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2018.11.16

危機一髪だった、開発車両のトラブル

開発中の試験車の走行テストも、自動車ジャーナリストの仕事のひとつ。ただ、昔の試験車の安全性は万全とは言い切れず、筆者は度々危ない目に遭ってきた。今回は、その中でも特にひやりとしたエピソードだ。

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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

僕は自動車ジャーナリスト。クルマのあれこれを取材し、記事にするのが主な仕事。

だが、新型車を企画し世に送り出すまでの過程での、いろいろなお手伝いも多くしてきた。

車両開発もそのひとつだ。試験車/試作車のステアリングを握っての評価だ。

今では試作車でも安全性に不安のあるものはほとんどないが、昔は違った。1次試作車など「けっこう怖いもの」だった。

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150km/hくらいで高速走行中に風圧でボンネットが開いて突然視界がゼロになったことがあれば、高速旋回中にタイヤがバーストしたこともある。ほかホイールリムの破損や最高速テスト中にエンジン・ブローに見舞われたこともあった。

1980年代にブレーキパッド/ライニングのアスベスト問題が勃発し、その渦中でも怖い目に遭った。ノンアスベスト材に替えたブレーキのテスト中、下りコーナー手前で突然ブレーキがスッポ抜け。ここは、スピンさせてなんとか路上に留まることができた。

電子制御技術が実用化され始めた1980年代初頭には電子制御装置によるトラブルを3度経験している。T社の高級GT車 (AT) で雨中のアウトバーンテスト中、IC出口のコーナーで突然アクセル全開になった時には本当に驚いた。すぐ前には先行車がいたのだから。フルブレーキングとステアリング操作でなんとか切り抜けたが、ホント、危なかった! それ以外の2度はいずれもP社のATモデル。起きたのは変速制御の不調だった。

こうしたトラブルの原因は当時は「電波障害だろう」とされたが、具体的な原因はわからないままというのが厄介だったし、不安だった。確かにアウトバーンのIC出口の直近には、西ドイツ(当時)駐留の米軍基地があったし、AT不調にしても、1度は羽田空港近く、もう1度は箱根山中にある電波塔の近くで起きたのだから、一応辻褄は合っていた。サービス工場に持ち込んでも「申し訳ありません。本社に問い合わせても原因究明中とだけしか返ってきません」となすすべなかった。まあ、僕の知る限りでは、不具合が起きても、1度エンジンオフして再始動すると、直ってしまうのが普通だったが。

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このようにいろいろなトラブルを経験してきたが、もっとも鮮烈に記憶に焼き付いているのは、N社のテストコースで起きたトラブル。

1994年頃だったかと記憶している。新開発のFFセダンで、リアサスペンションも新開発のものだった。初期の試作車なので、あれこれデータを採るため多くの計測機器も積まれていた。大がかりなテストだった。上記したように、当時の初期試作車にはリスキーなところがあったので、テストは慎重に進めた。速度も徐々に上げてゆき、難度も徐々に上げていった。とくに問題はなく、不安なところもなくテストは進み、最後の最高速度領域に入っていった。

なんの前触れもなく、いきなりコトは起こった。

オーバルコースのバンク下コーナーを180km/hくらいで走っていた時だった。横Gが最大にかかり始めた時、突然大きなショックとともにリアが激しく振られた。リアアクスルの破損だった。コントロール不能になった。

その時、僕がなにをしたかは覚えていない。が、クルマがバンクの上の方に向いていたので、直感的に「バンクの勾配を使って減速できるかもしれない」と感じたのだろう。リアはまったくコントロール不能ながら、前輪の機能は失っておらず、舵もなんとか効いたし、ブレーキも効いた。垂直な壁を斜め前方に滑りながら登ってゆく……まったくの未体験ゾーンの中、僕はただ、本能に、直感に従って、舵をコントロールし、ブレーキをコントロールしていた。

不思議なことに恐怖心はなかった。冷静だった。あとで、なぜだろうと考えてみたのだが、答えは出なかった。ただバンクの抵抗を利用して減速できるよう、無心にクルマと格闘した。

バンクの舗装のつなぎめに前輪を上手く当てれば抵抗は増さないか、減速しないか、そんなことも意識を掠めたようだ。そして、実行していた。つなぎめに当たっただろう瞬間、まずは小さなショックがあり、次に大きなショックとガガーッといった音が聞こえた。同時に舵は岩のように重くなり、操作不能になった。掴んでいる以外なにもできなかった。そんな状態で、バンク最上部のガードレールが迫ってきた。初めて恐怖を感じた。が、同時に、試験車の動きが急減速していることにも気づいた。

ガードレールまで数10cmの空間を残して、試験車は止まった。サスペンスドラマのような展開だが、これは事実だ。

つなぎめに当てた外側前輪タイヤはバーストしてリム接地状態になり、結果、急減速につながったのだろう。リム接地が悪い方に転べば酷い結果を招いていたかもしれない。でも、いい結果に結びついた。ラッキーだった。ついていた。

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止まってひと息ついた後、同乗していた実験部の人が「よかった!」と初めて声を出した。そして、「申し訳ありません。こんな状態のクルマに乗せてしまって!」と。僕には怒りの感情などまったくなかった。むしろ大事な試験車に大きなダメージがなかったことにホッとしていた。試作車が全損したりすれば、開発は大きく遅れるし、そうなれば、販売面にまで大きな影響が及ぶからだ。

詳細は知らないが、その後リアサスペンションは当然ながら設計変更になったようだ。

後日、事故時の詳細な報告を受けた。積載していた計測機器は、クルマの動きと僕の対応操作を数値化/グラフ化していた。初めて見る興味深いものだったが、リアサスペンションが破損した瞬間からガードレール直前で停止するまでの、僕の「操作はすべて理に適っていた!」と説明された。といわれても、僕には実感はわかなかった。「へー、そうなんだ」と、他人事のようにしか思えなかった。

長々と書いてきたが、すべては2〜3秒の間に起きたこと。そんな中、ほぼ無意識であれこれアクションを起こしている。人間って不思議なものだなぁ、と改めて思う。
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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