2018.07.13
痺れた‼ アウディTTの発表会
現在につながるアウディの進路を決めたのが「アウディTT」。そのデザインの秀逸さに、筆者はひと目で魅了された。
- CREDIT :
文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
位置を変え、角度を変えては眺め、コクピットに座り、内装素材に触れて質感を確かめた。すべてに強く惹かれた。
アウディの関係者に聞いた。「単なるデザインスタディか、それとも販売されるのか?」と。「ほとんどこのままで販売されるはずです」。
1998年、アウディTTは誕生した。デザインスタディとほとんど同じ姿で!
会場は旧い城を改装したホテル。ホテルそのものもよかったが、発表会開場の装い、仕掛け、そして進行まですべてがよかった。痺れた!
カクテル会場は落ち着ける広間で、中央にはグランドピアノが置かれ、ブラックタイのピアニストがモーツァルトを奏でている。
なにより素晴らしかったのは、ミラノを本拠にするカッシーナの家具がさりげなく置かれ、広間の柱にもカッシーナの手が加わっていたことだ。
優しいベージュの革に包まれた柱に「TT」の文字。それも“切り抜かれたTT”が、内部に設けられた空間からの照明で浮かび上がるという手の込んだ仕掛けだった。抑えられた照明のなか、この仕掛けは穏やかに、しかし強く心に染みこんできた。
階段状の座席のプレゼンテーション・ルームはかなり狭く、灯りも基本的に足下灯だけ。プレゼンターとの距離は異例の近さだった。
密室で顔を突き合わせるような感覚で行われたプレゼンテーションは経験したことのないものだった。
暗い部屋の中、こじんまりしたプレゼンテーションボードとプレゼンターだけがスポットライトを浴びる。
プレゼンターはエンジニアではなくデザイナー。開口一番に宣言されたのは「TTを突破口に、デザインで活路を切り拓く!」。TTに賭けたアウディの思いが強く伝わってきた。
デザイナーは、白いボードの上にまず前後の車輪を描いた。美しい円形をふたつ。そして、前後を結びつけるフロアラインを引き、美しいクーペのシルエットを描いた。
美しい円が、美しいシルエットが、フリーハンドで流れるように描かれてゆく様は魔法のように見えた。
それまでにも数多く経験してきたプレゼンテーションのどれともまったく異なるものだった。TTがどれほどデザインに拘ったクルマであるかを否応なく認識させられた。
美しいTTが、さらに美しく見えるように、美しく思えるように、強く意識づけられたプレゼンテーションだった。
ディナーはホテルの庭で。天候に恵まれた 5月のペルージャの屋外ディナーはなんとも心地よかった。テーブルを照らす灯りが、ホワイトリネンのテーブルクロスの白さを浮き立たせていた。
深く蒼い空と新芽の木々と優しい風に包まれた古城の庭。それだけで十分なのに、アウディは、さらにとんでもないサプライズを用意していた。
食事が終わりデザートに移る頃、突然庭の奥の方に目映い光りと色が浮かび上がった。超大型スクリーンに映像が映し出されたのだ。
映像はなんと、ニューヨーク、マンハッタンの夜景!
イタリアの古城の庭で、きらびやかなマンハッタンの夜景に出会うとは!
アウディは一瞬たりとも、ゲストを退屈させることはなかった。
僕は完全にTTの虜になった。
試乗会の後に、またすぐインゴルシュタットに行き、TT を借り出した。その主たる目的は、走ることではなく、TTの姿を楽しむことにあった。
いろいろな背景や光りの下でTTを眺めた。外観だけでなく、インテリアも見応えがあった。とくに、本物のアルミ部品がもたらす光りの陰影は美しくクールだった。
そんなTTがいちばん映えたのは、ミュンヘン空港の裏手を走る道路。
おそらくミュンヘン空港建設と同時に造られた道路だと思うが、交通量は少なく、とくに深夜に近くなるとほとんど占有状態になる。
空港を包む青白い照明が映り込み、あるいは反射し、TTの輝きは際立つ。コクピットのアルミ部品の美しさも際立つ。
TTを少しずつ動かしながら、コクピットの表情がいちばん美しいところで停めた。そして、心の波長に合った FM 局を探してしばし時を過ごした。素晴らしい時間だった。
僕はTTを2台買った。4カ月の間に! その話はまた別に書こうと思っている。
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。