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2018.06.24

ニュルブルクリンクはなぜ「市販車車両開発の聖地」と呼ばれるのか

自身も初めての体験となるニュルブルクリンクの走行、そしてアウディのVIPパッケージを利用したレース観戦。自動車ジャーナリストの塩見智が限りなくユーザーの目線に立って、アウディとレース、ドイツ人とニュルブルクリンク24時間についてレポートする後編。

CREDIT :

文/塩見 智(Satoshi SHIOMI)
写真/塩見 智、アウディAG

翌朝、いよいよハイデルベルクからニュルブルクリンクへ向かう。取材といってもただスタンドやパドックで観戦するわけではない。レース自体のスポンサーでもあるアウディスポーツが顧客向けに用意するVIPパッケージを体験することがその目的だ。
アウディスポーツはアウディのサブブランドであり(アウディの100%子会社)、ルマン24時間レースやニュル24時間レースなどへブランドの威信をかけてワークスチームを送り込むだけでなく、プライベーターへ“勝てる”車両を提供するというモータースポーツ活動を担う。

また、RS3、RS5、RS7といった市販車のRSモデルを取り扱うのもアウディスポーツだ。ライバルはずばりメルセデスAMGとBMW Mということになる。
アウディスポーツ/RS
ニュル24時間レースのエントラントであり、スポンサーでもあるアウディスポーツの、パドック内の巨大なホスピタリティテント
欧州市場においてアウディスポーツはAMGやMに引けを取らない存在感を獲得し、市販車ビジネスに役立つブランドのイメージブースターとしての役割を十分果たしている。

が、日本市場においては、スーパーGTやスーパー耐久の参戦チームへのGT3車両の提供などによって徐々に存在感は増しているものの、アウディはまだ十分とは考えていないようだ。
今年3月に就任したばかりのミハエル-ユリウス・レンツCEOは、アウディ中国セールス部門のトップを務めたほか、長らくブランド認知、セールス、マーケティング部門の要職を歴任してきた人物。このことからもアウディスポーツがさらなるグローバルでの認知度を高めようとしていることがわかる。当然、今回我々が取材の機会を得られたのもそうしたことと無関係ではない。
PAGE 2
金曜日の午後、サーキットから遠く離れた位置に駐車する無数のクルマを横目に、我々はメインゲートから入場、パドックまで徒歩3~4分の場所に駐車する。その駐車場から道を挟んだ向かいに無数の貨物列車用のコンテナが並べられているのだが、それが我々の金曜と土曜に宿泊するサーキットホテルだ。設備は必要最小限だが、その気になれば取材中に1時間だけ休みに帰ることもできるという完璧なロケーションに頬がゆるむ。
翌日のスタートを前に、アウディスポーツ主催のカクテルパーティーがパドック内のホスピタリティブースで開催された。

「我々が誇る“クワトロ”とは単に4WDを意味するわけではなく(強力な駆動力で前進するという)ライフスタイルをも指します。アウディが進める電動化を含めた将来のモビリティのエモーショナルな部分を担うのがアウディスポーツなのです」とレンツCEO。

A8でサーキットを訪れ、取材としてホスピタリティを体験し、CEOの力強い宣言を聞くにつけ、まるで自分がアウディの上顧客であるかような錯覚に陥り、レースでのアウディの活躍を期待していることに気づく。取材者としてそれが正しい心構えかどうか自信がないが、この週末だけはそれでもいいかと思えてくる。
アウディ/レンツ/レンツCEO
2018年3月にアウディスポーツCEOに就任したミハエル-ユリウス・レンツ氏。アウディスポーツの認知度アップを至上命題に掲げる
土曜日。午後のスタートを前にVIP体験は続く。

午前は用意されたRS4アバントを使ってスピン回避やハードブレーキングのトレーニングに参加。そして午後はスタート直前のサーキットを数十台のアウディでパレード走行した。すでにコースサイドは観客で埋まり、マーシャルも準備万端のなか、あのニュルブルクリンクを走行できたのは貴重な体験だった。
PAGE 3
ゲームの世界では何度も”走った”ことのあるコースだが、実際に走行するのは初めて。思った以上にコース幅は狭い。コーナーの数が170ととてつもなく多く、舗装は古く荒れている部分が多い。高低差は300mを超え、フラットな部分はほとんどない。そして何よりの発見は写真でよく見かける路面の落書き。

このコースが市販車車両開発の聖地と言われ、スポーツカーから超高級サルーンまでがここでテストを行うが、その理由を理解できた気がした。
アウディ/ニュルブルクリンク
VIPゲスト対象のアウディドライビングエクスペリエンス。ここでは強制的につくられたスピンモードからの緊急回避を訓練する
アウディ/ニュルブルクリンク
ニュル24時間レース決勝目前にアウディでニュルブルクリンク北コースを1周するプログラムを実施。観客の前を走行するのは爽快
アウディ/ニュルブルクリンク
ニュルブルクリンク北コースは聞きしに勝る過酷なコースだった。アップダウン、舗装の荒さ、コースの狭さに舌を巻いた
アウディ/ニュルブルクリンク
この世界屈指の難コースを昼夜問わず、雨でも霧でも、100台以上の車両に交じってレースするのは狂気の沙汰にしか思えない
20分ほどかけてパレードしながら、場所によっては芦ノ湖スカイライン(箱根にある有料の観光道路)と大差ないコーナーの連続するこのコースを、一周7分を切るタイムで走る市販車が存在すること、そしてそれを実現してしまうドライバーがいることに驚きを禁じ得なかった。
レースになれば数人で交代しながら24時間、昼も夜も、今回はさらに雨が降るなかを超高速で走り続けるのだからその過酷さは推して知るべし。仕事柄ニュルブルクリンクでレースを経験したことのあるドライバーと接する機会があるが、帰国後、彼らへの尊敬の度合いは増した。
決勝はホスピタリティブースの大画面で食事をしながら、あるいは2004年からアウディスポーツが使うスタートから4km地点にあるコースサイドのウッドデッキでレーシングカーを間近に見ながら、音を聴きながら観戦した。深夜にはサーキットホテルに戻って仮眠。起きたらまだレースをやっているという感覚は新鮮だったが、同時になんだか参加者に申しわけないような気にもなった。
PAGE 4
アウディ/ニュルブルクリンク
コース脇に建てられたアウディスポーツの臨時ホスピタリティテント。間近で聴くGT3カテゴリーのアウディR8のエンジン音は圧巻
アウディ/ニュルブルクリンク/アウディホテル
サーキットすぐ脇に設置されたレース中の我々の“ピット”たるサーキットホテル。貨物列車用コンテナを利用したワンルームだ
残念なことに、今年の決勝でアウディスポーツのカスタマーチームの成績は最高で総合6位。通算5度目の総合優勝を飾ることはできなかった。

総合優勝はポルシェ。けれどレース後、アウディスポーツのスタッフやVIPたちの間に暗い雰囲気は漂っていなかった。

アウディスポーツがカスタマーチームとともにこのレースを戦うのは今年で10年目。そこにいるだれもが、そう簡単に勝てないのがレースだということを理解しているように見えた。
アウディ/ニュルブルクリンク/ニュルブルクリンク24時間
「カルッセル(回転木馬)」と呼ばれる内側のみにバンクがついたコーナーを駆け抜けるアウディR8
アウディ/ニュルブルクリンク/ニュルブルクリンク24時間
プレイステーション『グランツーリスモ』で見たニュルのとおり、道路には無数の落書きがあった
アウディ/ニュルブルクリンク/ニュルブルクリンク24時間
車両が路面から浮いているのがわかるだろうか。ニュルにはこのようなジャンピングスポットが存在する
アウディ/ニュルブルクリンク/ニュルブルクリンク24時間
当然ながら夜間もマシンは走り続ける。観客は近くのホテルにいったん帰ったりキャンプしながら朝を待ったり思い思いに過ごす
アウディ/ニュルブルクリンク/ニュルブルクリンク24時間
アウディ、アウトバーン、ニュルブルクリンク……ドイツとドイツ車への理解を深める最上の方法だ
レース中は大騒ぎで贔屓のチームを応援する観客が、チェッカーフラッグが振られた後は(どこであろうと)勝者を称える光景は気持ちいい。ひとしきりの高揚感の後は皆、テントを片付けて家路につき、また来年も同じようにやってくる。
ニュル24時間レースはメーカーワークスに近いカスタマーチームのマシンから市販車にロールケージを装着した程度の車両まで、実に150台が参加し、世界最大規模の草レースと称される。その現場には、精鋭のみが戦うF1やルマン24時間レースとはまた違った雰囲気が漂い、観客もその一大イベントを構成する一員になったような楽しさを感じることができるのだ。
PAGE 5
アウディスポーツによるニュル24時間レースのVIPパッケージには、レース中、ヘリコプタでコース上を飛び、上空からレース中のコースを眺める遊覧も含まれていたのだが、残念ながら僕らが予約していた時間帯は濃霧のため実施されなかった。

盛りだくさんのVIPパッケージは毎年決まった内容で実施されているわけではないが、アウディディーラーを通じて日本からでも申し込むことができるという。

決勝を終え、ニュルブルクリンクを後にし、その日の宿泊地であるマインツまで、再びA8でアウトバーンを走行した。5日間で1000km前後を走行し、パレード走行とはいえ世界で最も過酷なコースの走行にも用いたこのクルマでのグランドツーリングは最高の体験となった。

感じたのは、すでに日本で高評価を受けているドイツ車ではあるが、制限速度100km/hの市場ではその根源的な魅力であるハイスピードを提供できず、ドイツメーカーは一番の得意技を奪われた状態でビジネスを強いられているということ。

日本のドイツ車ユーザーは、アウディオンデマンドなどを利用してぜひとも一度はアウトバーンで自分が乗るのと同じモデルを試乗してみるべきだ。愛車への理解が深まり、そこからは100km/h未満での細かい挙動にも新たな意味を見いだせるはずだ。
月曜日の早朝、マインツから約420km離れたミュンヘン空港まで、この旅最後となるグランドツーリングを行った。もう複雑な新MMIの操作もあらかた覚えた。速度は高いが秩序の乱れない交通に身を置く。

ドイツのクルマ作りの真髄を知るなら、アウトバーンは走っておいた方がいい。ドイツ人のクルマへの愛情を知るなら、ニュルブリンクには行っておいた方がいい。

●塩見 智/自動車ジャーナリスト
1972年岡山県生まれ。関西学院大学文学部仏文科卒業後、地方紙記者、自動車雑誌編集者を経てフリーランスの自動車ジャーナリストへ。ニューモデルの取材では何よりもまずトランクを開けてキャディバッグが入るかどうかをチェックするほどのゴルフ好き(だがうまくはない)。

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