつけてランキングし、各店の料理を論評した。

いきなり余談だが、この本に随筆家の山本夏彦さん、作家の色川武大さん、イラストレーターの山藤章二さんが推薦文を寄せてくださった。本の帯では無くなってしまうこともあろうかと、裏表紙に刷り込んである。

山本夏彦氏 「東京まずい店いけない店」というガイドがあったらよかろうと思っていたら本書が出た。まずい店をうまいというのはタダで食べて書くせいである。本書の著者は並の客として食べている。本当のことが言えるわけである。
色川武大氏 山本益博さんは名人芸に固執する人だが、今度はその眼を街の料理人に向けた。いい狙いだと思う。この本が類書とちがって凛然たる権威を持つのは、優れた料理人だけを敬愛する著者の批評精神があるからだと思う。

山藤章二氏 山本益博は“味の決死隊”である。肉体の危険をかえりみず十二ヶ月のあいだ、うまいものを食いに食った。ためにソクラテスがブタになってしまった。だがその姿は醜くない。半端でないということは何事もよらず美しいからだ。 

このお三方が、料理評論では無名だった私に百人力のパワーを与えてくださった。
「ラーメン」は70軒をのべ200回あまり食べた。そして、選んだ店は45軒、中で3つ星は1軒、荻窪の「丸福」につけた。麺とスープと具のバランスが絶妙で、郷愁を誘う味でありながら、他のラーメンにはない魅力があった。味付けした煮玉子を添えた「玉子そば」が人気で、いまのトッピングの「玉子」の源流(荻窪にあった「漢珍亭」が始祖との説が有力)に当たるかもしれないが、誰しもスープをしっかり飲み干すほど美味かった。
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荻窪「丸福」はいかに美味かったか

ここで、「東京 味のグランプリ」に掲載した荻窪「丸福」の全文を紹介しよう。

百店とまではいかないが、中華そばいわゆる東京ラーメンの店を七十軒ほど、のべ二百回近く食べまわって、いきついた味はこの「丸福」であった。場所は荻窪駅前青梅街道に面してあり、九人座ればカウンターがいっぱいになるといったほどの小さい店で、老夫婦、息子夫婦ら五人が交替でやっている。この店のラーメンの素晴らしさは、めん、スープ、具が三位一体となったバランスの見事さであろう。ひとつひとつはとりたてて抜きんでた味ではないが、ひとつの丼のなかにまとまると、会いたかった人にようやく出会えたような懐かしさをかもし出す。

こういう味は絶対あきがこない。カウンターに座る誰もが最後の一滴までスープを飲みほす。その客の九割までが注文するのが、玉子そば(四二十円)である。煮たまごを中華そばにのせ、その煮汁をチョイとかけるだけなのだが、これがスープに妙味を加えている。もやしをラーメンの具につかうのは難しいのだが、この煮汁が格好のつなぎ役になっている。めんは中細でまっすぐのびているが、くさみのまったくないスープとうまく溶け合う。二枚のチャーシューとシナチクの丁寧な味つけ、「丸福」こそは東京人の誠実で慎ましやかな意気を売る店である。

残念ながら、この「丸福」今はない(同名店があるが別経営)。スープの記述が少ないのは、その正体が何回食べてもわからなかったためだ。同じような経験は、徳島の「よあけ」というラーメン屋でもあった。

私のこの文章を読んでくださったフランス料理の大家で、大阪阿部野の調理師専門学校の校長だった辻静雄さんが「丸福」でラーメンを食べたあと、わざわざ電話をくださって「山本くん、いま『丸福』で食べてきたよ。並んで食べたが、とても美味しかった。ぼくは、じつはラーメンが大好きでね」とおっしゃったことが、いまでも懐かしく思い出される。

私はこの後も3年にわたって「東京 味のグランプリ」を出し続けたが、次第にラーメンへの興味が薄れていった。

1980年代半ばになると、地方からのご当地ラーメンが次々と東京へ進出し、豚骨ラーメンなどが人気になると、一気に若者の食べ物になっていってしまったためである。しばらくして、ラーメンに与えられた称号が「B級グルメ」だった。
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ミシュランの星を獲るラーメン店が現れて

「東京 味のグランプリ」のあと、「東京ポケットグルメ」(文藝春秋)「ダイブル」(昭文社)と食べ歩きのガイドブックは変わりながら、「ラーメン」の掲載は続いた。ちなみに、2001年版「ダイブル」では、新宿の「麵屋武蔵」中延の「多賀野」吉祥寺の「一二三」など22軒を載せている。

だが、その後ラーメンが私の視界から次第に消えていった。かなりの年月が経って、2010年頃だろうか、ラーメン界の様相がかなり変わってきたという話をあちこちで聞くようになった。

そこへ話題になったのが、2014年版「ミシュラン」でラーメンが掲載され、2016年版では、一つ星をとる店が現れたという事件だった。
100年以上の伝統を誇るフランスのガイドブック「ミシュラン」は、単品料理店、例えば「ピッツェリア」はリストアップされていない。

2007年から出版されている日本の「ミシュラン東京」も当初は「そば屋」は非掲載で、続いて出されている「ミシュラン京都・大阪」ではいまだに「お好み焼き屋」は掲載されていない。

それが、2013年秋に出版された「ミシュラン東京」2014年版で「ラーメン」が加わることになった。はじめは星がつく店はなく、すべて、いわゆる適価で美味しい「ビブグルマン」マークの店ばかりだった。

だが、2年後の2016年版で巣鴨「蔦」に1つ星が輝きラーメン界は大騒ぎになったことは記憶に新しい。「ミシュラン」が単品とは言え、日本料理やフランス料理と同じクオリティのある料理と認められた瞬間で、ラーメン界の快挙と言ってよい。この時以来、誰もラーメンを「B級グルメ」呼ばわりしなくなった。
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この1年半の間に130軒のラーメン店に足を運んだ

そんな折も折、2018年暮、東銀座に「八五」が開業した。

ラーメンに不可欠のタレを使わないという噂を聞きつけて出かけると、鴨出汁が香る、透明感あふれるスープがじつに魅力的な、シンプルにして滋味深い中華そばだった。主人に伺えば、丸鶏、鴨などをベースにスープを作り、それをそのまま丼のスープにしてしまう。ラーメンの常識を超えた画期的なラーメン!  元京都全日空ホテルの総料理長で、フランス料理のシェフならではのアイデアだった。

以来、俄然、東京ばかりか日本全国のラーメンが気になりだした。札幌から福岡まで、地方に仕事で出かけた折、必ずラーメン屋を探して、食べ歩くようにした。
以前も、札幌へ出かければ「純連」「一幻」、金沢では「神楽」、福岡へ出かければ「一風堂」「八ちゃん」、鹿児島へ出かければ「こむらさき」へ食べに訪れたことがあったのだが、今はついでではなく、ラーメン店を目掛けて旅に出るようになった。

札幌「彩未」、仙台「五福星」、赤湯「龍上海」、燕三条「杭州飯店」、湯河原「飯田商店」、大阪「カドヤ食堂」、岡山「天神そば」、福岡「一双」などの店を訪れると、どの店のラーメンもローカル色が豊かでヴァラエティに富んでいることに目を瞠る。

この1年半の間に、東京と全国のラーメン店130軒に足を運んだことになる。

これからの連載はラーメンの「美味しい革命」をつぶさに見てきた私が、この50年間、世界を食べ歩いてきた経験に照らし合わせながら、ラーメンの豊かな世界をご紹介していきたい。

● 山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。1972年早稲田大学卒業。卒論として書いた「桂文楽の世界」が『さよなら名人芸 桂文楽の世界』として出版され、評論家としての仕事をスタート。1982年『東京・味のグランプリ200』を出版し、以降、日本で初めての「料理評論家」として精力的に活動。著書に『グルマン』『山本益博のダイブル 東京横浜&近郊96-2001』『至福のすし 「すきやばし次郎」の職人芸術』『エル・ブリ 想像もつかない味』他多数。料理人とのコラボによるイヴェントも数多く企画。レストランの催事、食品の商品開発の仕事にも携わる。2001年には、フランス政府より、農事功労勲章(メリット・アグリコル)シュヴァリエを受勲。2014年には、農事功労章オフィシエを受勲。
HP/山本益博 料理評論家 Masuhiro Yamamoto Food Critique


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