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2018.03.30

ドイツ再統一直後のアウトバーン

速度無制限区域を有するアウトバーンでは、車の流れは早いが秩序的だ。しかし、ドイツ統一直後はその秩序を乱す存在があらわれて……?

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

1980年代、とくに後半に入った頃から、海外での仕事が急増した。行く先の8割は欧州。なかでもドイツは頻繁に通った。

国際試乗会はまだ多くなかったが、その大半は雑誌社、広告代理店、日本メーカー、海外メーカーからの依頼の仕事だった。

ドイツ行きが多かった理由のひとつはアウトバーンの存在。性能面で大きな飛躍を遂げつつあった日本車に、アウトバーン(速度無制限)の試練は必須項目であり、アウトバーンを中心にした高速走行テストへの参加依頼が増えたということだ。

ドイツ勢を中心にした欧州勢は、日本市場の重要度が増したことで、日本市場への適正化を計るための参考意見がほしかったのだろう。

プライベートな旅行の足として貸し出しを依頼したクルマが、市販モデルとは似ても似つかない中身になっていたことも何度かあった。

先行技術を組み込んだクルマということだが、なんの説明もなく、指定した空港やホテルのパーキングに置いてある。もちろん、後でしっかり意見を聞かれたのはいうまでもない。
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とにかく、アウトバーンを中心にした欧州での試乗は僕の重要な仕事になった。

現在は速度制限区域が多くなったが、当時はほとんどなく、クルマの流れは圧倒的に速かった。それでも、安全のための暗黙のルールは徹底していて、危険を感じることはほとんどなかった。

そんなアウトバーンだったが、ある時、突然状況が急変した。ある時とは、1989年のベルリンの壁崩壊をきっかけに、ドイツが再統一された時を指す。

東ドイツにもむろんアウトバーンはあった。しかし経済的困難のなか整備はまったくされておらず、酷い状態だった。そして、そこを走るのはトラックとトラバント。

トラバントは東ドイツが生産していた小型乗用車。600ccの2サイクル2気筒エンジンは戦前に設計されたもので、性能的には1970年代の軽自動車(360cc)レベルと思えばいい。

そんなトラバントが大挙して、西のアウトバーンに乗り入れてきた。しかも、家族が、友人が乗り合わせ、旅行費用を抑えるため、ルーフ上にキャンプ用具を満載しているケースも多かった。超フル積載状態ということだ。

ただでさえ遅いトラバントが超フル積載状態となれば、登り勾配での速度は50〜60k m/h 辺りにまで落ちてしまう。

3車線区間でいえば、トラックが右側車線を80〜100k m/h 、乗用車が中央車線を130〜150k m/h 、高速で飛ばすクルマが左の追い越し車線を180〜200k m/h で整然と…といったところが、当時のアウトバーンの流れのイメージ。

そこに、小さくて、トラックよりはるかに遅く、加えて、時折予期しない動きをも見せる異物が入ってきたのだから、当然、アウトバーンの秩序は乱れた。

ちょっと大げさに言えば、トラバントとの速度差は、大型トラックで倍近く、乗用車では3倍、高速車では4倍にもなってしまう。

この速度差と予期しない動きへの不安は、まさに未体験ゾーン。長い時間を掛けて培ってきたアウトバーン感覚がまったく役にたたない。ほんとうに怖かった。
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でも、怖かったのは西の人たちだけではないだろう。トラバントで東からきた人たちもまた、あまりにも大きな速度差、という未体験ゾーンに全身が硬直していたに違いない。

僕はトラバントを遠くに見ただけで、反射的に速度を落とし、身構えるようになった。アウトバーンを走るのが楽しくなくなった。いや、嫌いになりかけた。

しかし、幸いにもそんな混乱は長くは続かなかった。東の人たちが競って西のクルマに乗り換えたからだ。西のスピードとルールに馴染むのにも、さほど多くの時間はかからなかったように思う。

僕の大切な仕事場は間もなく平静と秩序を取り戻した。その後は、たまにトラバントを見かけると、「トラビー、がんばれよ!」とエールを贈るような気持ちに変わっていった。
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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