手のひらサイズの春画が、オトコの心をほどく
縦9センチ、横12.3センチ。ちょうどスマホと同じくらいの画面に、男女の睦みあう姿が驚くほど精緻に描き込まれています。江戸時代後期の豆判春画——手のひらに収まる、極小の多色摺木版画。

▲ 「小さな愛の物語 豆判春画の世界 新宿歌舞伎町春画展WA」は、「新宿歌舞伎町能舞台」(東京都新宿区歌舞伎町2-9-18 ライオンズプラザ新宿2F)「+BOND」(東京都新宿区歌舞伎町1-2-15 歌舞伎町ソシアルビル9F)の2会場で開催中。
この小さな絵ばかり約300点を集めた「小さな愛の物語 豆判春画の世界 新宿歌舞伎町春画展WA」が、歌舞伎町の能舞台と休業中のホストクラブという、なんとも意味深なふたつの会場で開かれています。しかも会期はバレンタインデーからホワイトデーまで。これは粋なのか確信犯なのか? 世界で初めて豆判春画のみで構成した展覧会で、出展作はすべて世界的浮世絵コレクター・浦上満氏の所蔵。うち約80点は、2015年に永青文庫で約21万人を動員した日本初の春画展以来、実に11年ぶりのお目見えです。

▲ 定規を当てるとその小ささが一目瞭然。この手のひらサイズに、大判の錦絵に引けを取らない技巧が凝縮されています。作品画像はすべて浦上蒼穹堂蔵。
元カリスマホストの仕掛人が語る春画の愉しみ
この春画展の企画を手掛けたのは「Smappa!Group」会長の手塚マキ氏。1996年から歌舞伎町で働き始め、ナンバーワンホストを経て独立。ホストクラブや飲食店など20数軒を展開するかたわら、ホストたちに日本舞踊を稽古させ、俵万智氏を選者に迎えた月例の「ホスト歌会」を続け、2017年には歌舞伎町初の書店まで開いてしまいました。おまけにJSA認定ソムリエ。何とも異色のキャリアの持ち主です。

▲ 能舞台の松を背にくつろぐ手塚マキ氏。元ナンバーワンホストにして短歌の会を主宰。さらにソムリエ……切り口が無限すぎ。
歌舞伎町は多くの人にとって“通り過ぎる街”です。本名を隠した源氏名で荒稼ぎしたら次へ行く……という習わしが、この街の一過性を物語っています。ところが手塚氏はこの街に30年近く留まり続け、「僕たちは歌舞伎町の住人だ」と堂々と言い切ります。源氏名の街で本名(手塚真輝、読み同じ)を晒して根を張る男が語る春画論を追っていくと、見えてきたのは「こうあるべき」に縛られたオトコの心をほどいていく、ひとつの提案でした。
決めつけの向こう側にあるもの

▲ 歌舞伎町に能舞台があること、ご存知でした? 1941年創設で、「歌舞伎町」の町名(1948年)より先輩。そもそも町名の由来は歌舞伎座の誘致計画だったものの、歌舞伎座は来ず、能舞台が残り、いま春画が来ている。この街の展開、つくづく読めません!
「春画は江戸時代のいかがわしいもの。歌舞伎町は危ない街。そうやって短絡的に決めつけて、そこから先に入ろうとしないのは、どちらも同じ構造なのかもしれません」
けれど、一度内に入った者には別の景色が広がるもの。
「実際には、春画は江戸時代のほとんどの絵師が手がけていて、色彩も技巧も非常に美しい。ひとつの見方では捉えきれない、多面的な面白さがあるものなんです」

▲ 休業中のホストクラブ「BOND」での展示風景。能舞台ともまた違うグッと親密な空間で、数百年前の愛らしい春画と向き合えます。
「歌舞伎町は一方的に面白い街ではなくて、人と人との関係性の中で魅力が立ち上がる場所なんです。僕が行ったらすごく楽しいスナックでも、別の方が行けば何も起きない。関係性次第なんですよね。春画もまた、描かれているのは人と人との関係性で、さらに見る側の想像力が加わって初めて成り立つ。そこが共通点だなと」
内に入ってみないとわからない。30年の歌舞伎町生活で叩き込まれたこの感覚が、手塚氏を日本文化へと向かわせました。
元カリスマホストが折口信夫に出会ったら?
手塚氏はホストクラブで培った接客を「プロフェッショナルサービス」——マニュアル通りの一方的なサービスではなく、顧客と一緒につくるサービス——と呼び、その横展開で「Smappa!Group」の事業を広げてきました。飲食店、バー、介護事業……業態が増えるにつれ、そのただなかに立つ人間に何が必要かを考え続けてきたのだそう。
「結局、必要なのは他者に対する想像力なんですよね。一緒に泣けて、一緒に喜べる人間でありたい。今の言い方で言えばリベラルアーツということになるんでしょうけど、僕はそのために教養をつけなきゃいけないとずっと思ってきた」
手塚氏はこれを「教養の強要」と名づけ、20年近くグループ内で文化活動を続けてきました。自分たちを取り巻く文化の成り立ちをたどる中でとりわけ深く響いたのが、民俗学者・折口信夫*の言葉だったとか。
*折口信夫(おりぐち・しのぶ)は国文学者、民俗学者、歌人。柳田國男に学び、古代芸能や神道、民俗生活を独自の手法で研究した「折口学」を確立。歌人や小説家としても活躍し、著書「古代研究」「死者の書」など多岐にわたる業績を残した。
「千年前の月を愛でる」ということ
「日本人が月を愛でるのは、千年前の人も同じ月を見て美しいと思ったからだ、と。それが日本の宗教観であると。自分のおじいちゃんも、ひいおじいちゃんも、みんなこの月を見ていたんだなと思えること。その感覚が、僕にはすごくしっくり来たんです」
たしかに、と膝を打ちました。神社とお寺の違いはよくわからなくても初詣には行きたくなるし、クリスマスの翌週には除夜の鐘も聴く。理屈ではなく、それをしないと気持ち悪い。その「しないと気持ち悪い」の奥にこそ、日本文化のベースがあるのかもしれません。
ただし、と手塚氏は付け加えます。
「もちろん排他的な選民意識ではないし、江戸は寛容でよかったねという単純な話でもない。ただ、自分たちがどういう文化で生きてきて、何を愛でてきたかを知ると、今感じている窮屈さや逆に居心地のよさの理由が、解像度高く見えてくると思うんです」
「言い切らない」から「色っぽい」

▲ 中にはかなりキワドイ姿態もあるため、大きくご紹介できないのが残念。
手塚氏は日本の美意識を語るとき、「言い切らない」という感覚を繰り返し口にしました。
「たとえば、能面には表情がありませんよね。その無表情から、嬉しいのか悲しいのか。舞台の上の桜はいま咲いているのか、もう散ったあとなのか。我々が想像するんです。日本の美しさって、おそらくそこにあるんだと思うんです」
バレエが身体の跳躍そのものを見せるのに対し、能や日本舞踊は「飛んでいること」を観客の想像に委ねます。嬉しいとも悲しいとも言い切らないからこそ、余白の中に美が立ち上がる。手塚氏自身、毎月ホストたちと歌会を続けてきましたが、短歌もまた、言い切らないことで余白が生まれる世界です。
さよならを咀嚼しきれぬ君の歯に張り付いているしらすの目玉
ホスト歌会から生まれた一首ですが、これもまた言いきらない余白の向こうに景色が立ち上がるようではありませんか。
「言い切らないということがとても大事なんですよ。余白を持たせて、ものに意味を託す。そういう文化をもう少し大事にすると、心が楽になる気がするんです」
春画にも、その感覚は息づいています。たとえば、描かれる女性の顔はほぼ類型化されるもの。写楽のように個人の特徴を鋭く捉えた絵師は、実は江戸時代には受け入れられなかったのだとか。

▲ 「穴手本」とありますが、これは「仮名手本忠臣蔵」のパロディなのでありませう。奥の舞台で何やら刃傷沙汰も起こってますし。
「当時求められていたのは写実ではなく、あくまで様式だったんですね。写楽は描かれた人物の特徴を捉えすぎてしまった。だから、評価されたのは明治以降なんです」
顔が様式化されているからこそ、鑑賞者の目は着物や髪型、小物といったディテールへ向かいます。彼らがまとっている背景を探り、文化を学ぶ……これが春画の愉しみというわけなんですね。

▲ しどけない帯、簪の角度、襟元のゆるみ。身体じゃなくて「まとうもの」から色気があふれ出ています。
今回の展覧会で並ぶ豆判春画では、そのディテールがわずか数センチの画面に凝縮されています。画面の隅では猫がじゃれ、七福神がひょっこり顔を出す……大判の錦絵にまったく引けを取らない精緻さが見どころのひとつです。
「大きく描けばいいという発想ではなく、小さいところに緻密に描き込む。これはとても日本的な感性ですよね」
なかには「百人一首」や「徒然草」になぞらえた趣向、囲碁や茶の湯と結びつけた遊びまであるのですから、江戸の絵師たち、どれだけ遊び心を詰め込めば気が済むのかしら。

▲ 虫眼鏡は無料貸出してくれます。細部までご堪能ください。

▲ 虫眼鏡で覗き込むと、春画の中のふたりは生き生きと動きだすようにも見えて。
会場では虫眼鏡が貸し出されています。いい大人が虫眼鏡片手に春画を覗いている——想像するとちょっとおかしいですが、小さいからこそ覗き込む。覗き込むから、想像が動き出すのです。
「カップルでご覧になるのも面白いですよ。絵の隅に猫がいたりするんですけど、"ここ猫見てるじゃん"って話になる。付き合い始めのふたりだと、それだけでちょっとドキドキするじゃないですか」
「ちゃんと」に疲れたオトコたちへ
春画に描かれた人物は文化をまとっていました。では、現代に生きる我々は何をまとっているのでしょうか? 30 年に渡って、歌舞伎町で男女の機微を見つめてきた手塚氏の答えは、なかなかに手厳しいものでした。
「みんながうまくいっているわけじゃないと思うんですよ、仕事も家庭も。でもうまくいかないことが、もう罰ゲームみたいになっている。仕事はちゃんとしなきゃいけない、夫婦仲もちゃんと良くなくてはいけない。その『ちゃんと』が、ものすごく強いんですよね」
思い当たる方、少なくないのでは? たまの休みには、その窮屈さから逃れるように、キャンプや釣りに出かける人もいます。自然の中で気持ちがほぐれるのは、「ちゃんと」で隙間なく埋まった日常に余白が戻るからかもしれません。
「自分が当たり前だと思っていることって、実はそうでもなかったりしますよね。たとえば江戸時代の価値観に触れると、それがはっきり見えてくる。東京のど真ん中にいても文化に触れることで、日常の余白を感じることができるんです」
あの時代の人々は、もう少し気楽だったのかも。いまの窮屈さの要因の多くは、案外最近になって植え付けられた可能性もあります。手塚氏自身、30歳の頃に日本的なリズムや間(ま)の感覚を学び、「めちゃめちゃ楽になった」そう。江戸文化を知ったからといって別に偉くなるわけではない。けれど、知ることで今の自分の窮屈さの輪郭が見えてくる——ってこともあるのかな。
歌舞伎町の魅力が人と人との関係性の中で立ち上がるように、春画もまた、絵と鑑賞者の間に生まれるもの。数百年の余白が、見る側の想像力を待っています。年齢を重ねた分だけ、その余白に応じる力は深くなるでしょう。手のひらサイズの春画が大人の心をほどくとすれば、それはこの小さな余白と、こちらの想像力が出会うから。

▲ 第2会場「BOND」併設のグッズショップには春画お守り(550円)やレンチキュラーマグネット(880円)が並びます。制作はKabukicho Information Center。お土産としてのインパクトはお墨付き。
4月4日から開催される第2弾では、北斎・英泉の大判春画が登場し、あの「蛸と海女」も歌舞伎町にやってくるそう。愛らしいサイズの春画の次は、タコの八本足が待っています。
江戸の人々は春画を「笑い絵」と呼んで楽しんだそう。手のひらの余白の前で、まずは大人も笑ってみればいいのかも!
◆「小さな愛の物語 豆判春画の世界 新宿歌舞伎町春画展WA」
会期/2026年2月14日(土)〜3月15日(日)
会場/新宿歌舞伎町能舞台(東京都新宿区歌舞伎町2-9-18 ライオンズプラザ新宿2F)※受付
+BOND(東京都新宿区歌舞伎町1-2-15 歌舞伎町ソシアルビル9F)※グッズショップあり
開館時間/11:00〜19:00(金・土曜日は〜21:00)※最終入場は閉館30分前
入場料/一般1100円(日付指定制・オンライン予約)/学生700円(当日精算・学生証提示) 18歳未満入場不可

▲ 4月4日〜5月31日には第2弾「北斎・英泉 艶くらべ 歌舞伎町花盛り 新宿歌舞伎町春画展WA」を開催予定。「富嶽三十六景」で知られる葛飾北斎と、美人画の名手・渓斎英泉——いずれも春画の傑作を残した二大絵師の大判作品が並びます。
手塚マキ(てづか・まき)
Smappa!Group会長。1977年埼玉県生まれ。96年より歌舞伎町で働き始め、ナンバーワンホストを経て独立。ホストクラブ、バー、飲食店、美容室など20数軒を展開。歌舞伎町商店街振興組合常任理事。JSA認定ソムリエ。2017年に歌舞伎町初の書店「歌舞伎町ブックセンター」を開設。グループ内で月例の「ホスト歌会」(俵万智氏ら選者)、日本舞踊の稽古など文化活動を推進し、著書『ホスト万葉集』(講談社、共著)でも話題に。2025年より「新宿歌舞伎町春画展WA」シリーズを主催。著書に『新宿 歌舞伎町』(幻冬舎)。
日常にちょっぴりのエロティックが欲しいなら、こちらもいかが。













