2020.06.02

花の名前を知る男は……。

ステイホーム期間中、家の近くの公園を散歩して、意外に多くの花が咲いていること、その名前を知らないことに気づきました。これって〇〇だよね、なんてすぐに花の名前を言えたらモテる男になれるのでしょうか。

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文/森本 泉(LEON.JP)

▲左からマーガレット、フェイジョア、ヒナゲシ(雛芥子)
こんにちは。LEON.JPのモリモトです。
ステイホームで2カ月近く電車にも乗らず、ほぼ自宅で仕事をしていました。とはいえずっと家にこもっているのもよろしくないので、近くの公園を3日置きぐらいに散歩していました。そこで気づいたのですが、この時季はずいぶんとたくさんの花が咲いています。

これまで気にすることもなかったけれど、こんな新しい発見があったのはコロナのおかげかもしれません。バラやチューリップ、パンジーぐらいはなんとかわかりますが、そう思って見ると名前を知らない花が多いのです。

そこで思い出しました。確かスマホで花を撮影するとそれが何の花なのか教えてくれるアプリがあったと。探すとすぐに見つかりました。花に焦点を当ててシャッターを切ると、ものの10秒もしないで花の名前と、その説明が表示されます。便利な世の中になったものです(使用アプリは「Picture this」)。
ところで向田邦子に『花の名前』という掌編があるのをご存知でしょうか。

主人公の常子が見合いで出会った男、松男は桜と梅の区別もつかない無粋な男でした。常子は「長い一生を、何の花が咲いて何の花が散ったのかも知らない男と暮らすのはさびしい」と失望します。

ところが、そのことを母に言うと、むしろそういう男の方がいいのだ。すぐ結婚しなさいと言われます。常子の父親は実に物知りかつ起用で、何をやらせても母親より上手にこなすような男でした。常に夫から下に見られてきた気分の母からすると、そんな面倒な男より、何も知らないぐらいの男の方が良いと言うのです。

常子はそんなものかと思いなおします。松男は「結婚したら、花を習ってください。僕に教えてください」とも言います。そうまで言ってくれるならと結婚を決めるのですが、実際、松男は常子に教えられて花の名前から野菜や魚、犬の名前まで覚えていき、常子は密かに満足を覚えるのです。
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ところが結婚から25年が経ったある日、家に見知らぬ女から電話がかかってきます。呼び出されてホテルの喫茶室で会った“つわ子”は水商売の女で、自分は夫の愛人だと言います。つわ子の「つわ」は「つわぶき」(蕗に似て、晩秋に菊のような花をつける)の「つわ」だと説明する女。

それを聞いて「花の名前だからこの女を選んだ」、つまり浮気相手を選ぶ趣味も自分の影響だと思いたい常子は「うちの主人、すぐ言いましたでしょ。つわぶきからとったなって」と問いますが、「いいえ」とつわ子。「そういえば、ご主人、あとになって言ってたわねえ。君のおふくろさん、つわりが重かったのかいって」と笑います。失望する常子。

女は何を要求するわけでもなく「こういう者がいるということを、覚えておいていただこうとおもって」とだけ言って帰って行きます。深夜近くに帰宅した夫を問い詰めると面倒くさそうに「終わったはなしだよ」とひと言。振り返ることもなく奥へと引き上げる夫の背中は「それがどうした」と言っているように感じられます。

目の前の松男は、もはや花の名前をせがんで教えてもらった、あの松男ではないのです。常子は、いつの間にか立場が逆転し、夫が遠い所へ行ってしまったことを実感します。

「女の物差しは二十五年たっても変わらないが、男の目盛りは大きくなる」という印象的な言葉で小説は終わります。
実際は常子がそう思うに至る経緯が他にもきめ細かく描かれていて、短い作品の中に男と女ののっぴきならない関係が実に鮮やかに表現されています。花の名前ひとつでこんな名作を編み出してしまう向田さんが、もし今ご存命だったらどんな作品を書いていたでしょう……。

ちなみにワタクシも「花の名前」のストーリーを考えてみました。コムスメと公園に出かけたオヤジさん。花の名前を知らないコムスメにオヤジさんが懇切丁寧に教えていきます。「これはアザレア、こっちはカンパニュラ」。コムスメは「オジさんスゴ~イ」と目を輝かせて褒めてくれます。有頂天になるオヤジさん。しかし数カ月もしないうちに若いイケメンが現れてコムスメはそっちに夢中。愛想を尽かされたオヤジさんはひとりつぶやくのです。「やっぱり花より団子か…」なんてね。

『花の名前』

「花の名前」は短編集「思い出トランプ」(新潮文庫)に収録されています。向田邦子さんはこの短編集のうち「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で直木賞初候補となり、1980年、第83回直木賞を受賞。しかしわずか1年後の翌81年8月、飛行機事故で51歳の生涯を終えています。

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