2017.06.13

「海の銀座」に始まる神奈川と文学の旅

文/web LEON 冨永麻由

日本国内にはよく「○○銀座」がありますが、今最もオススメな場所は何といっても「海の銀座」です。

1934(昭和9)年に、久米正雄、大佛次郎ら文士たちが中心となり「第一回鎌倉カーニバル」を開催。戦中〜戦後の8年間を除いて1962(昭和37)年まで続いたこの一大イベントは、オードリー・ヘプバーンや力道山などユニークな主神を祀って多くの観光客を集めたそう。ミス・カーニバルの審査を川端康成が務めるなど、鎌倉文士たちは土地と文化の興隆に熱心だったのですね。

そうやって見物客の数は年々拡大し、その賑わいから鎌倉は全国的に「海の銀座」と呼ばれるようになったそうです。そう、「海の銀座」とは鎌倉のこと、なのです。

先日、そんな「海の銀座」に別荘を訪ねてきました。

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残念ながら私の別荘ではなく、加賀藩の世子、公爵前田利嗣が所有していた別荘です。戦後は佐藤栄作元首相の別荘としても使用されたこの施設、現在は鎌倉市が鎌倉文学館として所有しています。小高い丘の上に建ち、窓の向こうには相模湾を望むなんとも美しいこの建物は、三島由紀夫の遺作、『豊饒の海』にも登場しています。

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その鎌倉文学館で現在開催されているのが、「漱石からの手紙 漱石への手紙展」です。今年は夏目漱石生誕150年を記念して、あちこちで多種多様な催しが企画されていますが、こちらは漱石にゆかりある「手紙」を展示しています。

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弟子たちとの手紙、奥さんや愛娘たちとの手紙、友人との手紙など数多くの手紙が今も残っていました。中でも胸を熱くさせるのは、漱石のロンドン留学時代における正岡子規との交流です。病床の正岡子規は、自分もロンドンに行きたいが行けそうにない、だから君の手紙にロンドンを見ると記していました。

手紙と同じく、漱石の小説の手書き原稿も展示されていたのですが、気になったのは「原稿用紙」。見たこともない模様と文字が描かれた原稿用紙に目が釘付けとなり、印字された文字をよ〜く読むと「漱石山房」とあるではありませんか。

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どうやら、漱石がオリジナルで作製した原稿用紙らしく、デザインは処女作『吾輩は猫である』以来漱石の単行本のほとんどの装丁を手がけている橋口五葉氏とのこと。

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う〜ん、これは欲しい。しかしお土産コーナーにもなく、帰り道にインターネットで調べてみると、なんと!県立神奈川近代文学館のお土産コーナーにあったのです!(しかも、その原稿用箋の木版版木、紙型は同館所蔵)

その日はすでに閉館時間を過ぎていたため、翌日そこを訪れました。元町・中華街駅を降り、アメリカ山公園を通り、大佛次郎記念館横の霧笛橋を越えた先に、県立神奈川近代文学館はありました。

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企画展の「宇野千代展」と常設展の「文学の森へ 神奈川と作家たち」展をじっくり見て回り、とうとう目当ての原稿用紙を手に入れました。

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いやはや感慨深い。漱石の手紙に始まり、鎌倉の文化に触れ、見たこともない原稿用紙に惹かれた結果、神奈川の地と文士たちの深い関係について多くを知ることとなりました。

展示の中で知りましたが、便箋の罫線というのは、文字の行を揃えて書きやすくするために引かれているのではないそうです。実はこれ、細長い木や竹を横に並べて綴った「簡(木)簡、竹簡」の姿をなぞったもので、「これは、たんなる一枚の紙切れではない。木簡、竹簡と同様、これを代行する文書だよ」という意味が込められているそうです。だから、手紙のことを「書簡」と呼ぶのですね。

書簡といえば、近代文学館の方に、谷崎潤一郎の手紙が展示してありました。煌々と光に照らされた文面には、佐藤春夫へ宛てた陳謝の内容が綴られていました。谷崎は自身の妻の妹(『痴人の愛』のモデル)に想いを寄せてしまい、そんな谷崎の妻を憐れんだ佐藤が彼女に恋をし(要は三角関係ですね)、うまくいけば谷崎は妻の妹と、佐藤は谷崎の妻と結ばれるはずでしたが谷崎が離婚を撤回(「小田原事件」)。それについて佐藤にひたすら謝る手紙が、2017年現在、展示ケースの中でその文面を広げて蛍光灯と好奇の目に晒されているというわけです。

と、なかなかおもしろい(と言っては怒られそうですが)手紙や、逸話もたくさん残る神奈川、そして海の銀座はなかなか興味深いスポットですのでこの夏、ぜひとも足を運んでみてくださいませ。

■「生誕150年 漱石からの手紙 漱石への手紙展」
場所/鎌倉文学館
開催期間/2017年4月22日(土)〜7月9日(日)9:00〜17:00(月曜休館)
入場料/一般400円
URL/http://kamakurabungaku.com

■県立神奈川近代文学館 常設展「文学の森へ 神奈川と作家たち」
場所/県立神奈川近代文学館
第1部 夏目漱石から萩原朔太郎まで
第2部 芥川龍之介から中島敦まで 2017年5月27日(土)~7月17日(月・祝)
第3部 太宰治、三島由紀夫から現代まで 2017年12月9日(土)~2018年1月21日(日)
URL/http://kanabun.or.jp/

■県立神奈川近代文学館 企画展「生誕120年 宇野千代展―華麗なる女の物語」
場所/県立神奈川近代文学館
開催期間/2017年5月27日(土)~7月17日(月・祝)9:30~5:00(入館は4:30まで)(月曜休館)
観覧料/一般400円
URL/http://kanabun.or.jp/exhibition/6121/

■漱石山房原稿用箋
価格/300円
URL/http://kanabun.or.jp/webshop/1864/

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